河野義行さんのお話 

昨日、河野義行さんのお話を聞いて来た。

人権週間の一環で、福岡市が主催の講演会があったのだ。

映像に映っていた、松本サリン事件の時は、本当に、顔色が悪く、大丈夫かなと思っていたが、13年経った今は、とても、健康そうであった。

実際に、あの時に体験したことを、時間軸を追って、かなり詳しく説明されていたので、そうやって、ご自分に降り掛かって来た火の粉を振り払っていった強靭さとともに、警察の捜査に対する不信感、あるいは、それを受けた報道に対する増幅されるうその伝達ゲームが、あまりにも、軽々しく日常的に行われる事に関しての憤慨を、お話を通して、肌で感じて来た。

二日で、極悪人に仕立て上げられる報道のあり方と、すぐ、それにとびつく世間の気まぐれな思い込みに対して、計り知れない圧迫感と恐怖感を持ち、そういう、情報操作の危うさが、身に染みておられるようであった。

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その前に、図書館で、松本サリン事件にも繋がりのある、佐木隆三さんの「成就者たち」を読んでいたのだが、何とも言えない、事件の絡み具合で、集中しすぎたのもあったが、しばし、立ちくらみではなく、座りくらみがおこり、気分が悪くなった。

実は、本当に失礼な話で申し訳ないのだが、佐木さんがオウム真理教のことを下地にした「成就者たち」と言う小説を書いている事を知らなかったので、何か、自分にとって、切羽詰まった何ものかが、蠢きだしたのを、感じて、うすら寒くなったのもある。

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以前に、このブログでも書いたが、地下鉄サリン事件のあった、あの日、ちょうど、東京に友人と一緒に、建ったばかりの恵比寿にある写真美術館で、土門拳さんの写真なんかを見に行った時に、時間こそずれていたが、その現場を通り過ぎていたのである。

朝早くは、混雑しているだろうと、時間をずらして、ホテルを友人と出て、地下鉄の駅に向かうと、張り紙がしてあり、

地下鉄に爆弾が仕掛けられていた模様。

というような内容で、何と、日本もきな臭くなったなと思ったが、一応、地下鉄は動いていたので、目的地まで地下鉄で行く事にした。

例の事件のあった場所に、地下鉄は停まったが、ドアは開かなかった。
そのドアの向こうに、サリンが残っていたであろう事を思うと、うすら寒いものが、体中をかけまわるのである。

そこを通り過ぎ、表に出ると、新聞の号外が、配られていた。

サリン?

という文字が踊っていた。

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河野義行さんは、「オウム」については、お話しされなかった。

「サリン事件」として、捉えておられるのではないかと、自分には、思えた。

確かに、宗教と言う枠は、とっくに超えているとも思われるが。

松本サリン事件と地下鉄サリン事件には、同じものが流れていて、それは、まだ、詳しくは解明されていないし、これから、何かが判ってくるかもしれないと、思っている。

今後、その姿が、ひょっこり現れてくるかもしれないが、河野さんのように、火の粉を振り払うことが、できるように。

何も知らないで、いたずらに、情報に振り回されることがないように。

なにか目的があるならば、そのものの意図をしっかりと把握し、それを事前に防げるように。

対処できるように。

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by akikonoda | 2007-12-05 08:30 | 記憶
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