おじさんが、徐に包丁を白い布巾に包み込むのを見て、さびあるは思わず言った。 おじさん、其の磨きあげた包丁をどうするのですか。 おじさんは、答えた。 納めるだけさ。 何にですか。 ここにさ。 と、言って、おじさんは、自分の懐に、包丁を納めた。 おじさん。 何を考えているのですが。 僕には何がなんだか理解できません。 そうだろう。 お前には、解らないことが多すぎるのだ。 実は、俺にも、他の誰にも解っていない事かもしれないがな。 おじさんは、窓枠ににじんでいた赤い夕日を解放するように、小さな丸窓を開けた。 今しがた切り裂かれた喉頸から、赤い血が飛び散るように、目に染みてきた。 なあ、さびあるよ。 お前の父親が死んだ時も、ちょうどこのような赤々とした夕日が沈んでいたのだよ。 お前の父親はな、「市場」の連中に引きづり込まれ母親がつるされているのを、今のお前みたいに、まぶしそうに、そして、いぶかしそうに見ていた。 吊るされた牛が、肉になる過程を見るように。 それを見ている、俺も、また其処にいた。 お前の母親は、そんな俺たちを、乱れた髪の間から、紐にくくられたローストビーフみたいに、じいっと、見開かれたまなざしで、ただじいっと見ていた。 吊るされたものには、明らかに、何かが宿っていた。 お前だったか、何だかわからないもの。 それは、今でも、俺にも解らないものなのだが。 そもそも、なぜ、母は「市場」で吊されるような事になったのですか。 父がそこで死んだというのも、何が何だか解りません。 お前の母親が「市場」の掟を食べてしまったからだ。 おじさんは、徐に言った。 その「市場」の掟とは、一体何なのですか。 お前やおれを形つくるもの。 少なくとも、お前が何で出来ているかが解れば、すこしは見えてくるだろうが。 たとえば、さびあるよ。 俺たちは、食の神様の為に生きているようなものだと考えたらどうだろうか。 食の神様は、何だってほしがるのは知っているだろう。 お店、お金、時間、人、とりわけ、食べられるもの、食べられるためならなんでもいいというような、平等性を備えておられるといった信条をお持ちだ。 ええ、確かに。 食の神様は貪欲としか言いようがありません。 そうやって食の神様は、世界中に貪欲なまでに広まっていこうとしているのだ。 「市場」を拠点にしながら。
by akikonoda
| 2008-09-22 12:18
| 小説
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