老人医療に関してのコメントに対しての幾つかの考察

うちださんへ

コメントありがとうございました。

老人医療に関してのコメントに対して、コメント欄では、書ききれなかったので、こちらで、書かせていただきます。


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まず最初に、ご指摘されていた、「老人達」は後者に席を譲れと言う趣旨に関して、「老人達」を一緒くたにするのは、無理があると思われました。

例えば、多田さんのように家族が介護者としてとりあえず存在すると言う場合もありますが、自分が在宅介護をした際に感じた事は、生活保護を受けたり年金を細々と受けている一人暮らしのお年寄りが思いのほか多く、そのような老人介護の側面からも、考える必要があると思われます。


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介護した側から介護状況を話した方が、より介護の実態と言うものが見えて、より人ごとではなくご自分の事でもあると認識し、介護のあり方を考え、実行していく力となりますように、以下、少しでも参考になることを期待して、今まで体験し、考えて来た事を、具体的に、述べさせていただきます。
(福岡のNPO法人の場合)

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在宅介護を必要とされる方のところに、交通費もつかず(自転車で駆けつけてました)、時給1000円前後の収入で派遣されておりました。

1 移動時間は全部で一時間
2 実働の介護が二時間
3 介護内容を記入し提出する義務があるのですが、それを記入する時間(30分前後)
4 それを(やはり自転車で)事業所に持っていく時間(30分前後)

1、3、4は、最初から経費削減のためか、抜け落ちて、実働と見なされていませんので、収入にはなりませんので、交通費として支給されていないと言う点を考えて、実質、四時間かかっている仕事も、半分の二千円しか支給されないということになります。


遠くに派遣される方には、キロ制限を超えた遠距離の場所の場合、交通費は支給されると言う事でしたが、だいたい正社員の方が、そういった遠方に行かれていました。

非正社員の方々は、自転車で行ける範囲(30〜40分)で、被介護者の家を紹介され、そこに派遣されることがほとんどでした。




ヘルパーの仕事としては、家庭での生活事が大半を占めておりましたが、身体介助と生活介助というものがありました。

身体介助では、おむつや下着の交換、お風呂の介助、飲食、排便の介助など身体に直接触れる一連の介助内容が挙げられます。身体介助(介護)の場合、生活介助より若干時給があがり、1000〜2000円前後であったと記憶しております。

生活介助としては、生活する上で最低限、必要な家事一般に関わる事、例えば、歩行が不安定な方には介助しながら買い物に一緒に行ったり(外に出るだけでも、介助を必要とする人には大変な事で、空気を吸ったり、運動にもなり,自分で選べる喜びや疲れ等、色々な刺激によってリハビリ効果も望める)、食事を作ったり、家の清掃から洗濯まであったりします。

被介護者の分を超えた家族の人の分まで、つくったり、洗ったりすることは基本的には禁止されているのですが、結果的には、余ったりするので、家族の方の分までつくっている事もありました。

介護無しでは生きていけないという人もおられる一方で、なんとか、自分でも出来るが、時々は人の手助けが欲しいと言う方もおられました。


なんでもするのが介助と思い違いをされて、あれもして、これもしてという方もおられるとのことでした。

楽をする/させる事が介護でなく、介護の目的は、本人がちょっとした介添えでできるように、過剰にならないように、安全性を保てるように、自助努力を促す為の行為に重点を置く、つまり、リハビリ的なものを兼ねつつ、なるべく自力で生きていくことであると、まだまだ認識されていない現実がありました。

被介護者の能力を少しでも保ち、回復出来る為に、被介護者が自力でやっていくということが基本にあるということをもっと自分の事として、認識することと実行することが必要であると思われました。


また、色々な意味でのハラスメントをうける事もあり、介護者の範囲を超えたところでも、かなり、しんどい事も正直ありました。

自分で戸棚になおした眼鏡やネックレスとしてぶら下げている鍵が無くなったと勘違いされて、他人(身近な介護者であったり、家族の方であったり)のせいにしたりという事もありましたが、人の家に他人が入ると言う事、人とかかわり合うと言う事は、それなりに、心構えも必要であると言う事を実感しました。


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審査のしかたも、もう少し、考慮される点であると思われます。
介護度の査定があいまいと思われる被介護者もおられましたので。


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こういった現場の状況を踏まえて思った事のひとつとして、事業所・事務所には保険等から援助されるので、その何倍もの収入がありますが、それが実際に働くものには還元されていないと言う現実があるということでした。

それが、結果的に老人医療にかなりの費用がかさばっていくと言う問題にも繋がってくると思われました。


賃金が上がることはなく、ずっと働き続けるだけで、生活は変わらないが自分の体力と時間が消耗され、くたくたになっていく。

秋葉原で事件を起こした人についても、人ごとではないと思って、言葉にできなかったのですが、本当に追いつめられたら、起こりうる事でもあると。

老人には比較的手厚く、働いているものには厳しすぎると、うちださんと同じように感じたことも実際ありました。


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在宅の方は一対一と言うこともあり、介護者にも被介護者の方と、ある程度話し合いながら、何をしていくかを自分達で決められると言う少しばかりの自由度はありましたが、病院は、団体生活と言う事で、時間に追われ、それだけでも、介護者にも被介護者にも、負担が増え続けると言う現状でした。

実習で介護現場を体験した際も、そこで働くスタッフの方々の人数割当の少なさと、休む間もない重労働が、束になってくるような忙しさばかりが見えてきました。

病院で働く介護士の方の報酬をお聞きしたところ、福岡の場合、800円前後の時給であるという現状を見ても、若い介護者・スタッフの重労働に、みあった満足な報酬を得られていないという不満にも繋がると思われました。


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また、病院や在宅の間に位置するような、少人数制のグループホームや老人施設もあります。

病院でのケアや在宅ケアばかりでなく、そういった介護施設もありますが、それにしても、ある程度、生活が成り立つような保障があってのことだと思われます。


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さらに、実家でも起こったことを具体的な例として、お話しさせていただきます。

元気だった父親が、脳梗塞でたおれ、半身不随になり、それが自分の家族の事として降り掛かって来て、家族として介護をすることになった時、色々、仕事として介護をしていた時とはまた違った視点で見る事となりました。

父の場合、身近に手助けしてくれる人もいるので、なんとか、細々と、生きていますが、当然、家族にかかる負担は、毎日ありました。

倒れた当初は、トイレに行くのも一人では行けなかったので、女ふたりでやっと支えて連れて行ったりしておりました。

(現在は、補助器具と少しの支えがあれば、歩行可能なので、生きたい(行きたい)ところに行ってしまいました(笑))

夜は、いざと言う時の為に、大人用おむつをしておりましたが、やはり、父親も今までの習慣と感覚が残っているので、目が覚めますし、起きてトイレに行きたいと思うのもよくわかるので、眠いながらもトイレに連れて行くと言う毎日を送っておりました。

自分は車で2時間近くかかるところに住んでおり、二人の子ども達もまだ幼く、自分でできることもままならないので、そう頻繁には夜泊まる事は出来ませんでしたので、やりくりして、週に二、三日、実家に帰ることが出来る程度でした。

母は、毎日四六時中、父親中心の生活となり、身体の大きな父を一人で世話することが多く、疲れ果てておりました。

病院で一、二ヶ月入院できる障がい状態であったので、専門的なリハビリをさせてもらって、もう少し良くなってからの帰宅を勧めましたが、自由のきく自宅の方が良いということで、病院に通っては、半日いるような状態に置かれ、家族の負担は更に増えたりしました。

隣に住んでいる姉夫婦も仕事があり、子ども達も習い事をしていたりで、生活に追われており、それ以外の時間は、父親の生活に向けられると言う状態となりました。

家族全体で介護に当たったとしても大変であるのに、まして、老々介護や親一人子一人の介護が、どれだけ重くのしかかるかを考えると、個人の問題ではすまされないと思いましたし、想像を絶するような毎日の大変さを、介護者の一、二人、あるいは本人だけでやることは困難であることは、少なくとも理解できました。


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では、どうしたらいいのか。

をずっと考えつづけました。

家族の場合もそうですが、一人暮らしの方もまた、困難さには変わりはない訳で、

もし、半身不随になったり、寝たきりまではない状態であるとすれば、どういった手助けがあれば、かろうじて一人暮らしのような形で生きていけるか。

それが出来ないとなると、五、六人部屋で自分の場所はベットくらいで思ったままに食べたり飲んだりできないこともある病院に行くか、最悪の場合、孤独死するしかないという現実がのしかかります。


最後の頼みの綱である病院のベットすらも、すぐには入れないとことわられる状態があったりもするが、どうしたら、それを解決できるか。

とりあえず、その人にあった、色々な介護の形を選ぶ事が出来る体制を整えるということは、必要であり、それも、よりよい形で実行するには、具体的には、どうしたらいいのか。と。


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ご指摘にもあるように、確かに多田さんはそれなりの収入があったとは予想され、御自身でも、ある程度はリハビリする際の支払い能力があるとも考えられます。

また、多田さんの場合は、収入に見合う税金を払って来ておられるにもかかわらず、無駄な役人の経費や飲食や外資の保険会社や政治家の献金等に吸いとられていると言う現実に否を唱えていると言う側面もなきにしもあらずだとも思われます。

逆に、多田さんのように比較的恵まれていそうな方でさえ、重くのしかかる介護状況であるにも関わらず(それだけ医療にはお金がかかる)、収入に見合わない税金を払わされている、一般の、我々のような人には、もっと重くのしかかる類いのものだという認識の方が、より必要であると思われます。

ゆっくり、できるだけ豊かに生きる為に、おさめている年金や消費税、あるいは所得税であるにも関わらず、外資の保険会社に乗っ取られ、企業や政治家には献金、利権が増えて、私腹を肥やしている現実を抜きには語れない事だと思われます。


老人は、税金を払ったので、それをそれ相当受けるのは妥当だと思われます。

むしろ、その税金を、私腹を肥やす為に利用しているシステムを変える事が、何よりも必要だと思われます。

そういった現実を見ることで、金がかかる老人は早く死んだ方が良いと言うようにも見て取れる人間を人間と思えないような現状を抜け出して、すこしづつでも良くなっていく事を希望します。

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と、ここまで、老人老人と連呼していることじたいが、老人達と一緒くたにしているようで恐縮なのですが、自分も生きていたら老人になるということは確実なので、他人事ではなく、自分の体験をひっくるめて、自分のこととして考えることも必要だと、改めて思っております。

自分一人の体験では捉えきれない事だと実感はしておりますが、もっと、一人あるいは一つの視点だけでなく、あらゆる事態を考慮した上で、色々な立場の「妥当点」のようなものが、少しでも見えてくる事を期待しております。
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by akikonoda | 2008-06-12 15:09
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