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不適切教師のあぶりだし

不適切な教師をあぶりだせ。とばかりに教育改革をする前に。

不適切教師とは、なんぞや。

自分が共感できたのは、えてして不適切といわれそうなことを平気でいったりやったりする先生だった気がする。

イランで習った社会科の先生と音楽の先生は、ほんとうに面白い先生、というか方々だった。

社会科の授業なんか、教科書に線を引いとけ。とずっと赤線を引かされ続け、

ようし。できたか。それじゃ、「ぼっこちゃん」をよんでやろう。

という。

自分は哲学書かなんかを傍らで熱心に読んでいたような先生だったが、こわいながらもこわいものみたさみたいな、好奇心のほうがまさるくらいに、やたらと面白いのだった。

自分にとっては、妖怪そのものだった。

いつも汚いジーンズを穿いて、金田一コウスケみたいに、ぼさぼさの髪をかいて、魚っぽい目の奥は絶対笑っていないのだった。

お金がないからか、面倒くさかったからかは分らないが、なぜか先生の部屋は学校の使われていない薄暗い一室をあてがわれていた。

怖いもの見たさで、友達とまだ授業の始まる前に、ちょっと先生の部屋を覗いてこようと冒険したことがあった。

ドアを開けると、妙に暗くじめじめして、散らかっていた。

ごみではなくあらゆるじゃんるの本でいっぱいだった。

先生は、たぶん、一本しかなかったであろう小汚いジーパンをはいて、授業に駆けつける最中だったらしく、ぱんつ一枚だった。

その後、目を白黒させながら、怒りまくって出てきて、こっぴどく叱られたように記憶している。

それでも、機嫌が直ると、宮沢賢治の「注文の多い料理店」をよんでくれたりした。

Iせんせいは、

ちょうど、廊下に「いわんのばか」という本が置いてあったので、

「いわんのばか」て知っていますか。

というと、本気で、いかりまくっていたが、

けっこうおもしろいよ。いわんのばかなら。

と、結局、おおいにすすめてくれたりしたのだった。

イラン革命前から、確かイランの中世の政治学を研究しに留学されていたらしいが、革命後は勉強もままならず、イランが戦争になる一歩手前で、日本に引き上げる時に、お前たちの親父さんみたいだろといいたげににやにやしながら「こちかめ」をくれた。

手塚治虫の漫画や、ばらよりもこわいみこちゃん(だったけ?)をあいしているぼろぼろの「のらくろ」の漫画や、その他のあらゆる少年、少女漫画をくれたりしたのだが、本当は筋金入りのてつがくしゃのようだった。

漫画は妹さんが送ってくれたからといっていたが、後に聞いた話しによると、日本にいた彼女から送られてきていたらしかった。

本当に不器用だが、実直な先生で、大好きだった。

うちの親父さん(享年いや、実年齢67だったか?)より年が一つ上だったというからたまげた。

いつまでも、気持ちがわかいのはいいことだ。

今は、大学でペルシャ語を教えておられる。
おかげで、爆撃の夜も、灯火管制の夜も、随分気が楽になれたものだった。

もうひとりの大好きな先生は、イランの古楽器の勉強に来られていたのだが、足長おじさんみたいに長い足とちいさなひとのいい眼をしている野球好きの江戸っ子のS先生だった。年は、Iせんせいより、5つくらい若いらしい。

あきこ、ふりまくれ。

と放課後、頼みもしないのに、他にやることもないので、子供達と一緒に夕方まで野球につき合っていた。

校庭のコンクリートの階段で、こぎたないのびきった爪で、ギターを弾いていたが、かっこよさとはほんとうに真反対にいて、やたらときっぷがいいのもたまにきずだった。

そんな先生だったが、マーブルもようの作り方を、バケツの水の上にたらした絵の具で教えてくれた時は、尊敬したものだった。

先生、すごいんだあ。

とびつくりしていた。ほんとうは、やっぱり、すごかった。

やっぱり、汚いジーンズを穿いて、ぼさぼさの髪をかきむしっていたのだが。

イラン人のすごい古楽器の演奏者に講義のノートを見せるくらい、ペルシャ語も堪能で、イランの書道の研究をされており、色々執筆されたりしている。
日本の大学でやはりペルシャ語を教えておられるが、今も相変わらず運動会とかに借り出されているらしかった。


密かに、ああいう面白い大人になりたかったのだが、まだまだである。


先生達は、暇をもてあましていた私達田舎者三兄弟がやたらとなつくので、しかたなく、放課後、かき氷を作ってくれたりしたのだが、この前、イランに行く前に、二十数年ぶりに、東京でお会いして最近のイランについてお尋ねした時に、昔の話に及んで、

あの時はほんとうにお世話になりました。

等と懐かしさを交えて話していたら、

お前ら兄弟、よく腹こわさなかったよなあ。
あれ、煮沸してない水でさあ。
まじでくさってたかもしれない。
やばい水でつくった氷だったんだけどさあ。
ばかばかくうから、とめられなくってさあ。
おれ。

と、冗談か本気か分らないことをいう。

大事な想い出をぶち壊されながら、それでもやっぱり、にやにやしてしまう。

しかし、おまえ、ちっともかわってないのな。

と、いわれ、まだまだちびすけとおもわれているのに、ちょっと、こたえて、

先生は昔おおおとこにみえました。

と、きりかえした。

多分、色々な言動を鑑みて、信じてくれないとは思うが、そういう先生方を、心より愛している。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

今更、遅いかもしれませんが。

書きたい放題書き、せんせいがたに、迷惑をかけないように、しないといけないとおもい若干内容を変更させてもらいもうした。

世の中には、色々な人もいるから、おもしろい先生達になにかあってはいけません。

もし、関係のない先生たちに、なにかあったら、許されざることですが。

何かがきっと見ていることでしょう。

あなたの良心かも知れませんし、他人の目かもしれません。

何かがじっと見ていることでしょう。

あなたの背中からかもしれませんし、あなたの目の前かもしれません。

それは、一つではない。かもしれません。

もし自身の身近でも、何かが起ったら、御巣鷹山で起ったことあるいは別のことをも、確信するだけか。

まあ、そんときは、妖怪にでもなって、化けて出るとしましょう。

妄想も、想像も、おあとがよろしいようで。
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by akikonoda | 2006-11-30 18:28

夕鶴の異形性

木下順二氏といって思い出すのは、夕鶴である。

箱庭研究会でしきりと夕鶴について熱弁を振るっていたA先生経由の夕鶴イメージではあるが。

夕鶴において、異形のものとの交わりについて、異様なほどの熱を持って説かれた先生に、畏怖のようなものを感じながら聞いていた。

もう、異形なものとの交わりしか、純粋なものはないのかもしれません。

と言われた時の、先生の目が異様にうるんでいたのを思い出した。

それは、なぜか、自分の中で、アガタ・クリフトフの悪童日記だったか、悪童三部作のどれかに導入されていた、目やにのついた野良犬と少女との
土手での強烈な交わりを偶然見てしまった、いきづまりながらもじっと見続ける少年の目線に重なるのだった。
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by akikonoda | 2006-11-30 17:40

しょくぱん、ひとやま。

しょくぱんをつくった。

頭がかちわれそうなにぶい痛みも、多少はあったのだが、無性につくり、しょくしたかった。

なにかしていないと気が済まないのはさがというより、やまいなのだ。

やさしげにとおる声を聴きながら。

生地をきくねりしながら。

世の中には、惜しげもなく自分の学んできたことを、つたえようとする人達がいることに救われる気がしながら。

きびさとうをつかったため、すこし、ライ麦パンのような感じだが、山のひとつを、まよいなく、ただ、しょくした。

ねつをおびたあたまも、すこしは、おさまった。

やきたてのほのあまいしょくぱんが、からだじゅうにとけていく、このなまあたたかいしょうどうはありがたい。

それから、なぜか、さんじゃーがむしょうによみたくなってきた。

さりんじゃーは、なぜ、ちんもくしているのだろう。

ばななふぃっしゅをみてしまったのだろうか。

ひねたうちなるこえにみみをかたむけながら、かるく吐き気がしてきた。

いささか食べすぎか。ちいさいひとやましかたべてないのだが。

もうひつやまのこってもいるし。

カウンターにあるばななつるしには、くろくじゅくしそうなばなながみっつ、かぜにゆれることなく、つるされていた。

くさってしまうまえに、ばななじゅーすにでもしよう。
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by akikonoda | 2006-11-30 14:06

沖縄、北方領土問題と朝鮮(韓)半島問題

基地問題もそうであるが、沖縄や北方領土に関して、日本は、北朝鮮と韓国のように真っ二つに分かれてはいないが、じわじわと二つに引き裂かれそうにはなっていた。

沖縄の問題と北方領土の問題は、その境界線というか境界域が大きいこともあり、かなりぼやけてはいるが、半島の38度線の問題と本質的に同じことだといえる。

米国と中国が朝鮮半島(韓半島)で起った戦争の終結を宣言させてやってもいいという事を、述べているのを見るにつけ、当人達の意志とは別の意味で戦争を嗾けられていた、その本質があからさまな形で言葉になって出てきているといわずにはおれない。

日本は、防衛庁から防衛省に、あっけなく格上げされた。

国を守るのは、けっして軍事力ではなく、軍事力を必要としない、粘り強い交流力と相互理解力である。
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by akikonoda | 2006-11-30 10:35

防衛庁

防衛庁から防衛省法案成立が明日にも衆院を通過するということで、目くらましにあってるような気になる。

郵政反対の議員の復党の事ばかりがクローズアップされて、肝心の事が抜け落ちている。

いま何に目を向けないといけないかをあやまってはならない。

防衛力などに現を抜かすことのないように、意識を向け続けなければならない。

見ていないと、暴走する危険が大きくなるのである。

「出発点」の中において、戦後、どのように、警察の予備軍からじりじりと防衛省が大きくなっていったかを、大江さんは、ずっと見ていて、矛盾を感じてきたと述べていた。

その最後の一歩といえること、つまり、軍備増強の骨組み、枠組み作りの仕上げが、防衛庁から、防衛省になることだったともいえる。

実権を握りだしたらとまらないのが暴力、破壊力なのである。

それ程、おおきなことであると、私は認識している。

平和にぼやかされてはいけない。

徴兵制復活をいいだす米国の議員もいることだ。

なんでも、じわじわとやってくるのだから、よっぽど気を付けておかないと、また、戦いに借り出されて、死ぬのは自分たちなのである。

命令するだけの立場のものは、のうのうと生き残り、責任もとらないのだから、そこのところを、見くびっては行けない。

米国の現実は日本の明日の現実になりうるのである。

武器の材料になるものを作って北朝鮮に流している企業があるということは、北朝鮮だけでなく、他の国にも武器に繋がる部品を流しているわけであるから、なんともいえない現実もあるわけだが。

吉田茂は核を持ってもいいと言う発言をしたとも聞いたが、その血を受け継ぐものたちが揃っているのが、やっかいである。

負けた日本においては、勝った米国とは大違いで、東京裁判で裁かれ、責任もとらされたものもいたが、押し付けられてきた憲法であると、心の中で、思い続けた遺伝子が、爆発しないように。

人を殺して勝った気になっていても、内部崩壊している現状を見るにつけ、後の世が証明することだとは思うが。
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by akikonoda | 2006-11-29 09:53

欧羅巴の夢

伊太利の遺跡をめぐる目


伊太利の遺跡を探検した。

石作りの壁の向こうに競技場があった。

昔から、何かと何かが戦っていた場所だ。

その、ちしぶきは、今は無く、ただ円形の舞台を取り巻いて、ところどころ切断された波紋のように
席が、段々に並んでいた。

音も仕掛けも歓声も、波紋のように拡がっていったに違いない。ところどころ切断されながら。

段々畑を思い出していた。

誰とも戦うことの無い舞台で、ひとり、もくもくと畑の草をむしる老婆を思いだしたのだ。

段々の向こうには何があったのだろうか。

果てしない、作業が待っているような気がして、山の頂を目指すことのほうが、いくらか、達成感はあるかもしれないのだが、観客を必要ともせず、もくもく草をむしっていた。

どちらも、天の下に出来上がった舞台装置である。

ひとりか大勢の違いである。

戦士の目、観客の目、魚の目、鷹の目、トンビの目、老婆の目。

目の集まる場所が舞台なのだ。

と、何となく思った。
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by akikonoda | 2006-11-28 10:10

今 歴史に

今、歴史に没頭中である。
主に、近隣諸国の歴史である。
これから、何かがうまれてきそうな悪寒、いや予感がする。
かぜもこじらせぎみで、肺をやられないように、げほげほしながら歴史書に向き合う。
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by akikonoda | 2006-11-28 09:45

風力発電について

九州大学などで、風力発電の可能性を模索するということを聞き、他国に頼らない、エネルギー供給原の多様性、可能性を開くことを、心から望む。

武器などを作ったり、運んだりする暇があったら、そういった建設的なことにつなげて欲しい。
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by akikonoda | 2006-11-27 18:41

話の腰を折るようで

コンビニの残ったもののリサイクルについて。

話の腰を折るようで恐縮だが、某コンビニ弁当の残りを食べ続けた養豚所のぶたさんたちの間で、妙な現象が出ていると聞いたことがあり、気になるので。

共食いなんかもあるからか、それとも、消毒液か、使っていないと宣伝されているあらゆる薬物以外のもののなせる技なのかは、まだ、ちゃんとした結果は出ていないということなのだが、食べ続けたぶたさんの子供に奇形の兆候が出てきたということを聞いた。

残飯を、餌にしたり飼料にするのが訝られるなら、人間に関しても何がしか影響がないのかと考えてしまうのだが、いったん、土に返すなりの作業の他に、何が出来るのか、今、考えることはいずれにせよ必要である様に思う。
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by akikonoda | 2006-11-27 18:36

欧羅巴の夢

希臘の神殿の柱



希臘にやってきた。

アポロンの神殿が丘の上に見えた。

なんとなく、イランのペルセポリスのうらぶれ方に似ている。

いちど、あれくさんだーに焼かれたペルセポリスは、いまはもう煤けてはいないのだが、風化にまかせて、生きた時をしだいに壊されていく時間差攻撃を受け続けているような感じであった。

一方の希臘の神殿は、丘の上から色々なものを見下ろしていた。

海も見えた。町も見えた。人も見えた。かもめも、はとも見えた。

みえないものは、神だけだ。

柱を触ってみた。

みたところ、さわったところ、神は棲んでいないようだった。

日本では、神様のことを柱として数えることがあるので、なんとなく、神殿に残っている柱の中に、神様がいるのではないかと思ったからかもしれない。

登ってみたい衝動に駆られたが、神の見えざる目があるような気がしたし、登るには体力もいるし、技もいるので思い留まった。

イランのペルセポリスは、見張りがいるようでいなかったので、その辺に転がっている、石にねそべったり、だれいうすのおーさまや宮殿の人がつかったのであろう、石のといれにまたがって、またのあいだから、逆さまの景色を見たりして、あそんだものだ。

柱は残っているが、壁や屋根は無いので、すべて、みわたせたのだ。

石といれのさきにはながれるように半筒状の溝がつづいていた。

その先には、エコロジカルな仕組みでもあったのかもしれないが、いまは、知る術はない。

ふと気がつくと、半分鳥で半分何かの生物の怪獣が、向こうの柱の上からなにかをじっとにらんでいた。
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by akikonoda | 2006-11-27 13:33