連続幼女誘拐殺人事件の宮崎勤死刑囚(45)=東京拘置所収容=ら3人の死刑

 法務省は17日、88〜89年に東京都と埼玉県で起きた連続幼女誘拐殺人事件の宮崎勤死刑囚(45)=東京拘置所収容=ら3人の死刑を執行したと発表した。死刑執行は4月10日以来。鳩山邦夫法相の下での執行は4回目、計13人に上り、93年3月の執行再開以降の法相では最も多い執行数となった。

 80年代末の日本社会に衝撃を与えた同事件の発生から丸20年。宮崎死刑囚は捜査や公判で不可解な供述を繰り返し、詳しい動機や背景を語らないまま、06年2月の判決確定から2年4カ月で死刑が執行された。

 殺人罪などで起訴された宮崎死刑囚は、公判で「夢の中でやったような感じ」「ネズミ人間が出てきて怖くなった。もう一人の自分が急に現れて、手を出した」などと述べ、責任能力が最大の争点となった。

 1審での精神鑑定は(1)人格障害だが完全な責任能力がある(2)多重人格で責任能力は限定的(3)統合失調症で責任能力は限定的−−の3通りに分かれる異例の展開になったが、1、2審、上告審とも完全責任能力を認めた。最高裁は「殺人の主たる動機は性的欲求や、死体等を撮影して自分だけの珍しいビデオテープを持ちたいという収集欲に基づく」と指摘した。

 ほかに執行されたのは▽山崎義雄(73)=大阪拘置所収容▽陸田(むつだ)真志(37)=東京拘置所収容=の両死刑囚。確定判決によると、山崎死刑囚は仲間と共謀し85年11月、仙台市の主婦(当時49歳)を絞殺し、保険金から報酬を受領。90年3月には主婦のおい(同48歳)を殺害した。陸田死刑囚は勤務先のSMクラブの乗っ取りを計画し、双子の兄らと共謀して95年12月、経営者の男性(当時32歳)ら2人を殺害した。【石川淳一】

 ◇詐病だったと思う

 ▽作家、佐木隆三さんの話 東京地裁で宮崎死刑囚の裁判をすべて傍聴したが、謝罪の言葉が全くなく、スッとぼけていたという印象がある。1審で異なる3通りの精神鑑定の結果が出たが、私は宮崎死刑囚は詐病だったと思っている。近年でも、広島や栃木で下校途中の女の子が殺されるという似たような事件が起きたが、4人もの幼女を手にかけた残虐性は際立っている。

 ◇生きたかったのか

 ▽「《宮崎勤》を探して」の著書がある評論家、芹沢俊介さんの話 「即刻恩赦を請求して下さい」という本人の手紙が昨年関係者に届いたと聞いた。彼は生きたかったのだろう。宮崎事件にはその後の神戸連続児童殺傷や池田小事件の原型のようなものを感じる。家族や社会の中で自分の存在が認められていないのは、「透明な存在」と言った神戸事件の少年や、秋葉原事件の容疑者にも通じる。時代の病理性は強まっていて、彼を死刑にしても事件が終わったことにはならない。

 ◇時代の変化象徴

 ▽福島章・上智大名誉教授(犯罪精神学)の話 時代の変化を象徴する事件だった。1人の犯罪者が社会の大きな関心や論議を呼んだ先駆けでもあり、責任能力についても法整備のきっかけになった。精神鑑定では統合失調症や多重人格など、さまざまな判断が出された。統合失調症を発病していたとしても責任能力に大きく影響を与えるものではなかったと考えるし、多重人格についても証拠に照らして無理な見方だった。死刑確定、執行はやむを得ないだろう。

 ◇執行までの期間も短縮化傾向

 鳩山邦夫法相の下で13人目となる17日の死刑執行は、これまで抑制的に進められてきた執行の在り方が様変わりしたことを強く印象付けた。連続幼女誘拐殺人事件の宮崎勤死刑囚の執行という衝撃に加え、93年の死刑執行再開以降、最多の執行命令をした法相という事実も重く、執行までの期間も短縮化される傾向にある。

 鳩山氏は昨年12月、就任約3カ月で3人の執行を命じた。それ以降、約2カ月ごとに3人(今年2月1日)、4人(同4月10日)、3人(今回)と異例の早いペースで執行が続いている。近年は平均約7年かかっていた判決確定から執行までの期間も、前回の執行では3人が4年以内、今回も宮崎死刑囚の2年4カ月をはじめ3人全員が4年以内だった。

 刑事訴訟法の「確定から6カ月以内に執行」という規定を鳩山氏が意識しているのは間違いない。それは、司法の厳罰化で死刑確定者が100人を超える状況を危惧(きぐ)する法務省の意向とも重なる。

 ただ、死刑制度を巡ってはさまざまな議論がある。一部の国会議員は仮釈放のない「終身刑」導入に向けた動きをみせている。一方、鳩山氏は省内に「勉強会」を設置し、昨年12月には、執行された死刑囚の氏名などの公表に踏み切ったが、それ以上の議論が省内で進められている様子はない。

 市民が死刑判決を決めることもある裁判員制度のスタートを見据え、死刑制度に関する一層の議論や情報公開が求められる。【坂本高志】

毎日〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



幼女連続誘拐殺人事件の実況見分で、捜査員に説明する宮崎勤容疑者(当時)=東京都江東区で1989年8月20日撮影(肩書きは当時)
 連続幼女誘拐殺人事件の宮崎勤死刑囚(45)の死刑が17日、東京拘置所で執行された。判決確定から2年余り。宮崎死刑囚は再審請求の意向を示し、死刑制度を批判する手紙も公表したが、鳩山邦夫法相は早期の執行を決断した。社会を揺るがした特異な事件の発生から20年。法廷で不可解な発言を繰り返した男からは、最後まで反省や謝罪の言葉は聞かれなかった。

 「絞首刑は残虐」。宮崎死刑囚は、月刊誌「創」の篠田博之編集長に宛てた手紙の中で現行の死刑制度を批判する持論を再三展開した。同誌06年7月号によると、宮崎死刑囚は現行の絞首刑について「踏み板(床板)がはずれて下に落下している最中は、恐怖のどんぞこにおとしいれられるのである(人権の軽視になってしまいます)」と主張。薬物注射による執行の導入を訴えた。

 また、07年5月の手紙では「この国の現行の死刑執行方法だと、死刑確定囚の人は、刑執行時は恐怖とたたかわねばならず、反省のことなど考えなくなる」(同誌07年8月号)とも述べていた。

 篠田編集長によると、宮崎死刑囚からはほぼ毎月、手紙が届いた。幻聴を訴えたり、拘置所内で放送されたラジオ番組の内容を詳細に記すこともあった。しかし、10年以上にわたる300通以上の手紙の中で、被害者や遺族への謝罪はなかったという。

 執行を聞いた篠田編集長は「全く想定していなかった。極めて異例の早い執行だ」と驚きを隠さなかった。「彼は病気の影響もあって無頓着で、自分がどういう境遇にあるのか、よく分からない様子だった。死刑確定の意味についてもしっかり説明は受けていないようだった」と振り返った。

 06年1月に最高裁で上告が棄却された後、東京拘置所で面会した関係者に対し、宮崎死刑囚はほおづえをつきながら「(死刑は)何かの間違い」と語った。再審請求する意向を周囲に示していたという。

 なぜ、あのような事件を起こしたのか。この疑問を解こうと、臨床心理士の長谷川博一・東海学院大教授は最高裁判決の前日から約2週間の間に8回、宮崎死刑囚と拘置所で面会した。だが、公判で「(犯行時に)ネズミ人間が出てきた」などと不可解な供述をしていた宮崎死刑囚は、面会でも「常識では通用しない答えが多い」(長谷川教授)。反省の言葉を口にすることもなかったという。


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死刑執行、ハイペース 死刑確定者の増加が背景
 連続幼女誘拐殺人事件の宮崎勤死刑囚(45)の17日の死刑執行で、鳩山邦夫法相が執行を命じた死刑確定者の人数は計13人に達した。昨年12月以降、2カ月間隔での執行は「かなりのハイペース」(法務省幹部)。判決確定から執行までの期間も大幅に短縮された。世論の高まりなどを受けた厳罰化傾向で死刑判決が相次ぎ、比例して死刑確定者が増えていることが背景にありそうだ。
 これまで判決確定から死刑執行までの期間は長期化傾向で、法務省によると、2006年までの10年間は平均7年11カ月だった。しかし、宮崎死刑囚はこの期間が2年4カ月、前回4月に執行された3人も4年以内と、鳩山法相就任後は大幅に短縮された。(07:00)

日経〜〜〜〜〜〜〜〜〜
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by akikonoda | 2008-06-17 14:55
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