それから、身体を洗いました。
隅々まで、洗いました。
もう、洗えなくなるかも知れないと、どこかで思ったからかもしれません。
飛行機が、国境を越えてやって来ているのを、どこかで、感じないようにしたかったのかもしれません。
それでも、ラジオで、「それ」を告げている。
地下に住んでいたアガーが、ラジオを持って扉の向こうで叫んでいるのを聞いて、分かってはいたのです。
海砂を含んだ耳鳴りのようなラジオの周波は定まらないようでしたが、どこか近くて遠い音に紛れて、男のせっぱ詰まった声色が扉の向こうから、聞こえてきました。
飛行機の空を飛ぶ爆音と一緒に、海なりのように、聞こえてきました。
それまでに、飛行機に乗ったりしていたのに、飛行機の飛んでくる音など、気にしたことがなかったことに、気がつきました。
そこに人が住んでいるというのに、そこから何もかもを消し去るような仕掛けを持つ巨大な花火のような爆薬を、事も無げに落としていく者たちがいる。
誰も欲しくもない落とし物を知らん顔して落して行くような空を飛ぶものが居るとは、その時まで、そのゆうべまで、思いも寄らなかったのです。