カテゴリ:小説( 32 )

けいたい戦争

けいたい王子は、世界連邦の手先として、銀行も作りました。

きゃあおんという電子マネーのやりとりするカードでポイントを貯めればお得です。と一般の市民を騙しましたが、けいたいでお金をやり取りするお金そのもののやりとりの記録としてけいたいを開発したのでした。

けいたいさえあれば何でも出来ると思わせて、その実、人がけいたいがなければ何にも出来ないようにさせるのがねらいでした。

エネルギーを使うのでさえ、けいたいから遠隔操作出来るようにしました。

電気をつけるのも消すのも、人とのコミュニケーションを繋ぐのも消すのも、けいたいに依存するようにしむけたのでした。

危険な原発に反対しながら、ただ同然に農地を使い放題にできるように農家から奪い、農家には自分の会社が、びた一文払わずに済むように、国民が働いた税金から補助させる仕組みを作ろうとしていました。

それを政府に肩代わりさせて、すまーとぐりっとだとテレビや報道や世界連邦の使者に講演会やデモ等をする費用を援助し宣伝させて、自分のところに利益が転がり込むように、国民の税金からも補助が出て、利益が出ても出なくても、そんをしないまま、受け取れる仕組みを作ろうとしたのでした。

あいことばは、農家の人が哭いているでした。

都市の人も本当はけいたい料金が世界一高いので哭いているのは知らんぷりでした。
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by akikonoda | 2011-06-15 23:00 | 小説

けいたい戦争

むかしむかし、あるところに、けいたい王子がおりました。

「けいたい」を人々にひろめることがけいたい王子の仕事でした。

「みんたん」という組織に所属していましたが、隣りの国や遠い国からお金と「けいたい」を売る権利をもらって、「みんたん」の人たちには10分の一で売り、それから、けいたい王子といわれるようになりました。

「みんたん」というところは、いろいろな仕事をしていました。

「ぱんちこ」というたまにぱんちをするゲームをさせて、人々からお金を巻きあげて、電気と時間をいっぱいつかわせました。

「てれび」にもたくさん「みんたん」の人を送り込み「ぱんちこ」の宣伝を毎日のように流しました。

「てんつう」という宣伝組織も別にあり、スポーツや芸術にはかならず「みんたん」の人を優先的に流しました。

みんな、みんな、ぐるぐるまわってまわって、お金と時間とえねるぎーながしてながしている、ぐるなのでした。

スポーツの世界にも、けいたい王子は力を入れました。

そこでも「みんたん」や「てんつう」は宣伝でおおいそがしでした。


まいにち洗脳におおいそがしでした。


在る日のことです。

けいたい王子は「みんたん」と遠い国の人に「けいたい」で話されているいろんな話を教えろと言われました。

けいたい王子は、本当は「みんたん」と遠い国の人の家来だったので、よろこんで教えました。

「みんたん」の悪口を言う人は「てんつう」ににらまれてつまはじきにされるか仕事を奪われるかしましたが、なんといっても、悪口を言う人の、人に言われてはこまってしまうことをさがしていたのでした。
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by akikonoda | 2011-05-30 17:06 | 小説

花見

花が見たい。


というので、父親と子どもたち、それから、久しぶりに会いに来ていた姉と姪を車に乗せて、日向神ダムまでの道すがら、川の流れから沸き立つように咲いてるという桜を見に行った。


そこの桜は今まで見た中で一番すごかったと。


父は口からすこしずつ、つばきを吐くように言葉をしぼりだすように話すようになった。

脳溢血で倒れてから3年は経つが、それ以来、右半身不随になって最初は歩くのもままならず、その影響で言葉も出にくくなっていたが、桜の記憶までは消え去ってはいないようだった。


道に迷ったのか、どこまでいっても山ばかりで、桜の咲くと言う川の畔にたどり着けなかった。


子どもたちは車に乗ってくねくねとした道を上がったり下ったりしているのに飽き飽きして、小競り合いを始めた。

外を見ても、右には竹薮、左には杉林で風を受けるにしても、右からの風だけならまだしも左からの風から「花粉」をキャッチし、いち早いセンサーのように、くさめと鼻水の敏感な反応を示しだす姉と姪によって窓は閉め切られ、せまい車の中、缶詰状態が永く続いていたせいか、子どもたちは、みな酔ってしまったようで、小競り合いも本格的にはならずに、青い顏をしてぼんやりと何時まで続くか分からない曲がりくねった道を見ては、


ねえ まだつかんの。


そうやねえ あと三十分かね。


といったやりとりを五回程はやったであろうか。車酔いはピークを過ぎているようであったが、空腹で皆、言葉少なに外を見ているか、眠っているかで、この事態が過ぎるのを待っているようであった。


関東にいる母の話では、東日本の地震で、1000回くらいの揺れが観測されており、大地震発生から毎日のように揺れ続けているせいで、船酔いか車酔いみたいになって、どこでも揺れているように感じるとのことだった。

その揺れもさることながら、原子力発電所から漏れ出ているかもしれないという、見えない放射能が届きでもしたら、鼻水どころではなく、鼻血が出てもおかしくない等と思いながら、自分でも曲がりくねった道に嫌気がさし、頭が重苦しくなっていくことから、解放されるようにと思いながら車に乗っかっていた。


それからしばらくして、ダムまで続いていると思われる川沿いの道に辿り着くことが出来た。
ちらほらと桜の木が見えてきた。


ここや。ここに違いない。


と父が記憶と気力を取り戻したように言った。


道は相変わらず、右へ左へと曲がりくねっていたが、水の流れと桜の木を見つけたことで、少しだけ、何かから解放されたような気持ちになった。


もう少しすると、トンネルがあるんやけどな。
あのトンネルはな。
ちょうど四十年前くらいに人が殺されたんや。


と、父は出し抜けに言った。


ちょうど四十年くらい前、ここいらのトンネルでな。
女が殺されたんや。
たしか警察官がやったと。
彼女やったんやないかな。


と、短いトンネルをひとつ、ふたつ、みっつ通り抜けたところで、これまで通って来たトンネルを全て繋げたよりも長いトンネルに差し掛かった時、


ああ、たぶん、ここや。ここ。
このトンネルに、それからたびたび亡くなった女が彷徨って出て来とるといわれとったが、どんなもんやろな。


トンネルを通り抜けていた。

桜はまだ一分も咲いていなかった。
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by akikonoda | 2011-04-04 10:18 | 小説

どこにでもない路地裏にて

駐輪場に老人が二人立っていた。

黒い眼鏡をかけ、黒い山高帽を被った老人が、青い制服を着て黄色と黒のよこしまな腕章を右腕につけた白髪の波だった老人に人さし指を天に向けながら何か叫んでいた。


 そもそもですよ。先進国では日本だけですよ。駐輪場でお金を取るのは。


ただの世間話をしている訳ではないらしかった。

老人たちは、取り締まられた人と、取り締まる方の人の対なのであった。

あの天を指差している老人は、自転車をここに置きたかったのであろうか。

それもどうでもいいように、とにかく何度も同じことを老人は繰り返し訴えているのであった。

もうこれ以上入る隙もないような、この駐輪場には、備え付けのチェーンの鍵が等間隔の金属の食肉植物のようにぱっくりと口を開いているように項垂れて、幾つも繋がれている自転車の油を啜っているようにも見えるのであるが、皆、見向きもしないで、その二人を遠巻きに、それでいて早足で通り過ぎていくのであった。

そうして、私は立ち止まっていた。

あの二人のやり取りが気になると言うよりも、私の自転車が、あの二人の真横で、自分の持ち歩いているチェーンに繋がれて、なんとか、お金も油も啜られないまま、繋がれているからだった。

このままあの二人の横に何食わぬ顏であるいて行き、


 どうも、すみません。


などと笑いながら立ち去るには、あまりに二人は固まったままの、がなり声が響き続けているのであった。


仮に今すぐ、私が自転車を取りにいくとしたら、言われるままの白髪の老人が、今度は獲物を見つけたように、私を指差しながら、がなり出すかもしれないような、ぴりぴりしたやり取りに触れたくも触れられたくもないのであった。

第三者であるようで、駐輪場でお金を取られる当事者であるはずの自分は、その先進国の先を行く個人的ピンハネ行為をしており、取り締まられるべき当事者であった訳である。

個人の公共に対してのピンハネ行為を取り締まるべきなのか、あるいは公共の個人に対してのピンハネつまり手数料を取り締まるべきなのか。

どちらかというと、公共の手数料の方のピンハネをどうにしかしてほしいと直接的に訴えている山高帽の老人にばったり出会ってしまった影のように、後ろめたくもちまちました行為のつけを払わされて立ち往生している気がしたが、たぶん、この場にいる誰しもが同じちまちまさに我慢ならないので、わめき散らしたり、立ち止まったり、どうする訳でもなく話を聞いたりしている訳であった。

ただ先を急ぎ、通り過ぎるだけの者には、関係のないことであった。


先を急ぐ訳でもない私は、とりあえず駅裏の方に足を向けることにした。

あの二人の老人のやり取りの収まるのを、とりあえずあの二人の周辺を廻り続けるしかない回遊魚のように歩きながら待つことにしたのであった。



駅の裏には路地が迷路のように右往左往しているようであった。

小さな犬や猫や子どもが辛うじて通れるような路地もあれば、車が通れるくらいの路地もあった。

人影は私のみで、駅の周辺にしては、一本入るとこんなにも途絶えてしまうものであろうか。と思われるくらいであった。
河の横をそのままずっととぼとぼと歩いていった。
川に身を投げた私の影は背泳ぎをしながら、いつまでも川面にぷかぷかと浮かび上がって、死に絶えることなく、ゆるい日の光の中を黒々といい気になってついてくるのだった。

その影の間延びした動きが我慢ならない気がして、くの字に曲がっている曲がり角を曲がることにした。

影は一瞬、こちらを見失ったように、それでも路地に戻って、ついて来た。


影を振り切ることは出来ずに、しばらくそのまま歩いていると、赤黒い煉瓦の建物を向いて何かを叫んでいる団体が一列に並んでいた。

今日は叫び声が、あちらこちらにあふれているようであった。

エジプトでの物価高に対するムバラク退陣要求デモほど大きなものではないが、一列に10人ばかりの人とその影が日時計のように、それぞれの幾つもの自分には自分の時間があるとばかりに、並んでいた。

いずれにせよ彼らはツイッターでデモに参加しよう等というような若者の風の力を吹かそうとするというような風情ではなく、まして、誰が受け止めているかも分かるか分からないかのツイッターで俳句を吐いたり、短歌を切ったり、つぶやくよりも、路地で訴えたい者に直に叫ぶ方を選んでいるようだった。

白い服をきた中年の女が、拡声器を持って腰に手を当てて仁王立ちをして何か叫んでいるのであった。


 ここは日本です。この日本にいるにも関わらず、韓国の参政権を得て、その上に日本の地方参政権を得ようと言うのは、憲法違反です。
 あなた方は、日本の国会議員にサポーターとして二千円ものお金を寄附して、政党内での選挙資金を投資して、政府の長を選ぶ時にも、影響を与えているにもかかわらず、地方参政権から始めようと言う。
 国政には口を出さないというのは見せかけに過ぎないではありませんか。
 明らかに、国政の一番重要なことを決める、つまり、任命権や軍事指令等も操作駆使できる立場のものに、個人献金と言う隠れ蓑によって、口を挟んでいるではないですか。
 欺??です。
 欺??です。
 この世は、欺??です。
 そうして、あなた方は、韓国から金を年に7割も援助してもらっているにもかかわらず、日本の国政にも地方にも口を出そうとしている。
 これは明らかに、内政干渉です。そして、市長や知事、果ては国会議員や首相にまで圧力をかけて、国をひっくり返そうとしています。
 日本を乗っ取ろうとしています。
 この近くの飛行場を民間に売りさばき、国の負担、地方の負担を軽減するなんて、うそっぱちです。
 自分たちの息のかかった外国のものたちが株を支配していくのに加担しているのです。
 あなた方の支持している市長は元弁護士で、副市長は新聞記者ですが、彼らは中国韓国系の性接待で、あちらでパクられた企業のものとずいぶん仲が良かった。その後も、その仲が取沙汰されていますが、どこ吹く風で、テレビになんかも平気で出ていますよね。テレビも一枚も二枚も三枚も噛んでいるからなのです。電波に乗ることの優位性をひけらかして、いつまでものさばっているのではありません。そろそろ、それも終わりに近づいているのですよ。
 皆、気づきはじめているのですよ。
 この国は、乗っ取られつつあるということが。
 いや、すでに実質は乗っ取られているということに。
 あとは、自分たちの都合がいいように、法律を変えるつもりでしょうが、すでに国民は気づいているのです。
 軍事的に攻撃されたら世界が黙っていないって。
 バカ言うんじゃないですよ。
 軍事的には最終手段で取っているだけですよ。
 民間に売るという「空港」を押さえるというのはその一環でしかないのです。
 それもわからないのなら、既に洗脳されているということです。
 日本は。
 テレビや新聞報道に。
 あなた方が詐欺だということに。
 日本人のふりをした、傀儡だということに。
 そもそも、先の戦争においてもそうだったのでしょう。
 日本の戦争末期には、日本人のふりをした、傀儡ばかりが跋扈しておりました。
 そして、日本の極秘情報を傀儡の糸を引く者たちに密告し続けていたのですから、日本が大陸に置いて、先回りされて、何でも筒抜けであったことが、不思議でならないという証言もありましたが、なんて言うことはない、中枢神経にそういったものがあったということです。
 今も、そうだということです。
 今の日本は、更に輪をかけてそうだということです。

拡声器の女は、がなることが多すぎて、どうにも手が付けられないようであった。

 日本は第三の開国を迫られています。
 その傀儡政権が今押し進めようとしています。
 自分で取り返した関税自主権と治外法権の罠をまた投げ捨てようとしています。
 それも、故意に。
 しかも、外国人の弁護士だけが特権的に、取り扱える資格を持つという事が仕組まれているというではありませんか。つまり日本の法でさばけないのです。これは治外法権です。
 馬鹿なことを取り決めようとしています。
 こんなことはあってはならないのです。


女は、一生がなり続けるようであった。
都合が悪いことを言っていると聞こえないか、狂っていると断定する「世間」という名の傀儡のものたちが言いふらし、牢屋にぶち込もうとされるか、ビルから突き落とされるか、バラバラ屍体になるか、交通事故で処理されるか、狙い撃ちされるかしないうちに、やめておけばいいと思うのであるが、影の出る幕も、私の出る幕もないようであった。

女は得意げに話をまだ続けていた。


 この美しい日本を取り戻すのです。私たち日本国民に。


路地にはすでに、裏も表もないままで、補助金で押し進められている鉄筋コンクリートのビルが無表情に、露骨にむき出しにしてせせら笑うように、これから自分たちが大手を振って生きていく為の公共の補助金を湯水のようにつぎ込める城を、匣物を作っているとでもいいたげであった。

私はしばらく聞いていたが、そろそろ、帰らないといけない時間になったので、その場を離れることにした。
私の影だけは、その女の影と重なって、間延びして、ひそひそ話をするように見えたが、やがて何事もなかったように離れていった。
 


そうして、私は一巡りして、あの駐輪場に舞い戻って来ていた。

すでにあの二人の老人はいなくなっていた。

私の自転車を探した。


 あった。

 これで叫びから逃げ帰ることが出来る。


思いのほか、ぎゅうぎゅう詰めで、私の自転車のペダルが隣りのママチャリの車輪に挟まり、取れなくなっていた。

早く外そうともがけばもがくほど、ペダルはぐいぐい車輪にのめりこんでいくようであった。


 もう、いい。もう、その歯車に噛まれたくはない。


向こうから、あの制服を着た白髪の老人がやって来て、何も言わず、ママチャリを羽交い締めにした。

私はようやく自転車をその状態から解放することが出来た。


白髪の老人が、徐に話しはじめた。


 あちらのあさひビルのところは、駅の工事が終わるまで無料ですから、これからはあそこを使ってください。


この老人は、あの山高帽の老人にも同じことを言ったのであろうか。
さっきのことを思い出していたのかどうかはしらないが、どうやら、さっきまで二人の老人を見ているだけだった影と私の姿を、遠目ながらも見ていたようだった。


 どうも、すみません。


私は、徐に、そこだけなぜか優遇されてか無料になっていると言うあさひビルの方向に、路地とは反対方向に自転車で走っていった。
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by akikonoda | 2011-02-09 19:39 | 小説

テレビは外で見るもの

 911の事件の時。
 あの日、テレビでビルに飛行機が突っ込んで、なし崩し的に壊れていった映像を何度も何度も繰り返し放映してましたよね。
 それでも、何が起こったか分からなかった。
 テロだと騒いでいたけど。
 亡くなった方、近くで見ていた方にとって、どこかの国のテロリストがやったのであろうが、崩れ落ちる前に崩せとばかりに、持ち主がビルを解体する手間が省けたり保険金をたらふくもらった人達の犯行であろうが。
 生きるか死ぬかの、零地点に限りなく近いところにいた。

 後づけされた理由等でうまりきれないような零の穴が穿たれ、その中に蝋燭の火や、花が投げ込まれたとしても、溶けてなくなるか、腐っていくか、乾いて枯れて粉々に砕けていくかで、もうなにもない。
 テロと戦争とが起こっただけだった。

 亡くなった方たちとその家族や友人の中で、大きな零の疑問が突きつけられたままで。



 確かにそうね。
 そういえば、あなた、以前、経営コンサルタントみたいな仕事をしているとき、「ちゃんこうろう屋」というホイコウロウをうどん麺の上に乗っけたものを主力で売り出している店のメニュー開発とアンケート調査をやっていたでしょ。
 その店の店舗が、あの双子のビルの片割れに入っていたって言ってたわよね。
 
 
 妻が言った。


 ああ、そういえば、そうだった。
 あそこに店の鉄鍋とレジスターが焦げ付いたまま出て来たって聞いたよ。
 「ちゃんこ」とはお相撲さんのごっちゃんからきたのか、昔の人が使っていた差別用語で、今では言葉狩りでほとんど見ることが出来なくなった「ちゃんころ」という外国の人を暗に指す言葉からきたのかは知らないけれど。と店の料理人の古株の人が言ってたな。
 それに、店のオーナーは確か在日の方だと言ってた。
 とても商売が上手だったし、人当たりも良い人だったよ。
 金をどこに流せばいいかよくわかっている。
 金のつくり方を心得ているとでもいおうか。
 商売をやるというのは、そんなに簡単なことではないからね。
 差別してはいけないと言っても、言うやつはいくらでもいる、それを跳ね返す力だって逆に湧いてくるというか。
 そういう人だったね。
 差別をするなと言う戦後の日本教育で培った理念はご立派かもしれんが、差別をされている人の方が、今は優先的に枠があるとかないとか言う公務員になっていたり、テレビや教科書、著作においても優先的に全面に紹介され、引っ張り上げられたりする人が多いってご時世の行く末を少しは考えた方がいいかもしれないな。
 
 これからは、日本人だといって、差別されるようになっていかないとも限らないんだという現実をもっと良く見た方がいい。
 いや、心しておいた方がいい。
 特に、厭なことを言われると、そっぽを向く、夢見がちな、心優しい羊かヤギかうさぎになりたい日本人は。
 いつのまにか、政府や警察、検察や裁判官、報道通信、宗教だって、銀行だって、車作りだって、電化製品だって、学校だって、遊技場だって、競輪競馬モーターボートだって、乗っ取りはほぼ完了しているような。
 能天気なあまりに能天気な、あわれみの目を向けているつもりが、向けられている日本人からしてみればおそろしい世の中なんだということ。
 
 なにもテロだけが戦いではないということ。

 ぼくたちはそんなに危険なのですか。って。

 聴く人もいるかもしれないけど、昔の日本人も、自分たちが危険だなんて思ってもいなかったさ。
 新天地を求めていただけだっていうのが関の山だろう。

 満州に行って、無から作れる札束を発行して何でも出来ると夢見ていたのは、何も日本人の軍部のものや銀行のものばかりじゃない。

 今、日本に生活保護を求めてやってくる中国の人や、キリスト教徒の教会に出入りして、日本の在日の方々に場所と資金を提供されて、タレント活動に勤しんでいるものも多いと言われている韓国人のタレントも多いからね。
 彼らにとっては日本は新天地となりつつあるのだ。
 つてはあるからね。
 大阪を押さえたい人たちなんかは、外国の人が多いというのもあるけどね。
 あそこには立派な造幣局があるから。
 地域主権を掲げて、なおかつ外国人が外国人の侭で日本の政治に口を挟むことの出来る、外国人参政権を法律で通そうとしているのが、今ここで起こっている、日本の政治におけるドタバタ劇なんだということ。

 どこかのだれかが、東京事変を起こそうとしているか、大阪事変か、福岡事変かどうかは知らないが。

 とりあえず、生活保護の申請をしておけば、場所は確保してくれる、同胞がいるという訳だから、そういった騒動の後に、日本に介入しようとしている国はいくらでもいるということ。

 内からも、外からもいるということ。

 これが今日本で行われている民主党の掲げた「静かな革命」の大筋ってやつだ。

 血を見ないのではない、血税を啜るのさ。

 日本人の流した動脈だか静脈だかの血をしぼりとるのさ。

 土地と言葉と過去を引き換えにね。

 在日の人の集まりに出たっていってる、ちょっと目つきのおかしな年寄りの政治家が言ってたな。

 そのオーナーの知り合いで、土木関係の大金持ちの人が、政府に食い込んでいてね。
 その人が言うにはね。
 飯が喰えないって言う人を一時世話する施設を作るように、働きかけて金を税金から出させて仮入居施設をつくっているが、なんてことはない。
 自分の仕事で使う土木作業員の人を、優先的に住ませる手はずを整えていたんだから、自分の懐を痛めないで人様の金で物事を動かすのに長けているということかな。


 妻が口を挟んだ。


 それが、目に見える表舞台に出て来て、現実に起こりつつあるとしたら、「水」配達の商売にからんでいる韓国のきれいなアンドロイドみたいなタレントの出ている宣伝を見ると、こわい気がするわね。
 静かに水まで、乗っ取られているようで。
 奥様方は毎日のように、テレビの韓国ドラマで、毒の入った林檎を売るように水を売りさばくアンドロイドのお姫様が出てるドラマで韓国語のお勉強。
 そういえば、学校の教科書にだって、出てきてたわね。
 こんにちわ、こりあ。ありらんだむ。を教えてもらったって。
 学校の教師は、君が代を歌わない代わりにありらんだむをこどもたちに歌わせている。
 自分から、習いたいなら習いにいくのだけれどね。



 テレビだって、俺たちみたいに見たいものがないものにはどうでもいいかもしれないが、どうしてもみたいものがあるなら、どこにでも見に行けるという環境はある。
 選択の自由と言えるかどうかは知らないがね。

 しかし、選択の余地を与えられていないに等しい公の教育で、こどもに毎日のように刷り込む教育というのは、どうかと思うよ。
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by akikonoda | 2010-09-11 20:02 | 小説

テレビは外で見るもの

 しばらくして、家内の父親がやって来た。
古びたブラウン管のテレビと一緒に。
本当にテレビをしょってやって来たのだ。
 

 いやいや、お世話になりますたい。


 家内の父親が、杖をつきながら、傍らに家内を引き連れてやって来た。

 実際、お世話とお相手をするのは、テレビと家内であるかもしれないが。と思いながら、


 いえいえ、こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。


 等と、通り一辺倒のことを言って、とりあえず、家内の父親が椅子に座るのを見つめていた。


家内は手慣れたように、父親を椅子まで誘導し、子どもに話しかけるようにして言った。


 ねえ、夜ご飯はなんがいいね。
 だいたい昔みたいに何でも食べられるとやろうもん。


なぜか、急に、お里の方言を放言し出した。
家内の父親は田舎もしょってやって来たらしい。


 なんでん、よか。
 ちきーとしか喰われんけんね。
 手間はかけんでいいけん。
 たべられるもんなら、なんでんよか。


 そうね。それじゃあ、魚の煮物でもしようかね。
 最近、家ではあんまり食べとらんけど、ああいうものの方が食べ易かろう。


 おらあ、なんでんよか。なんでんよかって。


家内の父親は、遠慮なのか、本心からなのか分からないが、そういって訳も分からず、にやにやしていた。
結婚した当初に会ったときの、目だけがぎらぎらした人を見透かそうとした警察官の尋問官のようないかつさは消え、げっそりした頬には、何でもかんでも喰い荒らしていたという、かつての面影は消え失せていた。


 こどもたちはどうしたあ。


 ああ、子ども達は、剣道の練習が終わって、近所の友達と外でサッカーをしてますよ。


 こどもはそれでよか。それでよかとって。勉強もせないかんけどな。
 わしがおった警察で、若いときは機動隊で柔道ばしよって、ケツから血が出るまで練習ばしよったですもんね。
 剣道もしよったが、柔道がばさりこ強かあ。なんてえいっても素手で戦えるけんねえ。


 ははは、そうですね。
 ちなみにお父さんは何段なんですか。


 七段までいったばってん、高校出て警察に入ったけん、柔道だけできても、身体壊したらどうしようもなかと。
 ひとつひとつ階級試験ば受けていかないかんかったけん、そらあ、大変やったばい。
 その点、最初から大学出は、警部補ぐらいからの出発やから、スタートからおまけつきたい。
 おれみたいなもんは、なかなか上に行かれんように、できとうけんな。
 それでもくさ、毎日、夜中まで勉強して、警部補試験受かったけんな。あれから、おれの運が廻って来ったったい。


 その後、国際交流基金から、柔道の講師として、中東のイランに行かれたんですよね。


 そうたい。一年だけ、警察ば休業してからくさ、イランに行ったったい。
 こいつらも一緒に連れて行こうと思ってな。
 まだ小さかったけん、ようわからんかったかもしれんがな。


 家内が口をはさんできた。


 そうそう。わりと面白いことしか覚えていない。最初に行った、イランでのことって。
 週末になったら、近くの緩やかな坂を上っていってさ。公園で焼いてるトウモロコシとか、綿菓子やバスタニー、あ、バスタニーはペルシャ語で、意味はアイスクリームなんだけど、風船なんかも買ったりして、用もないのに、ぶらぶらしてたよね。


 あの時は、まだ、王政でくさ。イランも景気がいいとこはそこそこ景気が良かったと。
 酒もあったし、チャドールを着とる女の人と着とらん人の割合は3/7くらいやったかなあ。


 ときたま、公園とか道を歩いておると、顔を隠した女の人が赤ちゃんをのけぞらせて抱きかかえて、
 プール ベデェ お金くれ 
 って言われても、どうしていいか、わからんかったけど。


 イラン・イスラム革命後、今度は警察の試験に受かって警察から外務省に出向する制度が出来たての時に、また、イランに4、5年行くことになったろうが。
 あの時、王の別荘といわれとる家に行ったのば、覚えとるかあ。お前。


 覚えとるよ。
 あの時、イメルダ婦人の靴の話じゃないけど、王の奥さんの靴の話も聞いたんよね。
 革命が起こって、国外に亡命する時、持っていけないくらいの靴が山積みになってたって。
 記念館みたいになってる王の別荘の管理人のおじさんが言うとったよね。 


 そうたい。
 履ききれないほど靴が山積みにされたところには、いずれ革命か政変が起こる。っちゅうことや。


 そういえば、イラクの現状を泥沼化させたことに対する怒りのあまり新聞記者に靴を投げつけられた、アメリカの大統領もいましたね。
 銃をとれ。ではなく、靴をとれ。っていう感じですかね。


 まあ、そういうことたいね。
 素性はどうあれ、革命防衛隊かもしれん学生や若者、その前の王政の秘密警察的なサバクにおったかもしれないものも、関係なく、可愛い生徒やったけんね。


 イランの大学でも柔道、教えとったもんね。そういえば。


 そうたい、ミスタージャポネっち、よばれとったったい。
 なんか、生意気なことしよると、ばたばた、なぎ倒してやるけんな。
 だあれも、かかってこんかった。
 イランの人は、そもそも、礼儀がなっとうけんな。
 昔の日本人が少しばかりは気にしとったものを、彼らは持っとった。


 そうやね。みんな、人なつこかったよね。
 日本に帰って来て、何がそんなに怖いと思われとうのか、さっぱり分からんかったもんね。
 そこにいったことがないものにとっては、テレビや報道で聞いたことが全てやけんね。
 少なくとも自分の目で確かめてからやないと、無闇に判断できんなあと、身に染みたけどね。
 あれから。


 
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by akikonoda | 2010-06-18 12:02 | 小説

偶然はかさなる

 子ども達が、最近、「魔男」と呼んでいる男の人を見かけた。

 子ども達に「おっぱい公園」と呼ばれている公園でだ。

 この公園は、横に伸びをしている裸の女人の彫刻があるので、そう呼ばれているのだが、誰かがそのあられもない姿に目隠しをしたかったのか、赤いビキニ姿にスプレーで色付けされていて、真冬にビーチバレーをしているような、レーシングカーに水着の女性というような欲望のスピードと方向性がよく分からない組み合わせに見え、どこか暑苦しいようで寒々しいものがぶつかり合っているのである。

 今日の天気も、そういう天気であった。
 ぬうっと生温い風が足下を通り過ぎるかと思えば、空から冷たいオイルのような異臭の混じった冷たい雨が降って来た。

 「魔男」は魔女のような格好をしていた。
 黒いとんがった帽子に、オレンジ色のコートと黒っぽいスカートのようなものを着ていて、その姿がどこか禍々しさに魔を差し続けているもの狂おしさを感じさせるのである。

 顏の細部はよく見えないのだが、濃いひげが生えていて、か細くない背中と歩く姿から、男のそれと判断が出来るのであった。

 子ども達が、「魔男」の後ろをくっついて、つかず離れずの間合いを計っている。
 何か話しかけると、「魔男」が振り向き、その顏が見れるのではないかと期待しているようであったが、端から見ていると、ただ単に笛吹き男にくっついて水に入っていく子ネヅミか子犬の群れか、永遠に鬼が変わることのない、「達磨さんが転んだ」の遊びをしているのようにも見えた。 

 そこには、欲望もスピードもなく、ただ、生温い無精髭を我慢するような笑いが、くすくすと音を立てて連なっていた。

 「魔男」が不意に立ち止まって、こちらを見上げた。

 私の眼差しが、その場にふさわしくないほど、異様な熱を放っていたかもしれなかった。
 それほど、食い入るように、その場を見続けていたのに、初めて気づいた。

 「魔男」の目がピース缶爆弾のように、こちらに飛ばされた。

 日差しがあんまりにまぶしくてというよりも、「日蝕」の太陽と星の影がかさなるか、かさならないかの薄暗がりの中、空を見上げて、目のそこを低温で焦がされていくような鈍い痛みをどこかで感じながらも、赤黒い目のふちだけを見たような気もしたのだが、遠すぎて、近づくことは出来ないのだ。

 「魔男」は、くすくすとなる人工の笛を従えた、祭りの司祭か、神主のように、そのまま古い団地の方に歩いていってしまった。

 私は、生乾きの洗濯物を取り込まなくてはならなかった。
 冷たい雨がぱらぱらと降り込んできたのだった。


 その夜のことである。

 おっぱい公園で、家族連れが季節外れの花火をしていた。

 まだ夏になりきれていない、先走りにも程があるような季節であるが、妙に飽和された空気に触発されて、狂い咲きしている沈丁花のように見えた。

 偶然、「魔男」を見かける前、PTAの講演会が終わって、その帰りに近所の奥さん達と食事をしている時のことを思い出していた。


 最近、ここいらで不審者が出てるって話聴くじゃない。
 北団地で、チェーンをこじ開けようとしている黒っぽい服をきた男の話よ。
 あれ怖いわよね。がちゃがちゃやってるところを見られて、逃げてったんだって。


 チェーンで繋がれていたから、助かったって訳ね。
 もし、何も繋がれていなかったら、どうなっていたか、考えただけでもぞおっとするわ。


 そうよね。
 一階に住んでいる人なんか、鍵がかかってないのを外から見られてたりするらしいから、気をつけないとね。 

 この間なんか、自転車を持った若い男が家の前をのろのろ歩いていたのよ。
 昼間に若い男がいるとちょっと警戒するわ。
 この前、学校の帰りがけに突然下半身露出した男が出て来て、それ以来、小さな娘は男の人がいるとびくびくするようになったのよ。
 今の自分だったら、けりでも入れて逃げ帰るかもしれないけど。
 突然の、道端で出会ってしまった偶然は、小さな子には、「異物」にしか映らないからね。
 それも、そこでしか見せない見たくもない「秘密」を見せつけられるのだから、性質が悪いわ。


 ばちばちばち。
 という音が鳴り響いた。
 鼠花火というやつだろうか。


 花火はなつ〜 花火はなつ〜


 と子どもの声が聞こえて来た。
 あの季節外れの、家族連れの調子っぱずれの歌のようだった。
 季節がだんだんと濁って、にこごっていくような夜、あるいは、「何か」が飽和して、今にも弾けてしまうような気配が、そこいら中に蔓延っているような気がしていた。



 それから、しばらくして、救急車と消防車のサイレンが響き出した。

 まさか、いまさっきの花火が何かに引火して、火事にでもなったのであろうかと、窓の外を覗くと、あの「魔男」が入っていった、黒い巣穴が幾つもあるように見える団地の方から、人がわらわらと出て来るのが見えた。

 それを取り囲むように、救急車と消防車の赤いちかちかとした色とサイレンがいつまでも辺りを目まぐるしく照らし出していた。

 なぜかしら、昼間偶然見た、あの赤黒い目の縁をした「魔男」がどこかで、くるくると回るあの光を、私と同じように、見ているような気がしていた。


 どこかで破裂する音を聞いた。
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by akikonoda | 2010-06-04 23:34 | 小説

テレビは外で見るもの

 テレビは見ないけど、たまに外で見たりすると、おもしろいのよね。


家内は言った。


 何が面白いのだろう。と思った。
 白々しい話に、白々しい嘘を、白々しいまでにひけらかす事で顔面が白々しくなるという意味で面白いと言うならば、確かに面白いと言えるであろうが、朝から夜中まで働いて、たまに見るものが、そうであるならば、いっそ、青々とした空の下で子どもと寝転んで、雲の向こうを覗き見る方がまだ電波の箱にかじりついているよりも、面白く、開放感はあるというものである。


 この前ね。
 あくう豚って言うブランド豚を使った餃子屋さんにぶらり入ったって言う番組を見かけたの。
 ぶらりと立ち寄った電化製品の店でたまたま見かけたんだけどね。
 それからしばらくして、口蹄疫がそこのブランド豚の畜産農家に関わっていたんだって。
 あくう農場って言うらしいんだけど。
 そこの家畜の内臓なんかは、もつ鍋屋さんに流されてたりするでしょう。
 そこをある大食いタレントが尋ねて来たって、最近もつ鍋屋さん開いたって言う近所の人が言ってたの。
 その大食いの女王みたいな人は目の周りをキラキララメで一杯にした大食いなのに痩せてる割ときれいな人なんだけど、総花学会の人らしいの。
 もちろん、そのお店を開いた人もね。
 そして、テレビ番組の制作側の人にもいるのでしょうね。
 どうして、あるけどあるけど、総花に当たるんでしょう。不思議だわ。

 
 そういう時代なんじゃないの。
 総花的に、いつもにこにこしてて、吐く知的に笑っていればいいんでしょう。

 テレビを見ない自分には、どうでもいい事であったが、そこが占領されているとしたら、話は違ってくる。
 かつて、電波に乗って、世の中の不正を暴く等とアフリカのとある国のラジオやらテレビやらを流す事で、人々は真実を知った。
 等と言うかなり一方的な内容の映画があったが、テレビを占領している真実を見せつけられてばかりで、踊ってばかりでもいられないような気がしていたが、踊り終わったら、死が舞っているという事を、彼らは知らないだけなのだ。


 そろそろ、終わる頃だと思うわ。
 そういう事も。
 外でしか通用しない事は、いずれ、内の崩壊を見るという事。内から壊れ始めて、その組織はいずれなくなるという事。

 
家内は意味ありげに言った。


 それは、暗に、内の事、我が家の事を揶揄して言っているのかね。


 さあ、どうだか。
 内と外ではまるで違うと言う、バランスの危うさがものを言うという事を言いたいだけ。


 僕たちの生活は、総花的に、内と外で格差社会を広げている訳ではないだろう。
 実際、総花的に、差別をやめろといいながら、ちゃっかり、市役所やら、主要な公共の場や電波や新聞雑誌を押さえて、その上、宗教法人ということで税金まである程度控除されて、教団の施設も至る所に張り巡らせて、一般の支部の家まで集会場にしてしまえるなんて、その組織力には、舌を巻くがね。
 平家でなければ人でなし。
 今の時代だったら、左翼の各マルハでなければ人でなしとなりつつあるなんて、いうけどね。
 実際、資金調達力や場所の確保においては、上を行っているのが、宗教的な組織だと思うよ。
 お題目を唱えれば、とりあえず、ひとつに慣れるということを刷り込まれて、それが、身に沁みている人たちだからね。僕たちには、そういうものがまるでない。信条やお題目もね。


 内には、若干の温度差と格差と性差はあるかもしれないけれど、確かに、宗教も思想も政治も政党もお題目もマ二フェストもアジェンダもないわ。
 あるのは、「生活」とこどもの口を開けながら無防備に眠る寝顔とお小言を含めた「言葉」くらい。
 あなたの言う通り、総花的に、無血革命、静かな革命なんていいながら、結局のところ、政党の頭を入れ替えてみたら、違う国の人になってたって事にならないようにしないとね。
 最低限でもね。
 護国、国体なんて声高に唱えることもないけれど、いまここにある言葉と場と魂のようなものをなくすことだけは、何がどうなろうと許されることではないという、「そこ」にあるものを保って守ることの方が、より興味があり、自分にとっては現実だということ。


 たとえそうだとしても、僕たちにはより自然発生的な「前衛」的なるものが、とりあえず必要だと思うがね。
 崩壊、破壊というよりも、土建的な足場を固めている段階においての前衛的なるものが。
 未だ崩壊するまでいっていない、未組織さ、未成熟さ、危うさを持った、いわゆる「前衛」的家族構成とも言えるが。
 もうすぐ、破壊の使途不明金といわれた君のおやじも、この家にやってくるのだろうから、作る前から、家庭内外の破壊を預言されているようなものだが、ある意味、君のおやじは「前衛」になりうるくらい破壊的だからね。


 そうね。
 あの父親がやって来たら、この内に、テレビをしょってやってくるようなものなのよ。
 しかも、電波では済まされない、直接的な、朝から晩まで生テレビ状態なんて、身体にも目にも毒だわ。
 家の内と外を壊す前に父は、結局、自分を壊したのだと言えるわ。
 辛うじて半身だけ生きながらえているものの。
 内と外を壊すことによって、己をも壊しているということに気づいていないのよ。

 
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by akikonoda | 2010-05-25 23:34 | 小説

『時代精神』と言うもの

              ガイストさんとの出会い

                   
「ガイスト(精神)」

 というハンドルネームをネット上のソーシャル・ネットワーキング・サービスの中の足跡で見つけたのが、そもそもの東京行きのきっかけであった。

 その後、ガイストさん繋がりで、ある雑誌に執筆をしないかと同じソーシャル・ネットワーキング・サービスの中で知り合った編集・出版社の方に誘われ、とりあえずガイストさんのトークショーを企画したので、その話を聞きにきた時に執筆の話もしたいという事をメールでいただき、ガイストさんに生で会えると言う事も重なり、喜び勇んで、東京に出かけたのであった。


 ネット上において、ガイストさんの言葉には熱を孕んだ魔力のようなものがあった。


 特に、エルンスト・ユンガーに対する言葉は、その時代に深く入り込み、ただ中に居続けようとした、肉体と精神のようなものが溶けて見え隠れする「言霊」のようなものが浮かび上がり、それを捉えようと、ちらちらともゆる暖炉の火の側で砂時計の流れる音を聞くような「時」を感じつつ生きながらえて来た「ガイスト(精神)」そのもののようであった。

 千坂恭二と言う本名であると後に知ったのであるが、背中を向けて遥かな山々を見ている軍服姿の繪が、トップの画像に貼付けられ、ガイストさんの過去に色々関心を持って来た事、辿って来た変遷等が、書き記されていた。

 かつては、「アナーキスト(無政府主義者)」であったというような言葉を見つけ、なおさら興味深く拝見していた。

 エルンスト・ユンガーの戦場における心情の吐露。数の論理によって、善悪を勝手に押しつけがちな「外部」から語られる歴史ではなく、善かれ悪しかれ、その「内部」に居続けた肉体と精神が抜け出した後々まで語られうるもののように感じられたのである。

 第二次世界大戦後、ナチス独逸、ヒトラー等にも影響を与えていたと言う事で、ユンガーは日本においても語られにくかったのではなかろうかと言うような時代背景を思うにつけ、そこにいて戦った人たちには、言葉を発する事さえ禁じられ続けているような、あえて言うならば、戦勝国でない国のものには、何も言う事が許されないような、同じように、死ぬか生きるかを過ごしていたにも関わらず、一方的すぎる扱われ方に、ある種の抵抗を試みているようにも見受けられ、語られてこなかった「絶対悪」としてのナチス独逸の精神の「核」に触れるようなものを、善かれ悪しかれ、捉え直す事が必要であるということを、率直に言われていた。

 「核」開発問題等で騒がれている、イランのアフマデネジャド等もそういう事を言って圧倒的なほどにメディアを牛耳っている金融資本に支えられている国々に、表向き、反発されたりしている世界の実情、要するにマスメディア等では黙殺か反発という扱われ方をされ、なぜか石油の高騰を煽るような世界の現状の中で、あえて、それを口にする事にどういう意味があるのか。等という事を考えながら、国際状勢というのは、表向きの「向こう側」を知る事に注がれるべきものがあると思わずにはおれない中で、千坂恭二さんには、そのようなものを最初から突き抜けたもの、ある種のガイスト性(精神性)をこそ追い求めているような姿勢が見受けられ、そこが何より興味深く惹き付けられるところであった。

(続く)
 
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by akikonoda | 2010-03-18 11:33 | 小説

「環境整備」

 受験勉強の傍ら、自活しないと生きていけないという事で、従姉妹の姉さんが紹介してくれた仕事が、あまりに澱んで濁っていたので、自分は今にも狂い死にしそうなほど、退屈していたのであった。

 パチンコ業界のオーナーが雁首をそろえる場として存在するような「遊技場組合」の事務の仕事はあきれるほど時間がのろのろと過ぎていき、自分だけが動かないで、何かが自分の周りで動き出している気がして、その呪われた亀か、亀の呪いのような歩みの時間の中、射幸心を煽る、横たわるピンボールから立ち上がって進化したと言う、猿からチンパンジーかゴリラになったくらいの進化のパチンコで、目まぐるしく釘を刺すように玉をはじき出しては、プラスチック製のチューリップの穴に落ち込んでは、はあはあ息使いを激しくしている中年女か男のように、糞寒い時間を過ごしているのだ。

 それまでは、なぜ、自分はそこにすんでいる人や地域と交わる事が出来ないのか、自分にはどこか欠陥か薄汚い空洞がありすぎるのではないかといった、自分自身の中にあるそこの見えないけばけばしい偽物の穴に落ち込んだ小さな銀玉の、八方ふさがりの状態で、そこを見るかぽっかりあいた穴の小さな歪な空洞を見る事しかできないような立っていても座っていても、あがきにもならないような状態であった。

 それはおそらく今もそれほど変わっていない事なのであるが、ただ、自分で食べていけると言う世知辛い事実だけが、辛うじてそこやここで「健康診断」をしている理由でもあった。

 事務といっても、パチンコ台に貼付ける100〜200円くらいの金色のシールを買いにくるパチンコ店の店長か従業員の人にそれを渡し銀行に行って管理する事と、オーナー達が集まる毎に、そこで集められたお金や各店舗の出資金のような組合費で、お茶を出し、警察官や政治家との集まりがあると言っては、そこからお金を出して、盆暮れに付け届けをし、選挙の前か後かは知らないが、政治家のパーティー券を出すというところが主な仕事内容であった。

 そこの事務局に、死んだブルドックのような目が濁っている警察署長をしていた人が天下りしてきた。
 持ちつもたれつのなれ合いの場という訳である。

 今度の集まりでは一万円くらいの芸者さんかコンパニオン呼んどいて。

と、ちょっとそこまでとタクシーでも呼ぶみたいに、元署長が言うのを、十万円ちょっとくらいの安月給で九時から五時まで働いている古株の中井というおばさんが苦々しい顏を歪めながら、


 はい、わかりました。


 と、手配の電話をするのである。

そうして、お茶を入れる為に狭い台所に入って、言うのである。


 前に入ってた若い子すぐやめちゃったんだよね。これじゃあ。若い子には勤まらんよね。


と、若い子のせいなのか、「これ」のせいなのか、よくわからない話でお茶を濁していくのである。

 その子がさ、以前、務めていたところもおんなじような処だったってよ。
 社会福祉協議会って処だけどさ。


 それなら、以前、人に聞いた事がありますよ。いたたまれない。間が持たないって。
 でも、その人は、「総花角会」という宗教団体の人で、そこに口利きで入ったって感じで、そういう事業も、口利きって大きな力を持ってるって実感しましたよ。
 実際、従姉妹の姉さんの口利きで、ここに来ている自分が言うのもなんですが。


 社会福祉協議会の理事もやってるんだってパチンコ業界の県の組合長さんも言ってたわよ。政治家みたいに弁の立つ人じゃない。山戸(やまと)さんって。昔、シベリアで捕虜になったって言ってたでしょ。
 でもさ、なんでもさ、社会福祉って言えば、いいと思ってるんじゃないの。政治家や業界の人たちって。


 確かにそうですよね。
 山戸さんは、社会福祉協議会の仕事は名誉職みたいなものだって言ってましたしね。社会福祉。福祉国家って言えば、聞こえはいいし、見栄えもいいでしょうから。


 どうどうと人のお金で芸者さんやコンパニオンやスナックやバーのお姉さんを呼べだの、飲み食いを払ってもらえるんだからさ。領収書ひとつをこちらに廻せばいいだけだしさ。ねえ、頼むよって。子どもみたいに甘えられてもね。夜の街で飲んだくれて甘えられて、土下座されてもいやだよね。


 せせこましいくらい小さ過ぎますが、積もればそれなりに大きくなるのが、飲む事と食べる事と女と男ですよね。実のところ、人の生活の最も大きな部分を占めているから、なおさら質が悪いんですよね。


 それは本当に目に見えやすい、分かりやすいところでさ。
 あの人達の給料も馬鹿にならないからさ。私たちは十万円そこそこでも、あの人達に雇われている事務局長は桁が違うもの。年収何千万円はもらえるの。
 その上、退職金まで出るからね。私たちは自分で積み立てしなくちゃいけないけど、あの人達には、ポンとお金が出るのよ。どこから集めたか知らないようなお金がさ。


 それは、遊技場のオーナーが出すんですよね。


 組合費から出るんだとは思うけど。
 オーナーには朝鮮半島の人が多い。北朝鮮の人が2か3だとすると、5ぐらいは韓国の人であとは日本の人って感じかなあ。


 北朝鮮出身の秋多さんが今年の市の組合長だけど、そういえば、あの人には、名前で呼ばれた事がありません。おいっとか言われて、手で呼ばれたりするの、無性にいやですね。

 
 ちょっと、気難しいからじゃない。子どもさんが言ってたよ。この前の組合の忘年会でさ。たばこを吸うにもオトウサンの前では絶対吸えないって。それほど、こわいんだってさ。お金があると、そうなってくるんじゃないの。だれでもさ。


 そういえば、最近、あの人の店の近くで、住民の人が学校か、病院の側にパチンコ店を作るなと言って環境整備の問題が起こっていたじゃないですか。PTAの人たちが意見書と署名運動を起こして来たって。

 
 そうそう、それで、たぶん、ぷりぷりきてるのもあるのよ。
 でも、やっぱり、いやじゃない。きれいごとではすまないもの。
 自分がこんな事務の仕事してる手前、大きな声では言えないけどさ。
 自分の子どもが朝からパチンコやるなんて考えるとぞっとするよ。
 年配のものの前で煙草吸うなどころのことじゃないよ、礼だの義だのと平気で言ってること自体がおかしいじゃないよ。
 暇か生活のかかっているパチプロが朝からパチンコして、射幸心を煽るなと警察が言うだけ言うけどさ、結局、黙認でしょ。
 天下りしてる訳だし。大きな声では言わない訳よ。持ちつも持たれつなんだから。
 おかしな世の中だよね。
 政治家はパーティ券握られて、利権に動くだけでしょ。

 生きる権利があるんだってさ。

 いったい誰の生きる権利なんだろうね。以前からそこに住んでいる人には、はた迷惑なだけでさ。生きてる気がしないようなのにさ。
 うるさいだけで。
 タバコの脂が蔓延るだけみたいでほんとうにうんざりしてくる。
 韓国では規制されてるんでしょ。パチンコって。
 ばかにしてるじゃない。
 日本ではどうぞって。どういう事よ。

 
 はあ、確かに。
 そういえば、この前、釜山の射撃場で日本人ツーリストが射撃で遊んでいる時に火事になって亡くなってたですよね。


 そうそう、そうなの。
 パチンコはだめでも、射撃はオーケーって国でもある訳よね。韓国って。
 しかも、日本人、韓国人が入り乱れていたなくなった方々の中で、拳銃の弾が見つかったっていうじゃない。
 この前、ニュースで言ってたの。
 びっくりした。だって地元の人なんだからさ。
 しかも、そのツアーは、「冬のあなた」って言う韓国のドラマの撮影スポットツアーを組んでいる観光会社が主催って言うじゃない。怖いわよ。いつの間にか「あの世のそなた」になってる。なんて冗談にもならない寒々しい事ばかりでさ。
 けじめを付けてほしいよね。きっちりと。すみません。って。政府が土下座しろってくらいよね。
 人に謝罪ばかり求めるのは、中国や韓国がかつての日本に求めるように、日本がアメリカに求めるように、誰がしたところで、厭な事だけどさ。
 でもね。そのツアーも仕組まれてたら怖いわよね。「四菱商事」いや確か「角紅」の子会社の人たちが参加したツアーらしいから、なんだか、武器商人の下見ツアーって感じがしない?
 私の相変わらずのかも知れない話で、誰がきいたところでホラ話にもならないって感じだけど。


 中井さん。それなら、「諸君」か、朝日か読売か毎日新聞の読者欄にでも、その「爆弾発言」を送りつけたらどうですか。
 こっちは丸腰で、ギャンブル向きではないし。お金もないですし。
 平和賞か文化賞なんかを目星をつけた人たちに授けて、罪と罰とお金でお茶を濁しているノーベルさんの作った爆薬もない訳ですから、とてもじゃないが太刀打ちできないですし、声の大きさは違いすぎますし、それこそ訳もなく、拳銃の弾に狙われたら「あの世のそなた」は覚悟しないといけませんがね。
 

 と、苦々しく思いながら、やたらと苦々しい入れたばかりの安いお茶を啜ると、その古株の中井と言う人は、既に廃刊になってしまった「諸君」を愛読書にしており、話し出したら、止めどもなくなってくるきーきーした声を、呆然と聞いているのにおかまい無しに、畳み掛けて来た。


 書きたくても、食べていけなくなったら困るしね。
 それにさ、パチンコの玉を持って、換金しているのを見て見ぬ振りの警察でさ。
 あんたら、みんな違法でなくて何が違法なのって感じよね。
 まだ、ロシアのプーチンさんは利口よね。賭博禁止令出したって言うじゃない。中古の日本車を締め出すのはどうかと思うけど。
 ボロッカスに負けるのを、ほくそ笑んでいるオーナーが、あんなに高級車乗り回して、おっきな家何件も持ってさ、若い女を侍らせて組合の慰安旅行にやってきたりさ。
 そんなところなんて見たくもないしね。
 あのオーナーってさ、あのコンカ・コーラが日本に入ってくる時に、半分くらい株買わないかって持ちかけられたらしいけど、断ったって。
 もし株主になってたら、いまごろコンカ・コーラに君臨してたかもね。
 パチンコ業界、恐るべしやね。
 お金のあるところに、話も人も行くって言うのは確かだよね。
 事務をしている私が言える事じゃないけどさ。
 他の人からすれば、安月給の同じ穴の狢ってことだしね。
 


 山戸さんとその仲良しクラブの面々のよく行くゴリラと言うスナックで、山戸さんの女と言う年増女に色目を使われて、ぞっとした事がある自分であったが、コンパニオンの女の子にも、軽くあしらわれるだけで、粋とはほど遠い、芸者さん等論外という感じの扱いなので、まったく縁がないのは、お金がないと言う事だけが理由でもないような気がした。


 そこにいたくない。
 ただそれだけのことなのだ。
 安いか高いかよくわからない酒を浴びるように飲んでいる人の横で、話が通じずにじたばたともがき、横でどうでもいいとばかりに煙草をすぱすぱと吸われ、名前を呼ばれる事もなく、手招きをされるような、そこの濁りきった吐き気をもよおす場が、厭なだけのことなのである。 


(続く)
 
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by akikonoda | 2010-01-13 09:12 | 小説