青春の門等を読む

青春の門(五木寛之)等を読む。


おもしろかったのは、その時代性を無理なく追体験できる過程にある。

青々とした信介の良心のようなものの朴訥さ、たどたどしさや欲望が、伝染してくるような。

カラス峠等も、ありありと目に浮かぶ景色で、そこいらも無理のない、そのままの言葉に描かれていて、妙な懐かしさをそそられた。

失われつつあるものへの郷愁とともに、土臭さが匂い立つ。

骨が埋まっているぼた山からはじまり、死んでしまった母親代わりの人の骨をぼた山を振り返りながらそっと喰らう!場面で終わる第一部には、骨の髄にまで刻み込まれたものをこそ思えと言うような、生きる事/死ぬ事がすぐそこに転がって、肉を削ぎ落とされたような痩せっぽちだが力強かった時代に出来上がった物語だと思わずにはおれなかった。


以前、五木さんの夢野久作に関する文章を拝見した事が有ったが、土着性は、やはり、受け継がれているようで、その土臭さの流れを自分なりに汲んで行けたら見えてくるものがあるような気がしている。

甲斐大策さんの大学時代の同級生が五木氏の奥様であったと甲斐さんの個展に伺った時に、偶然お聞きして、そうか大陸や半島を含めての土臭さであったと、改めて思いいたったものである。

甲斐さんも五木さんも大陸や半島から引き上げてこられた方々なので、その時代を肌で知っておられる、後ろめたさを懐かしさを併せ持ちつつ、今を生きておられる方々でもあり、今後アジアやその先の世界との繋がり方を、理屈というよりも身体で知っておられる方々である気がしている。
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by akikonoda | 2009-08-31 18:51 | 日々の事
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