扶養控除と配偶者控除の廃止からベーシックインカム迄

政府は20日、子ども手当創設に伴う扶養控除と配偶者控除の廃止について、住民税も廃止対象に含めて検討することを明らかにした。従来は所得税のみの控除廃止を検討してきたが、同日の政府税制調査会後の会見で小川淳也総務政務官が「住民税だけの控除を残すのは徴税技術上、難しい」と述べた。

 住民税の両控除は課税対象額から各33万円を差し引く制度。住民税率は一律10%で、両控除が廃止されれば、所得税と合わせて、年収700万円の夫婦・子ども2人(1人は16〜23歳未満で廃止対象外の特定扶養控除に該当)の世帯では、所得税8.5万円、住民税6.6万円と合計15万円の増税になる。

 政府は中学生以下の子ども1人あたり年31.2万円を支給する子ども手当の創設を計画しており、10年度から実施(10年度は半額)する予定。控除廃止は10年度以降で検討している。【斉藤望】

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何の技術がいるというのか。

税金泥棒というのは、変なばかばかしいレトリックを使う。

世の中というのは、お金をもらって働いているものだけで成り立っているのではない。
という事を、最近、よく考える。
最低限、必要な事をしないで、お金で換算するだけの生活をしてすませているものには、理解できない事も多々あるだろうが、常々思う事は、子どもをよそに預けて働く事だけが、本当に社会に参加しているという事になるのかという疑問である。
ぎすぎすした、時間に追われてばかりの世界。
それこそ、企業中心主義的、政治中心主義というものを、日本に感じ続けている。
人に任せたり、預けたりするのではなく、家族の時間を持ち、自分で出来る事を自分でやる人もいる。

国内でさえ、仕事にあぶれている人がたくさんいる上に、外国から安い賃金で労働力を補うというような事を言う人がいるが、それも、低賃金ですませようとする仕事を外国の人に「させる」と言った、上から目線の極めて金至上主義的な思考でしかなく、根本的な問題を解決しているとは到底言えない。

「誰かがしなければならない事」は、なにも命がけの金儲け、社会奉仕や、政治だけではなく、家事もその部類に入るのである。
これは外で仕事をしていて、より強く感じた事であった。
介護の勉強も兼ねて、介護の仕事をしても、何か空しかったのは、外部に頼むのでなく、自分の報酬として少しでも生活に余裕が出来るような仕組みであれば、もっと、精神的にも、経済的にも追い込まれる人は減るのではないかという事。
嫁の仕事とか息子、娘の仕事として、他人を介さなくても、ある程度できるのが、いいと思えるのは、そういった無味乾燥な手続きだけを仕事と思っている人たちには、理解しがたいと思われる。
障害の重い低いを判定し、書類を書くよりも、こっちは身体使って生の仕事しとるわ。といいたいわけである。
実際、介護職を生業としているNPO法人を起こした人は政治家であったりする現実もあり、政府、政治、公から援助されるのは、政治の息を吹きかけられ、宣伝をしている人だけと言う現実にも、甚だ疑問があった。
「公」というのは、「私」に支えられながら、「私」を吸い取っていることを、目の当たりにして、グットウィル問題よりも、収入としてはNPOの方が安定して確保できているのではないかと思われ、金儲けとして、「私」的企業を槍玉に挙げる以前に、その介護現場に還元しないで、法人や会社が介護報酬の半分前後を吸い取るようなシステムの改善の方が先であると思われた次第である。

法人、企業、なんとか同盟、なんとか組、なんとか宗教、なんとか団体、なんとか研究会だからといって、政治にものを言わせて、脱税したり、便宜を図ってもらったり、何でもしていいものではない。


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人間らしく生きることを目指しているならば、そういったこと(家事)を抜きにしては、成り立たない事もあると思われる。

主婦は、その点、何も金儲けをしていないので、いつも一段も二段も、そこのないように低く思われている。

それは、やはり男性だけでなく女性の間でも、著しい。

選挙前、女性政治家がだんなさんに食事を作ってもらったり、皿を洗ってもらったり家事の手伝いをしてもらっているような場面を拝見した事があるが、その場面を見て、何か違和感を感じたのは、男であろうと、女であろうと、外部で働くもの収入がより高いものが、力を持っているように見え(家事仕事が奴隷仕事等と言う知識人もいたが)そこいらの基本的な敬意の欠如は、自分の中にもうすうすある事に気付き、嫌悪感を持ったからかもしれない。

ジェンダーなどという言葉以前の問題であるような気がして気持ち悪かったのかもしれない。

そういった意識も邪魔をしていると思われ、人間として必要な(最低限の)生活をしていくという事を保障するものとして、ベーシックインカムの考えに賛成なのは、老若男女、貧困、母子加算等と言う偏ったものではなく(みんななにかしら生きて行く事は大変なので)すべてにおいて平等になりえる援助となる可能性があるからである。



言葉の上での「友愛」や「革命」よりも、今生きて行く事もままならない人には、「ベーシックインカム」のほうが先であると思われる。
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by akikonoda | 2009-10-21 07:18 | 記憶
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