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よくわからない判断基準

イラン共産党員を難民認定 東京地裁「迫害の恐れ」
 イラン労働者共産党員のイラン人の男性(38)が法相の難民不認定処分と、不法残留に対する東京入国管理局の強制退去処分の取り消しなどを求めた訴訟の判決で、東京地裁は31日、難民と認め、両処分などを取り消した。

 鶴岡稔彦裁判長は「男性は日本でイラン政府に反対する活動に積極的に参加し、帰国すれば迫害される恐れがある。難民と認めない処分などは違法」と判断した。支援者によると、日本国内での活動を理由に難民と認めた判決は異例という。

 判決によると、男性は1990年11月、90日の在留資格で入国。その後も日本にとどまり、92年に同党の党員として反政府活動の集会に参加するなどした。

 2001年5月に難民認定を申請。しかし法相は翌年3月、当時の入管難民法が申請を入国から60日以内と定めていたことから認めなかった。強制退去処分となり、収容されたが、仮放免されている。

 判決は60日以内の規定について「迫害の恐れを抱いたのは申請の直前で、規定に反しない」と認定した。

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日本に不法滞在していたイラン人の少女は鬱病になるくらい追い込んでいたのに。
なんだか、よくわからない判断基準である。

政府絡みの判決であってはならない。

なにやらあやしいものを泳がせておくつもりかは、さておき、まったくもって、へんてこな判断である。
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by akikonoda | 2006-10-31 21:30

間違えてはいけない

レバノン危機と中東・石油情勢~その4

イスラエルの誤算
 国連安保理が停戦決議を採択したことで、レバノン危機は、少なくとも現時点では収束の方向に向かいつつある。しかし、イスラエル国内では停戦と同時に、政権のレバノン危機への対応が適切であったか否かを巡る新たな「戦端」が開かれつつある。この戦いは単にオルメルト政権の今後を占うのみならず、西岸の大半から入植者を撤退させるという同政権が訴えてきた和平政策の行方を左右することになりそうだ。

 実際8月18日付けのイスラエル紙ハーレツは、オルメルト首相が西岸の入植者を撤収させイスラエルが撤退するという案を棚上げにする意向を明らかにしたと報じている。レバノン政府との合意抜きのレバノン南部からの一方的撤退と、パレスチナ自治政府との合意抜きのガザからの一方的撤退が、ヒズボラ及びハマスの台頭を生みイスラエルの安全保障上の新たな脅威となったことを反省しての動きと思われる。

 ところで、1ヶ月強のイスラエルによるレバノン攻撃とヒズボラによるイスラエルへの反撃が終わった今、イスラエル国民の多くは失望感に襲われている。レバノン攻撃を前にオルメルト政権が掲げた目標、即ち、イスラエル兵士の解放、ヒズボの武装解除、ヒズボラの壊滅、レバノン国境地帯の安全の確保等の何れもが達成されないまま停戦を迎えたからである。むしろイスラエル国民の多くは、イスラエル軍が事前にヒズボラに関する情報を十分に得ていたのか否か、或いは空爆主体で始まり地上侵攻に切り替わった軍事作戦の正当性・有効性について知りたがっている。

 こうした国民感情を示すように、2006年8月中旬のイスラエルのイディオト・アハロノート紙は、オルメルト政権がレバノン危機に関して以下の質問に答えねばならないと厳しく問うている。
何故、中東屈指の軍事力を誇るイスラエルはヒズボラを壊滅することができなかったのか?
何故、イスラエル国民に対する脅威の除去に地上部隊を使わず空軍を活用したのか?
何故、最終段階での地上侵攻は外交努力に時間を与え、その後国連決議が揉めるや侵攻を強化したのか?
 イスラエル国民の抱くこうした問いに答えるかのように、中東の軍事専門家は今回のレバノン危機時におけるイスラエルの失敗を次の6点に要約している。
オルメルト首相、ペレツ国防相が何れも戦争を管理・運営する上で求められる軍事経験と技量を欠いていたこと。
空軍出身のハルツ参謀総長の力量にも、出身母体の特性から疑問がつけられること。
シャロン前首相が在任中に軍・モサド・軍諜報機関の上層部の人事を、それぞれの専門性ではなく自らの政治哲学に沿う人物で埋めていたこと。
イスラエル軍が6年間に亘るパレスチナ・テロとの戦いの過程で小火器類を持つテロ組織を抑制する戦術に特化し、戦争遂行能力を持つテロ組織への対応法に十分取り組んでいなかったこと。
イスラエル軍の戦略家がテロとの戦いに際して、米軍がイラクで犯したのと同じ過ち、つまり空軍力・圧倒的な砲撃力・ハイテク武器類への過度の依存に陥っていたこと。
ヒズボラ及びその指導に当たったイラン革命防衛隊が、西岸の全都市がイスラエル軍の手中に陥ってしまった2002年のイスラエル軍の対パレスチナ作戦である「防御壁作戦」を徹底研究し、これを下敷きとした作戦を練り上げていた点に気づかなかったこと。
 何れにせよ軍事専門家は「イスラエルはコスボ型の大規模空爆でヒズボラのロケット砲の発射台は全て破壊可能と考えていた節が窺える」と分析している。要は、イスラエルがゲリラ型戦闘の脅威の時代におけるハイテク技術の偏重、地上軍の未投入による死者数の抑制の政治戦略の採択という二重の過ちを犯したというわけである。

 因みに、イスラエルのヘブロン大学の著名な政治学者であるヤロン・エズラヒ教授は「今回の戦争は世界のあらゆる軍事学校で新たな種類の戦争として研究されることになろう」「この新たな戦争では、戦い方や勝ち方に関するこれまでにはない新しい定義が必要になる」「イスラエル軍及びイスラエル政府にとっての課題は、テロ組織に対する正規軍の軍事的勝利の概念である」(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/08/08/AR2006080801229_pf.html)と解説している。

 8月16日付のイスラエル国内紙マーリブが掲載した世論調査によれば、戦争を管理・運営する上で求められる軍事経験と技量を欠くと指摘されるオルメルト首相、ペレツ国防相の支持率が何れも落ち込んでいる。因みに、オルメルト首相の支持率は7月6日の43%から7月19日の78%を経て8月15日には40%にまで低下している。同様にペレツ国防相の支持率も28%から61%に上昇した後、28%へと再度下落している。また8月13日付けのグローブス・スミスの調査ではイスラエルは全く目標を達成していないか、或いは僅かしか達成していないとの回答比率が58%と8月2日の16%から急上昇しており、イスラエル国民の多くが不満を覚えていることを示している。

(財)国際開発センター
エネルギー・環境室
研究顧問
畑中美樹

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ハイテク兵器は役に立たない。と、最近の戦争の形を見ても、はっきりしている。

不満は解消されるどころか、深まるばかりなのである。

まして、核兵器など、お互い無駄な兵器を持つことは大間違いであることは分かり切っている。

根底にある、敵がい心をゆるめることが、なにより、必要なのである。

敵がい心が、たとえお互い少しはあったとしても、引っ込めれられるのなら、今の欧羅巴のように、見掛け上は、安定してくるであろうし、それを保つ為のたゆまぬ努力も微妙ながらも、なされているようにもみえる。

間違えてはいけない。

武器では、人を真から変えられないのである。

心なら変えられるとどこかで信じている。

うそくさい、きなくさいことで人を翻弄するくらいなら、もっと健全で建設的なことを勧める。
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by akikonoda | 2006-10-31 16:39

化けの皮

核保有は憲法解釈よりも政策判断が大事=自民政調会長発言受け安倍首相
2006年10月31日15時05分
 [東京 31日 ロイター] 安倍晋三首相は、中川昭一自民党政調会長の核保有議論に関する発言に関連し、憲法解釈上核を保有することは可能かと聞かれ「(日本は)非核3原則の政策上、核保有を放棄している。政策上どう判断するかが大事だ」と答えた。官邸内で記者団に語った。

 報道によると、中川政調会長は「憲法の政府解釈では、必要最小限の軍備の中には核も入るとしている。その片方で非核三原則がある。現実の政策としては核は持たないということになるが、憲法上は持つことができると政府は言っている」と述べたという。安倍首相は中川氏の発言について「法理論上の議論として言及したものと思う」との見方を示した。

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やはり、そうきたかと言う感じである。

化けの皮が剥がれた。

早稲田大学で語ったと言う言葉は、本心だったのかと思うと、誠に残念である。

間違いを犯し、また、繰り返すつもりか。

反省のない政府首脳陣には、先はない。

この国の未来も、無くしてしまうつもりか。

だから、信用できないと言われてもしょうがない言動である。

国を防衛するのではなく、米国の軍事施設と首相官邸やその周辺を予め防衛しているだけで、あとは、米国の威を借りて威嚇するだけである。

国民の為に、地下鉄を核シェルターにすらしていない日本政府である。

永世中立国のスイスや貧乏な北朝鮮よりも、お粗末な危機管理であると言わずにおれない。

そういうことを考えるのも、本当は、無駄であって欲しいのだが。

核を持つのは国民を守る為ではなく、攻められる自分たちを守るための莫大な無駄使いなのである。

もっと、お互いの敵がい心を緩めるような、平和的で、お互い気持ちのいい、建設的なことに使うのが本来の役目であり、武器を持つことより、簡単にできることと確信している。

まして、核を持つことなど誰も望んではいない。

北朝鮮と同じ思考回路でしかない。

今後は、欧羅巴のとりわけ独逸の首相の采配を期待する。

威嚇することしか頭にない、短絡的なハゲタカ思考は、ごめんこうむる。

まずは、自分の振りをなおすくらいの、気概が欲しい。
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by akikonoda | 2006-10-31 16:00

文化的遊び

【カラカスIPS=ウンベルト・マルケス、10月20日】

 新しい研究により、ベネズエラの先住民の伝統や習慣の社会化と伝承にとって、遊びが重要であることが分かった。先住民の人々は、社会の主流の文化と自分たちの固有の文化との危うい共存の中で生活している。

 国内各地の先住民社会は、妊娠や出産を取り巻く同じような習慣、信仰、儀式、そして技術や価値観の伝承、大人への移行のしきたりなどを保持していて、そこに現代文明の学校、薬品、テレビなどが入り込んでいる。

 ベネズエラ中央大学の人類学教授E.アモディオ氏が指導し、ユニセフ(国連児童基金)が後援して、ベネズエラの先住民35部族のうち6部族の出生と育児に関する調査が、2年間にわたって9つの地域で行われた。2001年の国勢調査ではベネズエラの全人口2500万人のうち50万人が先住民だった。

 アモディオ教授はアイデンティティ・クライシスをテーマに、さまざまなレベルで主流文化と関わりながら多様な生態系に住んでいる、言語の異なる先住民グループを選んで調査した。妊娠に関してはすべての先住民文化に文化的タブーを含む特別の配慮と規則があった。新生児は小さな方を喜び、胎盤は大切に扱われて埋葬されるなどの共通事項もある。

 研究者たちはさらに子供の遊びを調査した。どの先住民グループも遊びは学習、社会化、大人への準備としての働きを担っていた。3,4歳からおもちゃや遊びにジェンダーの差が現れ、大人の男女の役割を模倣する。大人が共に遊ぶことで子供に仕事を教えていた。

 子供の健康問題は貧困、因習、超自然的力が原因と考えられていた。また子供の教育は地域全体の責任であり、各部族の言語で部族のしきたりや知恵を伝えながら、地域の学校へも通わせてスペイン語も学ばせていた。だが部族の言葉を失いつつあるグループもあった。

 アモディオ教授は「伝統文化が消えつつある」といい、「学校教育の最初の4,5年は部族の言葉で勉強するのが望ましい」と提案している。この研究は「新しい教育政策の開発に役立つ」とロハス副教育相はいう。最新のベネズエラ先住民の研究について報告する。(原文へ)

翻訳/サマリー=加藤律子(Diplomatt)/IPS Japan角田美波

関連サイト:
ユニセフベネズエラ(スペイン語)

IPS関連ヘッドラインサマリー:
ベネズエラ:先住民が石炭の採掘に抗議する
チャベス大統領、金鉱よりも環境保護を優先か

(IPSJapan)

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文化に遊びが必要なのは確かで。

ちゃべすさん、ばらまき型だと聞きますが、一部ではなくなるべく全体にと言う感じだし、みどころがいい。

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ちょっと別件で一言。

若いこれからの人達?は、欲望を無理に止めるなよと思いますが、危険な遊びはほどほどに。

色々しつこいと本意を怪しまれます。

どうも、うそくさい。と。

なにかあるぞ。と。

もっと建設的なことに費やしてください。

もし、本当に顔を見せたいのならば、場所を気をつけた方がいい。
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by akikonoda | 2006-10-31 14:38

欧羅巴の夢

ベルリンの壁の向こう

 次の朝、ベルリンの壁の前にいた。

 灰色の壁に煤けた染みのようなものが蔓延っている。

 いつか読んだアンネの日記の中の収容所も、このように、目の前に立ちはだかっていたのだろうか。と、子供ながらに思った。

 それにしても、アンネの日記を思い出す時、決まって高校時代に偶然習字の時間に隣の席になった、無口なK君のことを思い出すのはなぜだろう。

 たぶん、彼が読んでいた詩が記憶に残っているからだろう。

 当時の独逸には、アンネがいっぱい居たのだ。

 たまたま、彼女の日記が人々に知らされただけで、他にもたくさんの埋もれたアンネ達は、足跡を、生きた筆跡を残していたのだ。

 自分の気に入った詩を載せた詩集をだそう。

 と、はりきって言った若気の至りのような国語の教師の熱にほだされて、教科書で触れるくらいで、それほど詩など読んだこともなかった自分たちは、探し出すはめになった。

 私は、その時、佐藤春夫の森の中の寂しげな詩を見つけて、それにしたように記憶する。

 K君は、もうひとりのアンネであるゼルマの詩集の中の、

 わたしは生きたい。

 という叫びではじまる詩を選んでいた。

 正直、戦いた。

 あの静まり返った海のような人が、実は内面に荒れ狂うような激情の片鱗をもっていようとは。

 彼は生きたかったのだ。

 受験戦争に背を向けて、精彩の抜け落ちてしまったような世界をのらりくらりとしていたK君は、ちっとも生きたそうには見えなかったのだが。

 矛盾すら感じる衝撃波を伴った記憶は、いつもかつんと瞬時に反応してくる記憶の一つである。

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 K君は学校を休みがちな人であったが、なぜか、弓道部の練習には顔を出したりしている、不可思議な行動癖のある人だった。

 たまたま、横の席になって、話し出したら、ぼそっと、意外なことを話だしたりして、その意外性に虚を突かれたりするのである。

 具体的には、ほとんど記憶に無いのだが。

 それから、彼が学校を休んだりしていると気になってきた。

 また、休んでるよ。猫とのんびり遊んでいるに違いない。

 とか、

 色々、授業について行き辛いのではないか。

 とか、

 無性に気になってくるのだ。

 父親のように、自己顕示欲の強い人はある意味分かりやすいなあと思う時もあるのだが、彼は、何を考えているのか、本当に分らなかった。

 ぼそっと、言う言葉が、的を得ているので、弓道家だからか?などと本気で考えたりした。

 どうも、根っからのらりくらりが身に付いていたようで、いくら外野が心配しようがお構いなしのようだった。

 学校の流れに縛られず、かといってわるびれる訳でも無く、ただ淡々と自分のやりたいことだけをやっているような自由さに、実はうっすらとした不安感を持っていたのだが。

 当時の自分は、何かに縛られていたので、その自由さが、うらやましかったのだと思う。

 高校を卒業後、彼は、自由からの逃走を企てたのか、いわゆるサナトリウムのような場所に住んでいると言うことを、彼と同じ弓道部の友人に聞いて、大学生活を始めたばかりの自分も、一見、自由ではあるが、実は漠然とした不自由を感じ始めてもいた時であった。

 二十歳ぐらいで、自分でやっと考え始めていたばかりの時でもだったので、今、「たが」のはずれたもの同士、何を考えているのか、知りたいような気もして、その彼のいると言う海辺のサナトリウムに行ってみたのだった。

 そこは、なだらかな勾配のある道の行き止まりにあった。

 小高い山の麓の施設で、どこか彼と同じ匂いをした若者が多く暮らしているような気がした。
開放された施設であったので、看護師さんに呼び出してもらい、そのまま海辺の堤防の方に、歩き出して、散歩しようということになった。

 なんとなく、居心地が悪くて、後から、ゆるゆるついていったのだが、堤防の側で、彼が立ち止まり、

 ここにすわろっか。

 と、唐突に言ったので、

 うん。

 とだけ言って、少し、間を置いて腰掛けた。

 最近、どう?

 と、本当は身体の調子が聞きたかったのだが、競馬の予想でも聞くような無味乾燥とした言葉を投げ掛けていた。

 まあ、ぼちぼち。

 お互い、競馬の予想屋にはなれそうもない、口ぶりなのだった。

 灰色の堤防は、人の腰ぐらいの高さで、海はなだらかに波打っていた。

 いつだって越えられそうなのだが、いざ越えるのは難しい高さに思えた。

 それにもまして、灰色の堤防の先には、うまく着地したつもりでも、やわらかくおおらかであるが、生身の身体を受け止めることの出来ない、海しかないのだった。


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 目の前にある、ベルリンの壁の向こうは見えなかった。

 物理的にも心理的にも高い壁なのだった。

 のぞき込もうとしても、鉄格子や機関銃や東と西に引き裂かれた眼差しがいつもにらみを利かせて阻むのだった。
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by akikonoda | 2006-10-31 11:20

かわ いい ひと

かわ いい ひと

なにもしらないわけではなく

からだでしっていることもおおい

でも

なにかがたりないのなら

そのなにかを

じぶんで

しるだけで いい

かわ いい ひと

しるだけでいい のだ

いずれ

いまとはちがうじぶんになったとき

こうかいしないように
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by akikonoda | 2006-10-31 10:13

らっきょう

らっきょうを父親が持ってきた

赤い蓋の瓶いっぱいのらっきょう

ほんの一握りの鷹の爪によって

辛口になっていた

らっきょうは

甘酢におぼれながら

むいてもむいても

むいても

相似形

もしかして

うちゅうはらっきょうのようなものなのかといぶかるくらいに

同じ形

いつつのらっきょうを暗黒の穴に投げ込んだら

ぼりばりとくらっしゅされた

火柱をあげて口の中にひろがり

もっと深い暗黒の淵へ

ながいしっぽをのこして降りていく

からい後味のこして降りていく
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by akikonoda | 2006-10-31 09:55

威嚇返し から 奇跡的宙返りの行動へ向けて


北、ミサイル訓練を行い全軍戦闘態勢へ
北朝鮮が核実験以降、さらに強い戦闘準備態勢検閲訓練を行い、地対空・空対空ミサイルを5発発射する訓練まで実施していたことが分かった。朝鮮(チョソン)日報が30日報じた。同紙によると、政府関係者は29日「北朝鮮が先週、西部地域の訓練場で地対空・空対空ミサイルを5発発射した」と述べた。

この関係者は「毎年行なわれている戦闘準備態勢の判定検閲訓練の一つとみられるが、地対空・空対空ミサイルを5発も実際に発射したのは異例だ。国連の対北朝鮮制裁決議に北朝鮮が反発している状況であることから、その意図を分析している」と語った。北朝鮮が打ち上げた地対空ミサイルは、射程35~50キロのSA2「ガイドライン」と、射程25キロのSA-3「ゴア」とされている。

射程250キロで韓国・大田(テジョン)上空の航空機も攻撃できる長距離ミサイルSA5が発射されたかどうかは確認できていない。空対空ミサイルは、射程10キロ前後と推定されている。一部専門家は「今回のミサイル発射は、核施設空襲などが予想される米国の軍事制裁に備える目的もあるようだ」としている。

また、北朝鮮では、1回目の核実験が行なわれた咸境北道吉州郡豊渓里(ハムキョンブクド・ギルジュグン・プンゲリ)でトラックや兵力が動きを見せており、用途不明の新たな建物が新築されるなど、2回目の核実験の徴候が引き続き見られている模様だ。ある消息筋は「北朝鮮の動きは、本当に2回目の核実験準備に向けたものなのか、2回目の核実験があると脅迫するための偽装行動なのかはっきりしないが、注視している」と語った。

デジタルニュース

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先日のイランへの威嚇行動への別の方に目線を向けさせる威嚇返しと言った感じもするのだが、沖縄についてのお話をお知らせ頂いた後だったので、日米の下準備に向けての威嚇にもとれる。

隣の国の韓国も、警戒度が増して来ており、北朝鮮の軍部のボウソウを止めることが、必要に迫られている。

特に北朝鮮の軍部は、いざとなる前に、止められるのは自分たちであることを自覚し、自分たちの力でもって、北朝鮮の人々はもちろん、もともと同胞であった韓国の人々との協力関係を模索した方が、苦しいところはあるかもしれないが、どうにもならない現状の打破にも繋がる可能性は大きいと思われる。

いまだからこそ、出来るとも思う。

少なくとも姿勢は行動で示せる。
日本も。北朝鮮も。米国も。

いずれにせよ、いつでも、諦めない限り、先はどこかに開かれているということを忘れたくは無い。
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by akikonoda | 2006-10-31 09:15

威嚇行為

核密輸防止で臨検訓練実施

 ペルシャ湾沖、イラン反発
 【マナマ30日共同】AP通信によると、米国が主導する大量破壊兵器の拡散防止構想(PSI)に基づき、核兵器の密輸防止を想定した米英などによる海上臨検訓練が29日、バーレーン沖のペルシャ湾で始まった。ウラン濃縮活動を拡大したばかりのイラン側は、目と鼻の先での訓練を「冒険主義的行動」と非難するなど強く反発している。

 訓練がイランに加え、核実験実施で国際的な孤立を深めている北朝鮮に対する強いけん制になるのは必至。

 イラン海軍のコウチャキ司令官は、米艦船のペルシャ湾展開について国営テレビを通じ「米国の敵対的な政策を示すものだ」と反発。一方、バーレーンに司令部を置く米海軍第5艦隊の報道官は、臨検訓練について「いかなる国も対象にしたものではなく、イランの船舶やイランに向かう船舶に影響を及ぼすものではない」と述べた。

 APによると、この日の訓練には米英、フランス、イタリアなどのほか、PSIに基づく訓練としてはバーレーンがアラブ諸国として初めて加わり、日本や韓国、ロシア、他の湾岸諸国がオブザーバーで参加。1日目の訓練では、武器密輸船に見立てた英海軍のタンカーを監視。2日目の訓練では容疑船舶を停止させて、係官が乗船、捜索を行う。

 同訓練は当初30日から実施の予定と伝えられていたが、1日繰り上げて実施された。

(2006年10月30日 11時04分)

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イランの核開発問題だけでなく、自分の持つ核をまずなんとかしないと、心底納得できない。
自分は、温存しておいて、他の国を威嚇し続けているので、矛盾が途方もなく大きすぎる。
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by akikonoda | 2006-10-30 15:13

欧羅巴の夢

ベルリン遊び

 ベルリンに降り立った。

 街には、やたらと冷たい木枯らしが吹いていた。

 日差しは、空気を通り抜けて、ほどよく射してはいたのだが、何か、少し軽めの鎧を着ているような、漠然とした硬い感覚と言おうか。

 身体が、冷たい風で硬くなっているのが分った。

 しかし、独逸に住んでいる、イラン人の友人の親戚の人が、ベルリンの街の中を案内してくれたので、わりとすんなりと普段着のベルリンっ子に会えた気がした。

 まず、スケートに連れていってくれた。

 大きな古い教会の近くの近代的なスケート場だった。と、記憶している。

 イラン人の中学生くらいの二人のお子さんが手を繋いでくれた。

 私は、スケートは初めてで、こわこわしながら滑っていたが、手を繋いでくれた、小さい方の女の子と仲よくなった。

 名前は残念ながら忘れてしまったが、目がほんとうにくりくりしていて、映画「クリクリの夏」(だったっけ?)に出てきた少女のようだった。

 それから、おしりもほどよく湿ってきたので?、自宅にお邪魔して、乾かしてもらった。

 待っている間、着替えて、地下にあった娯楽室のようなところにピンポンの台と道具が置いてあったので、やろうと言うことになった。

 実際に、あの時、どんな言葉を使ったか、何を話したか、覚えていない。

 なんとなく、遊んでいるうちに、手探りしながら、身体で、無意識的に分っていったような気がするが。

 ただ一緒に遊んだことしか、ただただ楽しかったことしか覚えていない。

 その後、ムール貝のおいしい店に連れていってもらった。なぜか、ピザもあったが、これも絶品だった。

 遊んだ後だったから、尚更、無言無言で、皆食べ続けた。

 ピザは跡形も無くなくなり、貝塚はこんもりと出来上がっていた。

 こいつらは何者だ。

 というくらい、独逸人もびっくりな食べっぷりだったらしい。

 一人で、三人から五人前は行けてしまう父親を筆頭に、それぞれ、フル活動だったから、尚更だろう。

 お店を出る時、お互い何もかも満たされたくりくり?と仲良く手を繋いで、なんとなく、貝塚が気になって振り向いた。

 お店の人が、貝塚を見て、

 やれやれ。

と言う感じで、奥に持っていくのが見えた。

 遺跡になることのない貝塚であるが、なんとなく、なごりおしかった。
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by akikonoda | 2006-10-30 11:50