詩のボクシング福岡大会本戦 ひとり反省するの図


今回の詩のボクシング福岡大会本戦は、門司の赤煉瓦館で行われた。

木の階段に座り、詩の朗読によるボクシングを観戦するのだ。

実のところ、いままで、詩を戦わせる意味が掴めないでいた。

別に戦う事でもないと、かなり、思っていた。

今回は、どこか違っていた。

何かとずっと戦っているような気がしていた。

たぶん、出場された方々とも、しのぎを削ってはいたのだが、もっと、得体の知れないものとの見えない妄想空中戦のような風であったろうと。

子供もまだ小さいし、今後とも自殺するようなことはないが、もしかして、このまま死ぬかもしれないと言うような切羽詰まったものを、妙に、肚にためていたのである。

まあ、元来、ずぶといので、いつも死なずに済んでいるが、生命体として、かなり、限界に追い込んでいる時があるので、それは、今後も気をつけたいと思う。


ということで?
以下、詩のボクシングの出場者の方々の印象などを交えて、一人反省したいと思う。

椎名真理子さんは、落語的語り口で、犬のお引っ越しの話であったが、かなり好みな落ちであった。さらりとしたゆふもわはいい。萌えます。
高校生恐るべし。
来年も聞きたい、期待したい。


ジュン・ラジーニさんの詩は、聞くたびに、ご自分の体験をどちらかというと演劇的、あるいは、視覚的に捉えて表現されているように思えて来た。
「登場人物をひとり減らしました」
というご本人のお言葉を聞き、さらにその思いを強くした。
何事にも誠実であるのが伺えるが、ご本人は、邪悪を目指すということで、今後の展開に注目である。

木匠葉さんは、介護経験がおありなのか、ヘルパーさんとのやり取りを詩にされていた。実は、自分もヘルパーの経験があるので、思わず感情移入。鼻歌を歌われている木匠葉さんのここちよさそうな揺れ方に、ぐっときた。朗読は、全身人生さえもをひっくるめたものと思えた瞬間であった。

NOKKOさんは、「心太みたいな詩」?と表現してよろしいかどうかわからないが、にゅにゅ〜と押し出して来たような、それでいて、とても淡白で、味付け次第であるということか。鍋奉行的センスも光っていた。具がかなり多いのだ。
とても、繪的で、光速な色艶のある朗読で、惹き付けられた。

梶原瑠衣さんは、友人との距離をポットにつめて持ち歩いているような詩で、あったかいけど、いつか冷めてしまうような儚さが漂っていた。
儚さをそのままに、今後の成り行きも期待して。

ソックスレス・ジョーさんは、その名の通り、靴下をはいていなかったかどうかは、確認し忘れたが、学校のせんせで、声がずば抜けて通り、だんでぃであった。
回を追う毎に調子をあげていくようであったが、準決勝で、講談師に豹変し、リズムに乗って、詩を読まれた時は、やられたと思った。佐木隆三さんも絶賛。

ハマキリトさんは、ポストマンである。
郵政民営化の波にのまれるどころか、まっこうから、関係ないような何気ないにちじょう詩が、ラジオのでぃすくじょっきーのように、くりだされ面白かった。小沢さんちのいちろーくんという犬に吠えられたと言う詩も、また来年も続きが聞きたい。

落ち込む旧ご主人様さんは、落ち込んでいるのは何となく伝わった。
しかし、旧ご主人様というところが、いまだに謎で、そこのところも、含めて、今後とも調査して行きたい方であった。かなり若いはずだ。
「今度は壊れます」と言っていた詩も聞いてみたかった。

あゆみさんは、楠さんいわく「愚痴詩」であり、原稿を一切読まず、ぐちりまくるのであったが、そのぐちりも、回を追う毎に、磨きがかかって、彼女も高校生であるが、血の気の多い、勢いのある詩で、かなり、印象に残っている。
化けそうで、俄然、興味がある。

斉藤涼子さんも高校生である。かなり、正統派である。
青春のほろにがさというより、どこか、距離感のある、どこか冷めたところもある、彼女の詩の世界は、予選では、かなり、空想を漂っていたと記憶しているので、そのどちらも、のばして行ってほしいと思った。

野本葉言さんは、偶然、二度、対戦させてもらったが、なにが出てくるか判らない、言葉の世界で力一杯シャドウボクシングをしているようで、思わず、つられて、奮い立たせてもらった。何か音楽をされているのであろうか、ギターを持っていたようで、突然、壊しそうで内心身構えていたのだが。くらっしっくか、ろっくか?人形(ふぃぎあ?)を作っているということもジュンさんからお聞きしたので、クリエーター系の臭いかもしまくり。あやうく面白く力が震えた詩であった。

古橋直子さんは、熊本から参戦されたと言う事であったが、キャラクター自体がヒョウヒョウとしていた。
「次は、カップラーメンの詩を読みます」と言われていたが、三分間と言う意味でカップラーメンを持って来たのかなどと、考えてしまった。いい感じである。

シンシア緑川さんは、言わずと知れた、肝っ玉かあさんだが、凸凹コンビを勝手にさせてもらっている。
「今回はエロスを控えていたのでは」という、少し残念そうだった審査委員の北九州演劇界をしょって立つ泊さんの言葉に象徴されるように、すこし、路線変更をされているようであったのが、印象的であった。やはり、エロスは、生々しく訴えてくるものであるので、死ぬまで保ち続けていただきたい?門司赤煉瓦倶楽部 竹中さん絶賛。

KUWA◎さんも、ピンク系統でせめつつも、よく通る声で、ご家族の事を詩にされており、心に直に伝わって来た。
何度か、お聞きしている詩はあったが、詩もまたリフレインされる事で、刷り込まれて行くものかもしれないので、それは、何度読もうと読みたいと思われたら自由であるなと思った。生と死を見つめて、金槌を打つようなおやじさん工業系先生である。

小柳レオさんも、高校の先生である。
先生はなんで、こんなにいい声なのだろうか。スピリチャル系がお好きなようで、予選の時に読まれていたが、高校の先生の生活を垣間見るようで、どこかものかなしい生活感が面白かった。
旅行の予定を立てて、おじゃんになったり。人生のあれこれも覗かせてもらったような気がする。

自分自身の反省は、また、後ほど、詩を交えて取り組みたいと思っている。
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by akikonoda | 2007-11-29 11:55
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