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『どろん虚』

10 東京事変

 ルシファー達の最後の砦の中にある、道造のいる研究所でも、また、デマゴーグが飛び交いだした。それも、道造の育った東京の話だから、気になってしょうがなかった。東京都を牛耳る都政のトップの集団が、いわゆる、東京事変を起こしたのだ。

 ゴミの山をどうにも処分し切れなくなった、東京都は、地方にそのつけを払わせようと、痛みを分かち合う変わりに税金を回すと言い、定期的に送り付けてはいたが、地方も、もう受け入れられる状態ではなくなり、ゴミの山の処理をどうするかで、にっちもさっちも行かなくなった都政のトップ集団が、武力でもって、そのゴミを送り付けると言う強行手段に打って出たと言うのだ。
 東京都ゴミ裁判は依然続いており、東京地裁に提訴した市民グループに圧力をかけたり、完全に無視したりすることで、今まで、なんとかのらりくらりしていた。

 それからしばらくして、東京高裁で控訴審が始まったが、まもなく控訴棄却となり、最高裁に上告したが、これも、棄却となったことを受けて、地方市民が暴動の火種となり、本拠地東京都でも、暴徒と化した市民達に、軍備増強を推し進めていた石渡都知事が自分の幟として作らせた「太陽の旗」を背に、こぶしを振り上げて演説したのだという。

 女子供に何が分るというのだ。ゴミばかり出しているのは、誰だと思っている。台所は女の聖域だ。ゴミを増やしすぎるなといっているではないか。文句ばかり言わず、男に付き従っていればいいのだ。太陽の旗を掲げて、太陽の歌を歌うのだ。出過ぎたものや、敬意を払わなすぎるものには、天罰が下るであろう。蹴散らすのだ。蹴散らすのだ。駅からも、公園からも、道からも、ゴミを無くすのが、我々の使命なのだ。
 
 その後、住民達に、政府の防衛軍を派遣し、冷や水を浴びせかけ、頭を冷やして返れと、叫んだと言う。冷や水だったので、死傷者はなかったが、今後の都政に不信感を持つものの数は、ウナギ登りになって行くだろうと言われていた。

 自分で、掃除をしたことがないものが、ゴミの行き先など知る由もないし、ゴミの身になることもない。
 自分で台所で何かを作ったことがないものに、ゴミを使い回す技を極めた、お婆のようなどろんこ魂は、薄汚く、取るに足らないことに見えるらしかったが、お婆一人いようが、いるまいが、太陽の旗は石渡の背後でゆらゆら揺れているし、痛くもかゆくもないのは確かな事だった。

 石渡都知事は基地運動にも、敏感であった。
 反対勢力をことごとく潰すことに命を懸けているようにも見受けられた。太陽の旗に恥ずかしくないように。がモットウであった。
 かつて、石渡都知事が、基地問題で市民と衝突した際に、現場に居合わせたと言う道造の父親から聞いた話だが、まさに、こぶしを太陽に振りかざし、市民をゴミのように踏みつぶしていたと言う。

 その当時、父親は、基地反対運動を押さえ込む為に借り出された、防衛軍の矛であり、盾であった。

 つまり、同じ穴の狢(むじな)なのであった。

 基地では、仮想敵を念頭において軍事訓練が秘密裏に行われていた。
 軍事協定を結んでいた米国の機密防衛訓練の見張りとして働かされた防衛軍は、民間機要撃の行動を黙って見ているだけで、抗議するわけでもなく、問題が大きくなることを恐れて、後片づけに余念が無かった。

 ゴミになると。

 ゴミのように回収されるのを黙って見ていたのを苦にしてか、単に酒や暴力や女が好きだっただけかは、今となっては闇の奥だが、やたらと、父親は、留守が多かったな。
 何かあるとは思っていた道造だった。

 また、防衛軍の習いで、国や人の秘密主義を家庭に持ち込むことも多かった。
 母親といつも、何も話すことなく、家族は家族として機能していなかった。
 ただ、同じ空間にいるだけの、ばらばらな虚が、三つ並んでいるような感じだった。

 石渡都知事のように、こぶしを振りかざして、よく殴られた。
 目を狂犬のようにまっ赤にしていた。
 虚をつかれて、ボディーをやられそうになったが、突き飛ばして、窓から逃げ出したこともあった。
 こっそり遅く帰ってきたのが、見つかったのだ。
 自分はどうどうと秘密主義であるが、人には容赦しないのだ。
 いつも、居場所がなく追い立てられる野良犬みたいな気がしたものだ。 

 しばらくして、道造の父親は耐え切れずが、うっかりか、これまた分らないが、民間機要撃事件に絡んだ内部告発した後に、母親と二人で出かけた、太陽の燦々と輝く浜辺の石の上に打ち上げられていたのだ。

 水死だった。

 知らせを受けて駆けつけてみたものの、数日経っており、腐乱していて、誰だか分らなかったが、両親とも、腹から、何かが覗いていたのを、道造は忘れられない。

 腸を掻き毟られたものは、無口になって、空を見上げていた。ちょっと膨れっ面で怒っていた。
 超痛そうだと思った。

 それを、道造と、たまたま海にきていたカラスが、じっと見ていた。

 田んぼの世話を手伝えと言われて、お婆の家にたまたま訪れていた道造は、その水死現場にいなかったので、なんともいえなかったが、その後、検死結果もろくにでないまま、両親の亡骸は、防衛軍の指揮の下で、すばやく、荼毘に付されたのであった。
 後で、聞いた話によると、防衛軍の物資を闇市に売りさばいていた、一派に責任をとらされて辞職に追い込まれそうにもなっていたと言うことだ。
 闇では、色々なことが渦巻いている。どろんこ塗れになっている道造には、思いも寄らないことがあるのだ。
 闇のどろんこのほうが始末に負えないのは、秘密裏に行われるものだからだ。
 しかし、秘密を貪る者たちは、秘密に喰われていく。
 むしゃむしゃといつの間にか食い尽くされていくものなのだ。

 道造は、お婆のことを考えた。
 都市開発計画推進部に目をつけられていたし、お婆に出した手紙の返事もまだ来ていなかったので、尚更、気になったのだった。

 頼むぞ。ロボヲのいし。
 道造は独りごちた。

 しかし、波風が立っても、動く気配はないかもしれず、そこはかとない不安が道造の周りを漂ってきていた。
by akikonoda | 2006-09-23 12:04
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