あいのむきだし

映画「愛のむきだし」を見た。

DVD上下巻に別れるほど長い物語だったが、凝縮され、濃厚な時間がゆらゆらと流れて行った。

0教団というのは、昨今の日本人に植え込まれているカルト宗教的集団の原型を指し示し、仏教や基督教等のカテゴリーには収まりきれない、「ある目的」を持った集団である。

陰謀渦巻くというよりも、あるカルト的集団に属しているが、それはカルト的宗教集団と言わなければ、どこにでもありえるが、むりもずいぶんありそうな生活の場であるとともに会社でもあり、囲い込まれた空洞のような空間を確保している。

人を外部から内部に引き込み利己的とも見れる自己を増殖し巨大化させながら、その姿を最初からさらす事なく、じわじわと外部に働きかけていく。

では、「ある目的」とは具体的には何なのか。

それは、よかれあしかれ、その組織の内部にとっては自分たちの信念に乗っ取って生きて行く事であろうと思われるが、外部にはその姿の実態があかされず、どこかの自己啓発セミナーのような芝居がかった関係によって、善きもの、悪きものが、極端に血なまぐさくもあるものが、作り上げられていく過程においても、その欲望は見えにくく、どこかそらぞらしい空洞にうつる。


その芝居がかった役割分担の関係性の中で、嘘くさそうで嘘でもないものが、愛をむきだした女であり、男であり、家族であり。

それは、以前見た「ふぬけども 哀しみの愛を見せろ」にも流れていた、グロテスクな家族や村社会のような閉じられたもののなかでどうしても起こりくる怨念のようなものに、蓋をするなどありえないというようなあっけらかんとした、ぺろんとしたをだされたようなむきだしさ、野獣性であり。



空洞 と 美しい がまたいい感じのえすぷり。



なぜ今頃なのかと言えば、レンタルで、しゅうかい遅れ、おくれてやってきたのを見ているからであるが。

旬のものをじっくり待ちわびてここ迄待ったと言う、寸止めの極意のような、生殺しのような、熟成されて行くような感じが、またよろし。
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by akikonoda | 2009-11-26 22:00 | 記憶
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