アジアフォーカス福岡国際映画祭

アジアフォーカス福岡国際映画祭に行って来た。

イランの女性監督 グラナーズ・ムサウィーの映画「私のテヘラン」を見た。

監督は詩人であり、映画作家でもある。

テヘランの切り取られた日常のひとつひとつのものがたりの中に、詩が流れていく。

俳優のマルジェ・ワファメールの刈り込まれた髪と憂いと闘いへの意志の入り交じったまなざしは、ものがたりを貫通する孤独であり、彼女たちの内にあり続ける、不条理と折り合いが付けられないままの痛々しさをうつしだしている。

それは、イランイラク戦争を体験した世代である彼女たちを通じた、自分が思い残して来た、もうひとつの時間の中の己を見ているようでもあった。

女性のまなざしが、いままで充分、描かれてこなかった時代とけりを付ける為に、彼女たちはひとつの映画を作ったようで、今までにはなかった、イラン映画である。
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by akikonoda | 2010-09-22 16:02 | 記憶
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