戦後の歪な形の現れ

仙谷由人官房長官は4日午後の記者会見で、今月22日に日韓併合条約署名100年を迎えることに関し、「韓国併合の植民地支配の過酷さは、言葉を奪い、文化を奪い、韓国の方々に言わせれば土地を奪うという実態もあったということなので、そこは直視して考えていかなければいけない」との見解を表明した。

 また、「韓国の方々は文化的に誇り高い民族だから、特に(日本が植民地支配下で)宗教的儀式を強制したのも、相当誇りを傷つけたとわたしは聞かされている」と述べた。

 政府は日韓併合100年に合わせ、過去の植民地支配と侵略を認めて謝罪した「村山談話」を踏まえ、首相談話などの政府見解を出すことを検討している。しかし、与野党には、おわびの意思を改めて示すことへの反発も根強く、こうした中での仙谷長官の発言は波紋を広げそうだ。 

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「民主党」は、今、現在、ここで行われていることの実態こそ、把握しろと言いたい。

大学生の授業料アップのうらには朝鮮学校の無償化があるとも言われている方もおられたが、国民に元気をと言いながら、若者の将来の芽を摘み、なぶり物にしているだけではないか。

一方で、外国人に対しての大判振る舞いの生活保護受給、こども手あての申請のずさんな管理。

今、テレビでは、韓国ドラマが毎日馬鹿みたいにえんどれすのように流され続け、一体ここはどこの国なのかと言えるような有様である。

今、学校現場でも刷り込んでいるのは、自国の、昔ながらのものよりも、アリランや他の国の歌であったり、基督教の影響を受けた作曲家のものが優遇されていたり、教科書では、韓国語を強要されている場合もある。

宗教的儀式を強要されたというならば、今ここでは、基督教的文化を強要されているということ、教育という形で、外国の文化が日本の文化を浸食しようとしていることは、戦前の日本の方針となんら変わらないということを、もっと日本人は自覚しなければいけない。

国民の過去を去勢され続けた教育。

今から目をそらさせる為の政策、戦術、戦略。

「儀式」としてではなく、「教育」として、浸透させられているということ。

ただ、これは「民主的」だから、と歌っているだけの違いである。

民主主義というものは、「プロパガンダ」の仕方が「グローバル」と言う偽の自由民主を歌っているだけの効率的な効果的な侵略、植民地化形態である。


天皇家もそうして、基督教的教えに飲み込まれているという事実。


まず占領政策として第一にしたことは、新聞や放送、映画、出版物、郵便物の検閲をGHQの参謀第二部G2の下に検閲支体CCDという組織が受け持っていて、占領開始から数年間は、数万人を動員して手紙等をチェックして、反乱等に気を配っていたと言う事実からして、そこで選り分けられた、自分達の息のかかった、基督教的世界観を刷り込まれた音楽、たとえばベアテの父親と交流のあった山田耕筰を引っぱり上げたりしていた。

一方で、乃木坂に暮らしていた時、ご近所であった広田弘毅は死刑となった。

彼女の名前が、シロタなので、よくヒロタと間違えて、送られて来た郵便物を届けてくれたヒロタ家との交流を遠回しに解釈するならば、戦前、戦中時の日本政府関係者に「検閲」されていたにも等しいシロタの交友関係や郵便物の中身を把握していたであろうものの「死」は、何を意味するのであろうか。を今も考えている。(「1945年のクリスマス」柏書房 ベアテ・シロタ・ゴードン著 平岡磨紀子構成・文)


日本独自の文化、例えば剣道等は戦後しばらくGHQの方針で禁止になっていた事実等も、知らされないので、当然、知らない日本人。

ないがしろにしながら、他民族のものを押し付ける形が今も続いている。


日本人が、満州や朝鮮半島から帰ってくるときの、略奪や婦人への暴行や奴隷のような扱い等の証言(満州開拓団死の逃避行 「証言」合田一道 富士書苑)も、凄まじいものがあるにも関わらず、「被害者面」ばかりが強調され続ける図式。

お互い「鏡」像関係であるということにそろそろ気づいた方がいい。



戦前・戦後にかけて、じわじわとそういった形で、日本は形作られていったということ。

GHQの方針で、日本の戦後占領体制を作っていった、ベアテ・シロタ・ゴートンは、日本人は右翼から一挙に左翼に変身してしまった。という感想を漏らしている。

こういった事実は、戦後教育のいびつなかたちであるということであり、墨塗りの戦中の教科書の、墨塗りの方ばかりであるということさえ、白紙にされている現在を書き換える必要を切実に感じている。
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by akikonoda | 2010-08-05 09:11 | 記憶
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