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みどりのらいおんの見た夢は

遠い遠い むかしのこと

はげ山の向こうに

みどりのらいおんが棲んでいた


らいおんは 雪解けたはげ山の懐に抱かれ

岩肌に隠された 菫の薫りを浴びたはちみつを食み 

一夜の眠りにつく 


けちゃるこあとろすの巣から

零(こぼ)れた群青の空の下 

透明な竜が のたうち回っているのも知らずに


偏西風は はげ山を吹きすさみ

禿鷹が 火の神の館を探すように

屍肉を貪る嘴を開いたまま 月夜を旋回した


らいおんは 月食を待ち詫びるように 

冬寒い夜 月が光を灯すように 

半月の刄が はげ山の影に穴を穿つように 夢を見た


けちゃるこあとろすが 夢の羽音を立てた時 

ひとひらの透明な羽根が 

らいおんの片目に落ちてきた


夢から覚めた らいおんは 

片目を無くしたように

はげ山の懐で 独り 嘶いた  
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by akikonoda | 2006-12-31 20:24 |

フセイン大統領の死

フセイン大統領の絞首刑が執り行われたという。

なんとも言えない。

もし、このまま、変な世の中になって、この世界が死に絶えたとしたら、残っていくものとは、なんだろう。

毒に強いゴキブリ的天国か。

熱砂の地獄か。

はたまた無か。

よりよい世界になっていけるかは、今のところなんとも言えないし、疑問は果てしなく続く。

もしかして、本当は影武者で死んでいなかったりして。

良く分らない、世の中なので、本当に、なんとも言えない。
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by akikonoda | 2006-12-30 13:50

帰国子女の違い

帰国子女の人は、申し出てください。

と言われて、そう言えば自分は帰国子女だったのだと思い出したのは、高校時代だったか。

すっかり忘れ果てていた頃、何かの調査でもあったのだろう。

授業に支障はありませんか。

とか、軽く担任に聴かれて、それでお終いだった。

何かが別段、変わる訳ではなかった。

どういった内面の揺らぎがあるかなどと、誰も、聴こうとはしないし、聴きたくもないのだと思った。

ただ、支障があるかないかが問題なのだろう。

実のところ、支障は感じないように、その時は、忘れていただけであった。

記憶をなくした人のように。

現実で生きていくためには、不便そうな事実は、とりあえず、忘れてしまったように振り払う方が、生きやすいからである。

しかし、事がその体験したものにとって重大である限り、振り払い切れるものではないことが身に染み、今日に到っている。

自分にとっては戦争体験が、それである。

その場にいたものすべてが分る体験ではなく、個人的な体験ほど分かりにくいものはない。

いつも、そこに重大な欠落を感じている。

大学時代の文芸部部員に帰国子女の人がいた。

彼女も、父親の仕事の関係で、米国に小さい頃いたのだという。

彼女はフランス語学科の学生で、演劇やコメディが好きで、「モンティ・パイソン」や「素晴らしき哉、人生」を勧めてくれた。

帰国子女である彼女なら、この欠落を、時空間内の共有感覚の欠落のようなものを、共有できそうだと思い、話してみると、彼女にとって米国での生活は、欠落ではなく、日本とかなり、地続きの時空間であったようだ。

実のところ、彼女も又、時空間のギャップ、共有時間の欠落に対する違和感を持ち続けていたように感じていたのだが、その違和感の発露は、米国社会の中の東洋人、日本文化の中に投げ込まれた米国文化育ちといったギャップにあったのかもしれないが、未だに分らないままだ。

自分のそれとは、少し違うかもしれないとは感じていた。

しかし、明らかに普通の人とは、テンションがずれていて、妙にぶっ飛んでいた彼女は、日常を演じているように見えた。

彼女は、とりあえずテンションを上げ続けた。

言動も内面も軽やかに見えるように。

自分は、内心、重苦しかった。

これはなんだろうと。ずっと感じていた。

育った場の違いは、もちろんある。

細かく言えば、その場の宗教の違いも文化の違いも歴然であった。

それぞれ育った場が、真逆の場のように思えたからか。

自分にとって、イランでの生活は、宗教への疑問と戦争への嫌悪が渦巻いていたのだが、イランの人達は気さくで温かい人が多いので、生活それ自体は、刺激はないが、なんとなく満たされていたのを感じていたのは確かである。

テレビ的娯楽のある/ない生活の違いかもしれないと、ある時ふと感じた。

世界に発信し続けようとする世界、ひたすら世界を続ける世界の違いかもしれない。

帰国してすぐは、こんなに面白いものがあったのかと娯楽番組も腹を抱えて見たし、ストイックな番組も好んでみたりしたが。

テレビは中毒のようなものであった。

今は、娯楽も多様化され、拡散されつつあると思うが、イランから帰ってきて、テレビの番組を見る/見ないで、共有感覚の有無を測るような世界とは、隔絶されている自分がいた。

テレビ的娯楽がなかったイランから帰ってきた当初は、日本では、時代の波に着いていくとはそう言うことなのか。

とも、思ったが、自分の泳ぎ方はまったく、世の中とは、ちぐはぐで、何か時間に振り回され、疲れる気がした。

心を揺さぶる本は、その点、心地よい関係性を保ち続けてくれる唯一無二の存在であった。

テレビで流れていようが、いまいが、心を揺さぶる音楽も、言葉も、映像も、それを持っている人も、自分の中に残り続ける何ものかであるに違いないが。
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by akikonoda | 2006-12-30 12:27

阿部薫へのレクイエム

吐く息が 声にならない声を搾り出す

哀惜の金切り声 

遠く 近く 耳に鳴り

震えた風を背に

慟哭に 気づかないまま

一夜の死を想う
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by akikonoda | 2006-12-29 21:31

『秋山の石』

秋山の家の玄関を潜ると、秋山のお袋がやってきた。

 あら、索造くん。いらっしゃい。自分の部屋に行くの?
 それじゃあ、何か、飲み物でも持ってこようか?

と全身漆黒であるが、良く見るとスパンコールが胸の辺りをちらちらと光らせて、店にやって来た、客を愛想良くもてなす女将か、どこかの喫茶店か、スナックのママさんみたいだと思った。

上品といえば上品なのだが、どこかに艶があるような、索造の母親とはまったく違う感じがするのだった。
索造の親父の女人が水道の水だとすると、秋山のお袋は随分と汲み尽くされそうな井戸水とでもいおうか。
索造のお袋は、どちらかといえば、忘れ去られたさもしい神社の片隅の、苔むした石を刳り貫いた穴に入って逃れられずに、じっとしている水たまりのようなものに思えた。

索造は、その水の中に生まれた、一匹のおたまじゃくしなのである。

秋山のお袋が、自分の服と同じ黒い液体が入ったグラスを持ってやってきた。

 ねえ、聞いて。私ね。コーラが米国からやって来た時に、初めて飲んで酔っぱらってしまったのよ。お酒は、全然飲めないわけよね。

と、秋山のお袋は少女のように顔に笑みを浮かべながら、その酔っぱらうほどの、ついだばかりで黒々とした液体に茶色の泡を出し続けるコーラのグラスを索造の前に置いた。

泡が、次から次へと弾けていく。
甘ったるさに酔いそうになるのは勘弁して欲しいので、一気に飲み干した。

 あら、のどが渇いていたのね。まだいるかしら。

 いえ、いいです。ありがとうございます。

なんとなく、居心地が悪くて、秋山と二人で話をしたかったのだが、秋山のお袋は、まだ、畳みかけるように話し出した。

 ねえ、索造くん。うちにある、胡麻の葉の辛子漬け持っていかない?おいしいから。お母さんに届けてよ。

 ああ、すみません。それじゃあ、後で。

と、索造は、心なしか、ぶっきらぼうに答えていた。

 それじゃあ、後でね。

と、機嫌よく言いながら、秋山のお袋は行ってしまった。

 なあ、秋山。お前もコーラには弱いの?

 そんなわけねえだろ。
 お袋は、今じゃあ、セブンナップだって飲んでるしさ。少しならビールだって飲めるんだぜ。
 それにしても、俺も初めて聞いたぜ。今の話。

 そうなんだ。エチオピアに親父の仕事で住んでいた後に、イランにもしばらく住んでいたんだけどさ。セブンナップって中東のイランって国にもあったぜ。 
 サイダーみたいなやつだろ。コーラもあったけど、その後、イスラム革命後かな、米国企業のものは、締め出されたみたいでさ。今は、ザムザムって炭酸飲料が幅を利かせているらしい。
 ザムザムって、聖地にあるという「生命の泉」っていう意味らしい。
 炭酸に生命の泉と名前を付けるところが、冴えてるかもね。
 命の泡を飲み干せ。
という感じだかどうかは知らないが。

 へえ、そうなんだ。うわあ、お前。げっぷするなよ。命の泉ガスをむやみにまき散らすな。

 でもさ、イランの飲み物には、時々混入物があってさ。ゴキブリ。黒々とした泡に塗れたホルマリン付けみたいにさ。紛れてるんだよ。色が一緒で、同化してるから、尚更、恐怖を誘うんだ。
 生命の泉がとたんに死の泉に変わる瞬間が、そこにはあるんだよ。どんな毒にも慣らされたゴキブリでも、逃れられないのが、生命の泉の瓶詰めってことかな。
 見えない闇に生きるゴキブリの気持ちにもなれ。と、突きつけられたみたいな気になるのさ。

 うわあ。気味ち悪い。なんか、しばらくコーラ飲めなくなりそう。

 俺も、初めてコーラの中にゴキブリを認めた時、お前のお袋さんとは別の意味で、コーラがしばらく飲めなくなったよ。
 でもさ、米国の資本主義の象徴が、ハンバーガーだとすると、ハンバーガーチェーンで頼むセットの飲み物には、必ずと言っていい程コーラがくっついてくるよな。
 その合わせ技に、軽やかな白い世界の黒い影が見え隠れする気がするんだ。

 白い世界は美しい。

 白い世界は素晴らしい。

 白い世界は、世界に君臨する。

 って、真っ黒いコーラを飲みながら、資本主義の泡に塗れながら、妙に軽々しくげっぷするのさ。

 白い世界のガス抜きしなきゃって。

 それでさ。金持ちのげっぷで吐き出されるメタンガスで、世界は充満していくのさ。
 その一方で、エチオピアやアフリカの紛争地帯や、熱砂の国ではさ、喰えない人達は飢えて腹だけ空気でいっぱいにするのさ。

 絞り取るだけ絞り取って、売れなくなったら使い捨てて、速さと手軽さが自慢のものに、きれいも汚いもないって、俺は思うんだがね。お前は、どう思う。

 まあ、個人の主義でどうとでもなるものじゃないの。

 個人主義か。全体主義と紙一重の様な気がしてくる。俺には。協賛が取れたら、全体主義になるだけでさ。多数決で決まるものには、速さと手軽さが必要でね。重すぎたら、それだけで切り捨てられて、かみ砕かれる暇も無く、石みたいに、じっとしているようなものでさ。

 そうだとすると、俺は、白いさらさらの小さく美しい砂の世界に投げ出された石を拾い歩くことしかできない。埋もれてしまった、重々しい石をひとつひとつ拾い上げることしかできない。

 白い世界には必要ないかもしれない。そのごつごつした離れ離れの石達を集めることしかできない。
 秘密でも何でもないしさ。たとえ集めたとしても、ただ激しいぶつかり合いが待ってるだけかもしれないけどさ。

 そうして、軽やかさがものを言う白い秘密に結ばれた者たちは、口々に言うかもしれない。

 俺達の世界を荒し、邪魔する粗っぽい奴は、黒い世界で彷徨うだけだ。

と。でもさ。米国と敵対しているイスラムの世界の人達なんかは、決して黒でも白でもない。
 どちらかというと、緑なんだ。何が貴重か、大切かで、色の価値をはかっているようなところを感じるね。それが、象徴というものかなと、最近つくづく思うようになってきたよ。
 イスラムの世界では、砂漠が多かったり、水が貴重な世界では、その水を使って成長する緑は更に貴重なもので命の上の上まで突き抜けた、下の下まで、左右すべてに入り乱れているような、言ってみれば神のような存在といえるかもしれないとね。

 そこへいくと、日本は美しい浜にしかない鳴き砂のような白にまっ赤な太陽が大切なのだろうね。
 日の丸の旗は分かりやすい象徴なんだ。
 あえて言うなら、国は白で、そのよすがとなる神的なものは赤い丸と言えるかもしれないけどさ。
 あるいは、日の丸弁当的に、白は米で、赤は清めの塩にどっぷり浸かった日本の花の象徴のひとつと言える梅の実という訳。

 しかも、日本がなんで、あめりかに依存しているかというと、米を食い物にしているからさ。それも主食だから、米国と筆記する限り、切っても切れない関係性は続く可能性はあるかな。まあ、最近はお手軽なハンバーガーやパンばっかリ食べてるから、そうでもないのかな。

 お前、そんな取り憑かれたみたいに、訳の分らないことばかり言ってないで、なんか喰う?俺なんか持ってくるからさ。

秋山は、もう聴いていられないというように、立ち上がって、部屋の向こうへ行ってしまった。

 
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by akikonoda | 2006-12-28 16:33

観覧車からみえたもの

今日、高校時代の友人の家に遊びに行った。

赤ちゃんに会いに行ったのだ。

ずいぶん、大きくなっていた。

乳離れしたばかりであった。

人見知りもするようになったというが、はじめてあったのに、はじめてあった気がしなかったのはなぜだろうか。

友人の表情にそっくりだからか。

本当は、お腹の中から生れてくる前に、トルコ料理を食べに三人で行ったことがあったからか。

彼女は、子供を産むのを躊躇っていた。

やりたいことがあるからもある。

すでに、ひとり、お子さんがいたので、そのすさまじさを味わっていたからもある。

今日は、なんだか、様子が違っていた。

ふたりとも、妙な焦りもなく、ただ、また会えたよろこびのようなものを感じていた気がする。

午後。

良く手入れされた庭からふりそそぐ日差しみたいにうららかな時を、子供達と共に過ごした。

高校時代に、二人で、図書館に残って自習していた頃は遠いが、その時を含めて、また子供達にも関わりが繋がっていくことの不可思議を思う。



友人と別れてから、久しぶりに、子供達と友人宅近くにある、観覧車に乗った。

観覧車は、運命の輪のようにゆうるりと風に時々揺れながら回っていた。

観覧車に乗り込む。

揺れながら海を見た。

目の前に能古島が大きく見えてきた。

あそこにも、しばらく行っていない。

「火宅の人」檀一雄の家があった。

今は、だれも、住む人はなく、放置されているだけであった。

のぞいてみると、座イスのようなものがぽつんと置いてあった。

あそこに座っていたのだろう。

と思うと、すこし、背筋がぴりっとした。

突然、いなくなった人が、戻ってきそうな気がしたからだ。

いるはずもない人と、どこかで目が合うのが怖いような気がして、
目をそらせた。

離れにあるお風呂場のようなものが、目に飛び込んできた。

暮れなずんできたので、どこかから、ひょっこり、何かが現れるのではないかと思うほど、妙な気配が漂い始めた。

ふと、見上げると、猫が2匹、屋根の上からこちらをのぞいていた。

寒々しい季節に、ふと足を運んで、たまたま、道すがらに辿り着いただけであるが、何かに吸い寄せられるような、魔的なものを猫の目線から感じていた。

自分は昔から、なぜだか知らないが、時々、死者の声のようなものに、吸い寄せられているとしか思えない妙なくせのようなものがある。

たまたま、迷った道は特に何かに吸い寄せられているような気がするのである。

もう、二度と、行けない様な迷い込んだ山道で、笠智衆の墓にばったりであったこともある。

そういえば、東京にたまたま飛行機や新幹線の切符が取れなかったので、車で夜通し走った時、へろへろになりながら、ふと通りがかった道が、新撰組の源さんの実家あたりで、それじゃあ、何かの縁でもあろうということで立ち寄ってみたことがある。

源さんが幼い頃、敵に自分の肉親の首を斬られたが、それを抱えてひた走ったという話を今も源さんの実家を守る人達から、お聞きした。

過去や歴史は、時を越えて、突然、生々しく、目の前にやってくることがある。

それにしても、墓場のような、ちょっと、さみしげなところに、惹き付けられるのは、なぜだろうか。

墓場の住人も、死んでいることがあんまりに退屈で、誰か波長がたまたまあったものを呼んでいるだけだろうか。

迷い道というところは、摩訶不思議な縁にも繋がっているような気がする。

まあ、どこかでたまたま出会ったとしても、別段、驚きもしないような気がする。

やっぱり、そこにいたのですか。

としか、いいようがない。

たぶん、待っているわけでもないだろう。

たまたま、その時、波長があっただけで、二度とあわないかもしれないし、また、何度もあえるかもしれない。


実際、檀の家には、誰も居なかったので、そこに住んでいた気配だけを嗅ぎつけて、会ったとは到底言えたものではないが。

あそこは、ススキや茅で埋め尽くされて、本当に寒々しいところであった。

死者が、とぼとぼ歩いていてもおかしくないような場なのだった。

たまたま通りかかった一人のおばさんが、黄色い八朔を一つくれた。

ちょっと前の友人のようにお腹が大きく、上の子をつれていたので、

子供さんに。

と、くれたのだ。

廃屋と化した檀家の横で、まだ小さく酸い八朔を頂いた。


今思えば、なぜ、あの時、能古島に渡ったのかも思い出せない。

帰り際、船着き場で、

この辺に、ふらっとやって来る人で、帰ってこない人もいるんですよ。

と言われた。

もしかして、あの八朔をくれたおばさんは、私達を、帰ってきそうにないと思ったから、お供え物のように、そおっと、八朔をくれたのかもしれない。

それ程、酸い顔をしていたのかは、自分でも分らないのだが。

今日、能古の島を見て思い出すのも、奇妙なことである。

寒い季節が、あの時に繋がったからかもしれない。

友人と、自分のあの時の姿が重なったからかもしれない。


その後、秋に尋ねた時には、コスモスも色とりどりに咲いて微かに揺れていたはずなのだが。



観覧車を降りて、家に辿りついてしばらくしたら、電話が鳴った。

手土産に持っていっていたピザおいしかったよ。

と友達の幼いむすめさんが、お話したかったから、電話をくれたのだ。

子ども達は、交代で電話を奪い合い、話していた。

電話が終わって、うちのせがれが、

好きだと嚼む癖がある友人のむすこくんが、

今度あったらおれをかむかな?

といった。

そうか、かまれたかったのか。

こどもこころもむずかしい。
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by akikonoda | 2006-12-27 21:59

そこに すこしの熱あれば

アルカリ 酸は 中性死

リトマス紙は 歯噛みする

陽子 精子 中性子

情状酌量の実験場

ぽじねが 焼き付く 中性紙

加速減速 中性視

そこに

くまなく ひろがった

くろしろぐんじょう混合体  

透明性の集合体

美醜溶解 死に体の

緩慢紫苑の 月明かり

鬼の醜草 摘む人よ

すべてに 答え

すべてに 黙せ

そこに

すこしの熱あれば

お前の ちいさき手のひらが

後ろ髪をすべるよな

ひとつに たばねていくような

砂にこぼした月明かり

かき分け

ふうわり

ふれるよな

すこしの熱が あればいい
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by akikonoda | 2006-12-26 11:18

『秋山の石』

秋山の家の玄関に入った。

相も変わらず、お多福と般若のお面が出迎えてくれた。

般若の顔は、どこかの国の大統領にも似ているな。

と索造は思った。

昨日テレビで観た大統領の顔は歪んで引攣っていた。

エチオピアの反体制勢力と勝手に言われている地元の人々を、攻撃する為に裏で動いているらしい。

血塗られたクリスマスか。

と、父親が、独り言のようにつぶやいているのを聞き逃さなかっただけである。

近くに、索造がいようがいまいが、気づかないのだから、思ったままを話す父親のふっと漏れてくる独り言には、妙に真実味があった。

実際、反政府ゲリラの温床にするなという司令のようだが、虐殺をしているのは、その大統領であって、反政府ゲリラは実は実体はないと地元では言われていた。

それにしても、また、始まってしまった。

どこかで戦争が。

影に脅えた大統領のような人は、多分、影にいつか喰われてしまうのだろう。

実体のないものに脅え続けながら。

実体のない国家と言う名の恐怖を一身に浴びて。

何かに脅える国家こそが恐怖なのだが。

実体のない索造の言葉は、石にさえ届かない。

ただ、石は、そこにあるだけだ。

索造も、また、そこにつったているだけなのだが。

それに引き換え、索造の父親は、女体に振り回され続けているから、大統領に限らず、振り回され心休まることはなさそうだ。

いつも、女体に触れる喜びとともに女体の恐怖をも味わっていることだろう。

喜びと直結した欲望と恐怖の表裏一体化。

死ぬまで循環して、山車の車輪と化すのだろう。

まだ、女体に振り回されている方が、害はないだろうが、家族には国家権力より、始末に負えない。

出来ることなら、死に到るような争い方はしないほうがいいなどという方が、おかしいとされる世の中など、生きていても、生きている気がしないのも確かだ。

そんなこと考えることそれさえも、今の索造には、国家権力の権化の、訳の分らない恐怖に巻き込まれる気がして、妙な気分がする。

自分で冷静に判断することが出来ないものが、大統領になるほど、不幸はない。

国民も、まったく、間違った選択をしたものだ。

ドブ化した溝の掃除が必要なようだ。

この溝は永遠に埋まらないものかもしれないが、もしかして、本当は、使い捨てゴミでぎゅうぎゅうに埋まりすぎているだけなのかもしれない。

石なら、索造が拾いに行きたいところだが、それにしても、奇妙なドブ板行動には、ついていけない。

人の命も、ドブに捨てるようなものなのだから、始末に負えない。

石はいい。

こぶしを振り上げて、叫ぶこともない。

女体に翻弄されることもない。

まったき平和である。
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by akikonoda | 2006-12-25 20:44

続 右左の話

流れよ 我が涙。と警官はいった

という、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの小説があったが、かつて、その題を見て、涙は、右目と左目の両方から流れる時と、片目だけ出る時があることに思いを馳せた。

もちろん、感極まった時や訳が分らなくなるくらいの存在の危機に迫るくらいの時には全開だと思うのだが、どこか冷めている時か、思わず染み出してくる時は、片目の時がある。

自分の実験的体験では、右目の方がよりセンシティブな時に反応するように思えた。

右利き、左利きのように、右脳左脳が影響しているのかとも思ったものだが、NLP(ニューロ リングスティック プログラミング)という、カウンセリングの技法があるが、その中で、記憶を思い出す時は、右か左斜め上を見る傾向があるということを、確か述べていた。

記憶にも、右左が左右している可能性があるということが意外であった。

ここでまた、茂木健一郎氏が「クオリア入門」で、「主観性」の問題を両眼視野闘争(村田勉氏)にからめて紹介していたことを、思い出した。

右目と左目にも「利き目」があるということである。

利き目の判断基準として、紹介してあったものの、紹介の紹介をする。

鼻の前に指を持っていき、まず両目でどう見えるか確認する。
その後、片目づつ開いて見ていき、より両目で見た時の映像に近かった方が、自分の利き目と判断できる。という。

上記を実行した場合、自分は右が利き目であった。

センシティブだと実感していた右目から出る涙は、主観的に選んでいる現実世界の映像を反映したものであると考えられ、まんざら、自分だけの妄想でもなかったようで、興味深かった。

この頃、テレビでも、ラジオでも大活躍だが、研究にもたぶん刺激にもなり、役立ってもいるのだとは思うが、茂木先生には、こういった研究を突き詰めて欲しい。
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by akikonoda | 2006-12-25 11:14

胸が痛い

胸が痛くなった。

戦争で、片腕を無くした女の子を取材されている高橋邦典さんのレポートを見せていただいてである。

援助する/される側のジレンマを感じた。

日本にいると、人事のようになってしまう現実はあるのだが、こことは違う場所で起っていることを、どうしても思ってしまうのは、一度でも、そこの現実を見てしまった者のジレンマともいえる。

離れたものを繋ぐ時、そこにどうしてもギャップが起る。

そのギャップを、どのようにしたらいいのか、途方に暮れて、その方法を未だに探しているのだが、やはり、自分にはそのかけ離れた溝は、笑いだけでは埋まりそうもないというのが、正直なところだ。

イランのアフマデネジャド大統領も、一般市民とはかけ離れたところで、核開発を叫んでいる。

日本のメディアは米国や西洋世界と言われる処から流されたものに触れる機会が(それもお上からのものが)多いので、随分と奇異に映るのだが、イランでは、ああいった場面は非常に冷めて見られているので、その温度差は、実際に見たものでしか、感じられないものである。

日本の政治家を、冷めた目で見ているのと同じなのである。

イランの宗教家に対しても然りである。

彼らは、クラーンは信じているかも知れないが、利益を貪ろうとする人達や、何か胡散臭いと思うものは、ちゃんと分っているのである。

テレビのニュースに煽られる前に、やはり、現実は自分で見たり、少なくとも、自分の目で見て感じたことを伝えようとする信頼できる人の目を通した方がいいと思う所以である。
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by akikonoda | 2006-12-25 09:49