この前、偶然、古本屋で手に入れた、ずっと、気になっていたバクーニンを読み始める。 早すぎたバクーニンの「無政府のすすめ」のような気がした。 政府や資本家の都合で動くものとなる国家の方向性は、その成り立ちからして、利権をむさぼるものの蔓延る世界でしかない。 その最たるものである王権が、かなり蔓延っていたその当時のヨーロッパの国々の動きを見、考察していく中で、大衆からわき上がる社会改革こそが、国と言うよりも、民族性を無視したものではない、その場に生きているものをおろそかにしない解放を促すとした。 摂取の構造?が、昔も今もそれほど変わっていない世界の構造を思うとなんともいえないが、バクーニンは、農業、工業の緩やかな連帯と言うものを考えつつ、銀行、市場系の動きが、国家と結びつき、警察、軍隊の強化などですすむ、中央集権化から、国と言うまとまりではなく民族のようなものを、いかに解放するかを問うていく。 ここで、狭い意味での愛国主義的民族至上主義を唱えている訳ではないということが重要であるのは言うまでもないが、かつてのアジア主義を再考するにあたっても、他の民族との緩やかなつながりの中で起こるものであるならば、それは、押しつけがましい軍事力や警察力を背景にした、資本家や軍部?の為の政府や国家という曖昧なものから摂取されているあらゆる存在の解放の可能性を意味するかもしれないと、(漠然とではあるが)思える気もした。 今は、バクーニンは、決して過激なことを言っているのではない事が理解できたという段階でしかないが、某かのきっかけを与えてもらった気がする。 by akikonoda | 2008-08-17 10:24
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