不思議な物語 ゾラン・ジフコヴィッチ 山田順子訳 黒田藩プレス

『不思議な物語』 ゾラン・ジフコヴィッチ 山田順子訳 黒田藩プレス

二年前くらいに読んだ別のユーゴスラビアの作家ゾラン・ジフコヴィッチの本があって読みたくなったと連れがアマゾンに頼んでいたらしく、うちのポストにはいっていた。

せがれがここのところ身体にむち打っているように病が押し寄せているのと同時進行で自分も気分も体調も晴れないながら読んでみた。

寒い冬が嫌いである。
クリスマスもいらない。
できればちかちかしない静かな寒い時を過ごしたい等と思う。


それはさておき「ティーショップ」という物語。

生活はやり直しのきかない即興生演劇、場によって作られていくということを一杯のお茶を飲むことで思いいたらせてくれる。

偶然入ったティーショップで、ウェイター、レジ係、そこにいる客が、ある女の頼んだ値段のついていない「物語のお茶」というお茶を、一口づつ飲み、それを飲み干すまで、それぞれの過去を彷彿とさせるような語りを語っていく。

ありそうでないありえない話というもの。

夢と現実と幻想と妄想が入り乱れていながら、その中にある何かをとっかかりとして、ここでは「お茶」であるが、その淵をなぞっていくことで物語になっていくと言う淵、あるいは輪郭、強い線ではなく者を形作るフォルムと場をつつんでいる空気との質の違いを切り取っていく作業。

この作家、ザグレブ辺りにすんでおられるようだが、中心でないところで書かれている駅の端っこ、終着駅で書かれたような物語の行き着くところを示しているようであった。

その場がある限り物語は続くということ。


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次の物語はある会話のない夫婦の、図書館に勤務する奥方の方の夢が現実と重なっていく過程を混乱とともに描いている。

無意識領域を物語に色濃く滲ませており、これは自分も夢詩などを書いているうちに起こる一種の現象と思っており、どこにいても同じような心持ちをたどっているのだというような、とても共時性を感じさせる物語。


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これもまた無意識を基軸にしているような物語。
物語、あるいは未来は、予め、いく筋の透明な糸のように束なっており、見ているうちに光って来てそれをよりすぐって選んでいるのは自分であるというようなことを語る、気が狂ったと思われ拘束衣を着せられ、個室に監禁されている女の語る物語。


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黒田藩プレスというのも、初めて拝見し、名前からぐっときたしだいである。
はいけんちはん。という精神か。
時代にあらがい?がんばってほしいものである。
できればこういうところで私の本も作ってほしいと切に願う(笑)
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by akikonoda | 2010-12-19 11:31 | 記憶
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