試写会によせて

昨日、筆者が関わった「どすこいビューティーズ」の試写会が、関係者を集めて行われた。
全部通して見ていなかったので、やっと全体が繋がったと感じたと同時に、自分の直接関わったイランロケにおける映像の取り扱い、あるいは感じ方に違いがあったのを残念に思った。
普通のイランの映像を見ることによって、戦争をはじめようとする動きを止められればいいと思い協力したつもりだったが、残念ながら、筆者には、それを画像から感じられなかった。
むしろ、かつての戦争も美化している気がして本当に残念である。
関わった者として、違和感は違和感として率直に受け止めて頂ければ幸いである。

こちらも撮影に関わった、コスタリカ研究家の足立力也さんと少しお話させて頂いた際、コスタリカのお話を聞かせてもらったが、そこに自分の目指すものを見つけた気がしたのは事実である。
「コスタリカは武力を持たずに平和に暮らしているのですよ」

読売新聞より〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
自衛隊の海外派遣、恒久法必要と安倍氏

 安倍官房長官は25日、NPO法人「US—Japan LINK」が都内のホテルで主催した「自衛隊のイラク派遣・復興支援に関するセミナー」で講演し、自衛隊の国際貢献について、「(海外派遣のための)恒久的な法律が必要だ。恒久法を作ることで機動的な対応も可能になる。自民党で議論しているが、政府も法律にする作業をしなければならない」と述べ、恒久法の整備を急ぐべきだとする考えを示した。


 額賀防衛長官も同じセミナーで、「世界で紛争や人道的復興支援、災害派遣の要請があった場合、政府の判断で国会の承認を得ながら機動的にすばやく対応できるように、一般的な法律(恒久法)を作っておくことが望ましい」と語った。

 自衛隊の海外派遣に関する法律には、国連平和維持活動(PKO)に参加するためのPKO協力法のほか、時限立法のテロ対策特別措置法、イラク復興支援特別措置法などがあるが、小泉首相も「特別法や時限立法ではなく、(恒久法を)将来の課題として検討すべきだ」と指摘している。

 また、安倍氏は、政府の憲法解釈では禁じられているとされる集団的自衛権の行使について、「一緒に活動する外国の軍隊が攻撃された時、我々がその状況を黙って見ていなければいけないのか。真剣に考えなければならない」と述べた。

 セミナーではシンポジウムも行われ、陸自第1次イラク復興支援群長を務めた番匠幸一郎陸将補、宮家邦彦・元イラク公使、英軍に同行してイラク南部を取材した読売新聞社の飯塚恵子記者らが参加した。番匠氏は「私たちは第1走者の役割を果たしただけだ。国民から、いつ、どんな任務を、どのような場所で与えられても対応できるようにしたい」と語った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


かなり危険な状況にいるのを感じる。
嫌な空気が漂っている。
このまま、戦争に駆り立てられていいのか。
自分たちが、その手助けをしていいのか。

コスタリカの人達のように、理想を持って、さらに自立できないものか。
[PR]
# by akikonoda | 2006-08-26 08:16

トロイの遺跡〜古代への情熱より〜

トロイの遺跡を発掘した、シュリーマンの情熱にうなされそうである。

吉村作治教授もさることながら、ホメロスの詩から、トロヤの遺跡があると信じて、その当時の詩を原文で暗記して、その遺跡の在り処をイメージすることから始め、幼少の頃からの思いを諦めずに掘り下げていく情熱に討たれる。

自分も何事にも諦めたくない。と思った。

自分で自分の納得いくものを掘り下げていけばいい。
深く深く掘り下げて行けば、何かが見えてくると、信じてみることにした。
[PR]
# by akikonoda | 2006-08-26 00:21

「オリオン」の話

米航空宇宙局(NASA)は22日、2010年に退役するスペースシャトルに続く新たな有人宇宙船を「オリオン」と名付けた。 地球の大気圏に再突入する際の安全性を重視し、1960~70年代に月へ到達したアポロ宇宙船に似たカプセル型だという。
「コンピューターやエレクトロニクスの最新技術を駆使したものになる」としている。
宇宙船の直径は約5メートル、容積はアポロカプセルの約2・5倍で、ISSに6人を運ぶ能力がある。オリオンを月に運ぶロケットは既に「アレス1」と命名されている。
らしい。

いよいよ、大宇宙時代の黎明期といった感もあるが、米国も地上にばかり、ちょっかい出さないでいいように、そろそろ方向転換したいところだろう。

分捕るなら、知らないところがいい、ひろい宇宙なら誰も文句言わんだろう。といいたいところだろうが、大航海時代活躍したポルトガルの郷愁漂うファドにみられるように、遠い場所を見て、うまれた場所を思い出し、すでにそこに住むものがいるのに奪いとってしまうという、どこかで聞いたことのある、魂が果てしなく漂う歌や詩、話が出てきそうだ。

ポルトガルの詩人ペソアは、自分の詩を書く時、ペンネームを四つほど持っていたという。文章を書き分ける上で、必要に迫られてそうしたのだろうが、米国も、アメリカ、亜米利加、亜墨利加、America、あめりかと色々あったらわかりやすそうだ。

あっ、今回は「米国」が肉買え発言しているな。とか。
「America」の言うことは聞いても全然分らない。とか。
「あめりか」はカントリーに帰れ。とか。
「アメリカ」はカフカの小説って言われてもなんだかねえ、やっぱラップだよねえ。とか。

かえって、各のイメージの違いも交錯して、よくわからなくなりそうだが。

一方、にほんは日本で、ニホン、日の本、ニッポン、にっぽんとまた色々あるが、にっぽんと言われると、なぜか柔らかく、躍動的、肉感的な感じがする。
にっぽん、ちゃちゃちゃ。は、オリンピックにはなくてはならないものだ。

オリンピックといえば、ギリシャである。
歴史的な金字塔を打ち立てた宇宙船のアポロも今回のオリオンもギリシャ神話の中にでてくる。特に星座の話は、宇宙へのまなざしを深くする装置である。

ギリシャは、文字や文化、思想のひとつの源泉であることには違いないが、争いをなんとか収めようとする浄化作用も兼ね備える装置を作り出そうとする国。というイメージもある。
実際に行ったギリシャの小高い丘にある神殿は、イランのペルセポリスと同じ、がらんどうの石の今にも崩れ落ちそうな建物だったのをかすかに覚えているが。

今回の宇宙船オリオン号の襲名は、一神教的世界観では収集できない事態から起った、多神教的世界観への回帰の、ひとつの顕れと見て良いのだろうか?


そういえば、寒い時につくった詩があったので、オリオン繋がりでもう一度。


オリオンの光


オリオンの光
紺青の空
べらんだで冴えた影が動く

オリオンの光
おおきくなり
ちいさくなり

紺青の空の下
寒さに震え 靴下ゆれた
影は光を挟む

オリオンの光
おおきくなり
ちいさくなり

楓は立ち止まり
赤い葉 影に覆われて
風はつらぬき 立ち止まり

オリオンの光
おおきくなり
ちいさくなり

白い息
オリオンの光
影に吸い込まれ

オリオンの光
おおきくなり
ちいさくなり

こなたの寝息でくもる窓
かなたの空に
いきわたる吐息

オリオンの光
おおきくなり
ちいさくなり

こなたとかなたの影だぶり
あいおーん と いななく
群青の空 おののくだけ

オリオンの光
おおきくなり
ちいさくなり
[PR]
# by akikonoda | 2006-08-23 15:04

『どろん虚』

           弌  田んぼと卵の家

 道造は田植えをしていた。
 思えば、随分長い間、色々なものに飢えてきたのだが、やっと自分の田んぼを手に入れたのだった。
 もう昔のように動けなくなったお婆に頼み込んで、道造が大股であるいて何十歩くらいの荒れ果てた土地を手に入れたのだが、お婆は、米の出来の十のうち八をよこせという条件を出してきた。何もないよりはましなので、その条件を道造は呑んだ。それもお婆がくたばるまでの辛抱だ。と思ったからだ。お婆には、道造しかよりどころがない。道造から、年貢をとる、小さなお上が出来たと思えばいいのだ。小さいが取り分はやたらとでかいのが、玉に瑕だが、しょうがない。
 田んぼの周りは道が整備されている。犬の散歩をしながら、ウォーキングをしている人がいる。すぐ横には空港もある。昨日の夜は、近くに拉致工作員が出て、航空自衛軍が出動して、小型船を撃ちまくり、海の藻くずにしてしまったと、もっぱらの噂だが、本当のところはどうなのだろうか。だいたい、なんで拉致なんかするのだろう。自分たちに都合がいいように改造するのが目的だとしても、何か腑に落ちない。道造だったら、その目的を達成する為にロボットを作る。と思った。万が一、道造が拉致されたとしたら、ロボットを作ってやるのになとも思った。こんな自分で良かったら、どうぞと言う感じがした。連れ去られた場所にお金が潤沢なら願ったり叶ったりだ。ロボット開発の手間が省けると言うものだ。
 しかし、道造がいなくなっても、誰も気づかない気がした。お婆は、今でも自分のことしかしないし、道造と会話をするわけでも無いので、お互い一人暮らしのようなものだ。

 それにしても、この田んぼだけ、時間が止まってしまったようだ。
 何万年も前から。
 なにしろ、弥生時代から続いてきたのだからな。
と、しわしわの口元を歪ませながら歯のほとんどないお婆が、にっと笑っていったのは随分前のことだったか。一年か、十年だったか?それ程、笑うことのない人だった。
 それを見て、道造は、やせこけた大地でもとれる、小さく、柔らかく、歯のない老人や子供が食べなくても栄養を確保できるような究極の植物を学生時代に研究開発していたのだが、その中のトウモロコシ型新種を思い出していた。
 小さいトウモロコシの皮を剥くと、ぼそぼそした白や薄い黄色の実が所々抜けている端っこの方などが、お婆のぼこぼこの顔面に見えてくるのはなぜだろう。それもしばらくほったらかしにされ干からびかけたやつだと質感が妙にリアルで、思わず、地面にたたきつけたくなる自分を押さえなければならない程だった。
 ちょっと火であぶったらそのまま弾けてポップコーンになりそうだった。それならまだ食えるというものだが、道造のお婆は食えないやつ、筋金入りの食えないお婆なのであった。
 それはさておき、道造は、ひょろひょろのトウモロコシの毛も人間の髪の毛の代替物の繊維として、今も開発中であるが、人間が食べると言う行為をする前に、究極的な構想として、人間の肌に触るだけで、その部分と融合できるようなもの、しかもアレルギーを起こすことなく、免疫系に優しいといえる作物を研究しているのだが、まだ研究の初期段階で、実用化までは、はるか遠いのであった。
 死んでしまった細胞である髪の毛くらいは少なくとも自分が生きてる間には実用化できるのではないかと専ら力を入れているところである。髪でお悩みの老若男女に朗報をもたらせることを、本気で考え続けている道造であった。

 それにしても、荒れた田んぼをよくここまで、とろとろの泥にしたてたものだ。道造は思った。
 道造は、あるサイバー大学の卒業生なのだが、そこで習ったことが、ここにきて役に立とうとは思いも寄らなかった。道造は、農科学、脳科学、経済学、生物学、ロボット工学、心理学、考古学、それに萌学をそこで学んだ。
 市民大学のように、学部など取っ払った、なんでも学びたいものを学べるシステムが気に入っていたし、何より、知りたい時にコンピューターでいつでも知れるタイムラグの無さが道造の性分にあっていたし、よっぽどのことが無い限り卒業できるのもよかった。
 学生時代に両親が亡くなって、一人っ子の道造は、お婆にやっかいになっていたが、お婆は、息子夫婦が残した道造にお構いなしで、今までの自分一人の生活のリズムを守り続けていたので、道造はうるさく言われることなく、怪しげなサイバー大学に熱中出来たわけだ。学生時代は両親が残してくれた少ない保険金でほそぼそと暮らせたのも、せめてもの救いであったが、本当の一番の救いは萌学であった。
 学位を取っても、皆から変態と思われるだけだったが、本当に好きなことは、誰に理解されなくても成り立つものだと自負しているので、それは、いまでも道造の喜びの一つだった。何しろ、お婆と対極にいる可愛いキャラには本当に心救われる。地獄蒸しの卵の家に天使とはこのことだ。卵のようにつるつるした肌にきゅるるんとした目と可愛くふくらんだ柔らかい砂糖菓子のような身体が手に入るのだったら、もうどこかの誰かに卵ごと蒸されてしまっても構わないとさえ思った。その子にかつて珍重されたと言うメイド服を着せるだけで死んでしまいそうだ。
 いや、それか、今巷で見られるイスラム系の隠れた衣装もいいだろう。あの可愛いつぶらな瞳が、薄いベールの向こうから道造を見ていると思うだけで、蒸発してしまいそうだ。もしイスラム系なら、絶対手に触れては行けないのが、萌え学の美学だ。何かを手渡す場合は、必ずスプーンでやり、男性が女性に口をきく時は舌を見せてはいけない。セクシャルなイメージを醸し出すから手で口を覆って語り合うのが掟なのだ。 
 いずれにせよ、自分が食べて行けるだけの研究ができるようになってから、そちらの研究に、全身全霊没頭したいと切に願う道造であった。

 道造に、この田んぼを辛うじて任しているが、他にお婆の持ち物といったら、田んぼの横にある小さな卵形の超合金と超プラスチックの融合した家だけだ。この変わった形の家は、「egg raft(卵船〜らんしゅう)」と言う名で船出したが、巷では、「タマゴーグ」と呼ばれることの方が多かった。
 どんな衝撃にも堪えられ、原子爆弾や水素爆弾が落ちても、その殻は強く壊れないと言われているが、不必要な衝撃を受ける前に反応して、地中深く潜り込むというその性能に目をつけた若い頃のお婆は、全財産をつぎ込んで、その神のお告げで見つかった岩のような、太古の恐竜の卵のような、タイムカプセルに乗り込んだのだ。卵形の暗闇の中、ひっそりとなにかに祈るつもりがあるかどうかは、想像に任せるとして、シナゴーグでなく、このタマゴーグは、さしずめ、現代のノアの箱船と言える。水に浮かぶのではなく、地中深くに潜り込み、お婆と、その遺伝子を受け継ぐ孫息子も辛うじて乗れるか乗れないかの小さな箱船だ。
 まだ幸いなことに、神のお告げも、原子爆弾も水素爆弾も、世界戦争も起ってないので、そのまま、田んぼの横に静かに横たわっている。
 しかし、もしもの時は、生き残りたいものだと道造は思った。とりあえず、道造くらいだったら、飢えないくらいの米を蓄えておけば、ついでに乗っけてくれるかも知れない。そして、地上世界のほとぼりが冷めたら、原子時代をくぐり抜けたアダムとイヴの物語を作り始めればいい。 
 今、世界中で少なくとも100戸は卵型の家は売れていると言うから、なんとか、その中から自分のイヴを探せる可能性もないとは言えない。そう言う時だからこそ、深く深く泥の中に入った卵の家のように、どっぷりと愛につかれるに違いない。道造とまだ見ぬその人の他には何もなく、誰も見当たらないのだとすれば。
 そこで萌え学を昇華させられれば、もし、そこが泥地獄の底だとしても、道造にとっては天国になる気がした。もちろん、お婆はその地獄に耐えられず、御陀仏というのが自然の流れなのは言うまでもない。

 確かに、見れば見るほど、卵という形は、このずぶずぶの泥だらけの田んぼにもぐりやすそうだった。
 田んぼの周りは最近開発された熱い時は涼しくなり、寒い時には温かくなり、暗いと明かりを灯す硬い物質で覆われて固められているので、車や人にとっては便利になったというのに、お婆の田んぼだけ、どうも、周りの環境にそぐわない。わずかに生き残っている蝶やトンボはやってくるのはまだいいが、蝿や蚊も繁殖し、都市計画開発部から、都市衛生上良くないとして、ブラックリストに載せられているのだが、それもお構いなしなのだった。
 お婆が、何万年前からあった田んぼを残している理由は、その卵形の家の唯一の逃げ場を確保する為であった。決して昔を懐かしんでいるわけではない。蝶々を愛でているわけでもない。近所でも風狂なお婆としか思われていない道造のお婆だが、未来を見越して、微妙な生き方をしているのだ。
[PR]
# by akikonoda | 2006-08-21 19:06 | 小説

今の目 弥生目 ウジャドの目

 板付遺跡に弥生人の集落の跡がある。
 そこに、まばらに点々と、わらぶき屋根の竪穴式住居が復元してある。
 子供達はキャンプ場に遊びにきたように駈け回る。
 集落の周りには堀が巡らされ、外部からの安易な侵入を拒んでいるようでもあるのだが、入ろうと思えばいくらだって入れる代物で、人間と言うよりも、小動物に集落を荒らされるのを防ぐ為と思われる。
 その掘りの外部には、日本で稲作が始められた頃、初期の段階の田んぼの一つと思われているものがあるが、この前、その田んぼに足を踏み入れ、田植えをした。
 
『チャーリーとチョコレート工場』で流れているチョコレートの河のように、泥はとろとろにとろけていた。
 なんと柔らかい茶色い液体なのだろう。本当に食べられそうな気がした。その空気や水と緩やかに混ざり合った泥なら、なんだって作れそうな気がした。
 ここから、米でなく、人間が出来ることを想像した。

 SF魂を駆使して、日本を沈没させるのでなく、人を浮き上がらせる。
 小松左京の短編『飢えなかった男』がわりと好きだったが、人間と植物の融合というより、人間と泥の融合。
 短編の名前は『どろん虚(どろんこ)』。べたすぎる。虚無回廊に迷い込みそうだ。

 ここで、一詩。

       稲穂

土器酒を捧げ
白い花を飾る
とろとろの甘露の泥の中
蓮の子らが蠢く

甘露の泥濘るみ
蓮の子の足跡を残す
弥生人の足跡の上
蓮の子は立つ

その足跡どもを均して
おばあの植えた
一握りの緑の稲穂
すっくと立つ

弥生人と
蓮の子の
足跡を貫いて
すっくと立つ

水と空と太陽と泥から
すべてははじまり
すべてはおわる
稲穂は酔っぴいて踊る





 そんなこんなしながら、夏休みということもあり、ちょっと、毎日のあくせくを忘れて、古代に思いを馳せに、古代エジプト展に行ってみた。

 ちょうどその日、セヌウのミイラを掘り当てた早稲田の名物客員教授の吉村さんがしゃべくるというので、ちょっと、聞きに行ってみた。

 吉村教授はイスラム人のように口ひげをはやし、エジプト柄の黄色いネクタイをしていた。
 ネクタイ屋とコラボレートしているそうだ。
「なんせ、墓掘りには費用がかかるので。ボクはその資金を集める為にならナンでもしますよ。黄色はエジプトでは黄金と同じ意味があるのですよ。王族しか使えない高貴な色なのです」
 そういう吉村教授。かなり、色々なことに手を出しているようである。
 今度、福岡でのおりんぴっく開催を目論む?人々にも絡んでいるのかもしれない。
 サイバー大学構想を掲げている地元出身の孫さんに誘われて、そこの教授をする為に、早稲田をリタイアされるようだし。
 東京とオリンピック誘致合戦の最中である、開催会場の開発の候補地で、汚職絡みでケチが付いてしまい、誰も手が出せない状態の福岡のアイランドシティに、てこ入れしようとしているのは、政治家だけでなく、経済効果を期待して色々と後押しできる地元ソフトバンクホークスの孫さんも控えているようなので、彼らとの繋がりで、今後どうオリンピック会場や経済が動いていくのか、注目したいところである。
 吉村さんはスポークスマンにはうってつけだ。強気だし、エピキュリアンを自負しているし。
セヌウのミイラを見つけた時も、一緒に作業をした地元の作業員には、とぼけて、なんでもないと言って、色々手はずを調えて、全世界に発表したと言うから、結構、やりてである。それには、色々と訳もあるらしいのだが。
 直接、墓掘りに従事している人達は、手を出さないにしても、その家族や、情報をせしめた地元の盗賊が、襲撃してくるのをだまくらかす為なのだという。
 それくらいの器がないとやっていけないのはよくわかる。
 なんせ、いつでてくるか、何時までたっても出てこないかもしれないものに命を懸け、お金をかけ、時間をかけ、労力を賭け続けるのだから、タフになるのは必然だろう。
「やたらと、まじめな人は向いてないんですよ。この仕事には。のらくらできるくらいじゃなきゃ」
 吉村教授はにやにやしながら口ひげをなでて言った。
 それから筆者が昔住んでいた宗像のことも、急に思い出したように話し出したので、驚いた。
「地元のひとはあの価値が分っていないみたいなんですよね。あ〜、そうですか。みたいな反応で。でも、自然と融合した生活を今もしている感がありますよね。漁師さんなんか、成長し切っていない魚は海に帰すと言う習わしらしいです。ボクがせっかく福岡にくるのだし世界遺産になるように働き掛けようかなと」
 等と若手のアナウンサーの方はお構いなしに一人しゃべり続けていた。
 確かに、三人の女の神様が祭られていて、日本神話の初期の頃に出てくるかなり重要な神々だと言うことは聞いているが、天岩戸伝説のような、逸話、武勇伝?には乏しいので、ジミと言えばジミな神々である。本殿にはいつも人がいるが、そこそこ広い敷地なので、誰もいない場所はいくらでもある。そこを巡るのがなかなか面白い。神が下りてきたといわれる場所もちゃんとあるし。
「ここです」
 と看板が無いとわからないような、砂利が敷き詰められていて、周りは木の柵が巡らされているだけのがらんどうの場所だ。
 子供の頃、木々ばかりで他に何も余計なものが無い、静かに涼むには持ってこいの場所だったので、結構お気に入りの場所として散歩がてら訪れていたのであるが、あそこを離れてからほとんど行ってないので、その後どうなったのか分らない。
 しかし、「何もない」ということは、見えない神々との対話には、叶ったりな場所である気がした。もちろん、いればの話だが。
 とりあえず、日本の神話においては、神々とは、原初の人であり、その記憶の在り処、よすがとして神話が語り継がれていると自分は思っているので、かりに、そうだとすると、今息づいているもの、すべて神様の末裔ということになる。
 本命と言われてる天皇だけでなく、お客様も神様。あなたも私もかあ〜みさまなのかあ?
 なんでもありで、ありがたや、ありがたや。である。

 さて、エジプトの神様に最も近い、王様やその周辺の人達のミイラや掘り起こされた品々は、今偶然この福岡にある。吉村教授が発掘しなければ、ここには無かったものである。福岡のあらゆる方面からお声が掛かってはるばるここに呼ばれてきてくれたのは、やはり、ありがたやである。

 そう思いながら、永い眠りを越えて、人の目にさらされるとは思いも寄らなかったであろう、セヌウのミイラと仮面、黄色い棺をじっとみた。
 棺にはウジャドの目が描かれていた。死んだ人が、狭い棺の中から、その目でもって世の中を見渡せるように、描かれていると言う。

 暗い博物館の中、しばらく見つめ合った。
 何千年のまなざしは、瞬きせず、今のまなざしと交差した。

 お目覚めですか。セヌウさん。

 墓掘りの意味はなんでしょね。
 ミイラになった意味はなんでしょね。

 神のようになったセヌウさんは、あんまり周りが騒々しすぎて無言のままである。

 米の肥やしになって、この世の中を巡って、私達の血肉になって、また泥に帰る弥生の目がほしい。と思った。
[PR]
# by akikonoda | 2006-08-21 13:25

核問題と戦争について

 核問題について、イランは速やかに核開発の疑いを晴らす為にも、ウラン濃縮などの即時停止の必要性を声を荒げた感じで説いている新聞社があったが、そもそも、核を保有している国に対しての言説がないことに、視点がずれていて、全体像を浮き彫りに出来ずにいる、今の日本の風潮の凝縮なのではないかと思い危惧している。

 欧米中心的なものの考え方の反動として、かつて米国の後押しによって軍事大国として第三位まで上り詰めていたというイランでは、貧富の格差の臨界点に達した。そこからイスラム革命が起ったと言う視点に思い至らないと、単眼的な一元的なものの見方しか出来ない狭い世界観に支配されるだけである。

 今の日本は、かつてのイランのように、王政ではないが、天皇制は形だけでも残されており、やはり米国の後押しにより、軍事力だけ膨らみ続け、いつの間にか上り坂になり、国の防衛費は日経(9/16)によると上位5本の指に入る(出所ミリタリーバランス2006)までになっている。
 そして、やはり貧富の格差を抱えており、いつまでも、この米国との蜜月のような状態が続くと思っていては危ういと思うのは、そのイランの革命前、革命後を知っているものとして、まだ浅い歴史観から肌で感じたものとしての本音である。

 イスラム革命前にいたのは、幼稚園生の時であった。父親が柔道の講師として派遣されたのであるが、親睦を深めるのがその目的の国際プロジェクトで一年足らずの短い滞在であった。西欧化し、その利益を享受している国王やその周辺の人達は豊かな暮らしをしていたが、その一方で、街には物乞いをする人で溢れていた。子供ながらどこかに、何かに違和感を持ったのを覚えている。

 そしてイスラム革命が起きて、その後、警察官であった父親が、外務省に出向になる第一陣として赴いたのは、自分が小学3年生の時である。
 イスラム革命後は、革命前のきらびやかさは無く、女性はみな紺色か黒か茶色の服を着て、へジャーブを着け、身体を布で覆っていた。街にも相変わらず、物乞いの人はいたのだが、何か一つの秩序を作ろうとしている気概は感じられたのを覚えている。

 しかし、今まで従順で、軍事産業にも貢献していたイランががらりと方向性を変えてしまったのを押さえ込もうとする米国の加勢があって、イラクがイランに戦争を仕掛けてきたと言うのが今では大方の見方になっているイランイラク戦争が始まり、しばらくして、日本に帰らなければならなくなった。任務が終わったからである。

 戦争中のイランは、昼間はわりと普通の生活が営まれるのだが、夜になると爆撃機がやって来て、軍事施設を狙われた爆撃を繰り返し受けていた。
「アローホアキバル〜神は偉大なり」
と叫ぶ声を、暗闇の中で何度聞いたことだろう。
 宗派が違うとはいえ、同じ宗教の者たちが殺し合う理不尽さに、宗教と言うものへの疑念がうまれたのはこの時期であったのは、確かである。

 その背後で、蠢いていた、国際的な、政治的な思惑には、その当時は、なかなか思い至ることも無かったが、なんとなくこれには裏があるなとは幼いながら感じてはいた。
 それが何か知りたいとずっと思っていた。
 訳も分らず、爆弾の雨が降るような状態の中、いつ死ぬかも知れないという恐怖や無力感から抜け出す為にも。
 
 その思いは強いながら、日本に帰ると、記憶を無くしたように、日本での生活に埋没して行った。二十数年、イランとはほとんど無縁のまま過ごしていたのである。
 日々やることが多くて、がむしゃらに戦争の記憶を振るい払おうとした戦後復興期の日本人の気持ちが良く分る気がした。
 とにかく、なにかをやることで、自分という不安定な存在を一種の焦燥感でもって、駆り立てられるまま、忘れさろうとしている節があったのは確かである。

 忘れさろうとした戦争体験を共有できる人が家族以外いなかったのも大きな要因であると思われる。灯火管制の布かれる中、母に作ってもらった防空ずきんを被って地下室に逃げたことのあるものなど、回りには一人もいなかったし。
 自分がそのように逃げ惑っている間、日本にいた友人は友人で、追い立てられるように日常が過ぎていたようなので、どちらにしろ、何かに追われていたのかも知れないが。
 
 そうこうしているうちに、何かが自分のなかに溜まっているのは分っていたが、それをどう表現していいのか分らないまま時間は過ぎて行った感があるが、とりあえず、自分と向き合える詩や小説を通して、自分を解放する術を探っていた。他にも色々興味のあるものには、何でも手を出しながら。
 そのひとつである介護の勉強で、在宅老人の介護をしていた時、戦争を体験した老人と戦争体験を語り合う機会がたびたびあった。それがひとつの取っ掛かりとなった様な気がする。
 自分の中で、そこに溜まっていたイランでの体験が拭きだしてきた。いてもたってもいられなくなるくらいだった。
 それが、たまたまイランでの映画撮影のコーディネーターの話を頂いた時期と重なり、 さらにイランの核問題が浮上してきた時期とも重なった。
 自分がかつて体験した戦争と、日本や米国が体験した戦争、果てはイランやイラクが体験した戦争を通じて、あらゆる戦争の意味と検証を、今の自分の視点で全身全霊で行い、まるごと受け止めなければ、先に進めない気がしてしょうがなくなった。

 イランに再度訪れる機会に恵まれたのは、良く分らないが、自分にとっては必然であったと思う。波がこちらからも向こうからも大きくなってきたような気がし、波を越え再びイランに飛んだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 

 そうして、二十年ぶりに再び訪れたイランは革命後を引きずりつつ、街で携帯を持って話したりする人を見かけたり、コンピューターの普及などもあってか、そこまで、日本との距離は感じなかったが、女性は相変わらずへジャーブやチャドールを着けていた。

 街角に、寄付箱みたいなものが〒ポストのように所々に配置されており、それは、かつて物乞いをするしかなかった人達を集めた施設などの運営に宛てられていると聞き、そういえば、革命前と革命後の混乱期のどさくさの戦争が起った時のように、ひとが集まってくることが無くなっていたのは、ひとつの変化であると思わずにはおれなかった。

 イスラムの教えでは、お布施をすることは義務であり、それをよりやりやすい形にして、ポスト化しており、そのお金が逆流するくらいに詰まっていたので、イランの人のおおらかさというか、ちいいさなことにはこだわらず、明日やればいいさ的な国民性を見たような気がした。
 お金は大切だし、いるものだが、お金がすべてではない。という姿勢を見たような気がした。少しほっとした。

 イランは経済の伸び悩みから、国内でも不満がたまり、それの捌け口か、その不満をそらす為と見て取れる核開発の問題が浮上してきているので、その辺は、北朝鮮の構図と重なってはいるが、北朝鮮の独裁的に見掛け上見える軍事体制国家というより、イスラーム社会主義的国家といえるだろう。市民の中には濃淡の差は当然あるが、根底にはやはりイスラームがある。
 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 さて、話は、戦争に戻るが、こうしてみると、米国は、いつでも、どんな戦争にもかなり関わっていて、いつでも突き放す用意がある国である様に見える。

 フセイン政権も都合が悪くなると自ら戦争を仕掛けていったし、レバノン市街への執拗な空爆を繰り返すイスラエルにも影で援助している格好にはなっているが、引っかき回すだけ引っかき回しているふしがある。

 やはり、ここにきて、日本は、米国から一度ならず、二度までも原爆を落されているにも関わらず、その事実をただ戦争が終わるきっかけにされてしまっている状態を、もっと再検討しなくてはならない時期にきていると思う。

 そもそも、核を持って、それを振りかざしている大国がいる限り、また核のバランスが崩れるなどと訳の分らないことを言う輩がいる限り、核の脅威はなくなるはずが無いのである。

 広島の市長が提案していたように、市街に核兵器を落すことは、国際法違反であるという決議の採択を求めるといった、現実的な対応が必要だと思う。
 声高に核開発を糾弾するだけでは、核兵器を造ろうとしている国や使おうとしている国を縛ることは出来ないのだ。

 国際法に違反すると言う認識を共通に持ち、さらに現実的に突き詰けられる状態を作れば自ずと抜け道は無くなる。
 怖がらずに、はっきりと、裸の王様は裸の王様と言えるわけだ。

 核開発疑惑のあるイランに対して、小型の核兵器を使うことをちらつかせている米国である。市民が又焼けただれ、吹き飛ばされ、被害に遭う可能性も大きいのである。

 この脅しは、広島と長崎を反省していない証拠である。全然痛みを伴わないで行うドメステック、バイオレンスの夫のようなものである。自分の無力感からいいなりになり、その状態から抜け出せずにいる日本は、目覚めるべきである。
 真に成熟した関係になるためにも。

 当の本人が目覚めなくて、誰が手助けしてくれると言うのだろう。DVは収まることなく何度でも、繰り返し駆使するのは、目に見えている。
 ベトナム戦争でも、学んでいない国である。単独でもイラク戦争をやってのける国であるということを、冷静に考慮しなくてはいけない。

 戦争をやらないと決めた日本はいま土壇場にきている。
 ここで守らなければ、何を守ればいいのかわからなくなる。
 
[PR]
# by akikonoda | 2006-08-19 12:24

河合隼雄のしゃべくりに救われた者として

 河合隼雄のしゃべくりは、へたな漫才を聴くよりおもしろい。

 彼はユング派カウンセラーであったが、今は文化庁長官である。
 その彼が、昨日、脳梗塞で倒れた。
と言う話を聞き、自分の心の支えを失うような喪失感を感じた。

 ここ数年、文化庁長官という職務に身を投じていた彼が、重要文化財の保存に関する不手際が発覚して、(高松塚古墳の壁画のでしたね)おわびしているのを見て、彼の文化をこよなく愛する姿勢も技術無くして成り立たないものなのであり、その点で不手際があったのは否めない事実なのであろうが、責任をとると言うことが、いかに空疎なものであるかと思わずにおれなかった。

 とりあえず、現場で保存に当たっていた人にも責任はあるだろう。
 確かに頭になっているものが責任をとらなければならないのは世の常であるが、本人のそれまでの動向をたまたま興味を持って、共感を持って見続けた者にとっては、なにか違和感がある結果であった。
 何年も前から行われたことの結果を背負うことになろうとは予想できないことであるし、そのお詫び行脚のような行為で疲れ果ててしまったのではないかと思わずにはおれない。

 しかし、彼は結果として、色々なものを背負うことを選んだのである。

 色々な個人の、秘密に耳を傾け続けた結果、病みつつある疲れ果てた日本と言う国のカウンセリングをも引き受けてしまった彼は、文化を大切にする余裕を持つことが今の状況を打破できる一つの手だてと思っていたのではないかと、勝手に想像している自分。であるが。
 
 とりあえず、意識不明のまま生き永らえている彼であるが、カウンセラーや一人の人として語る彼のしゃべくりや著書に触れ、色々な危機的どん底状態から救われた気がする者として、隼雄氏の復活を強く期待する。そして、私はついに三途の川を見た!?いやあ、帰りたくなかったですねえ。などという、軽快なしゃべくりをまた聞かせて欲しい。
[PR]
# by akikonoda | 2006-08-18 12:18

プレスリーと神話

 ジム・ジャーミッシュの「コーヒー・アンド・シガレット」を見た。
 黒人の男女の双子がコーヒーとシガレットを前に語り合っている。
「プレスリーの曲に黒人が作った曲をパクってるのがあるんだよねえ〜」
とさらっと話している場面があるが、小泉純一郎氏が、ブッショ大統領の前で、うれしそうに踊っているのを思い出し、胸が痛くなってきた。
 パクったということは、プレスリーにとっても、小泉さんにとっても、だれにとっても、実はそうだったんだ。と、言う思いとともに、祭り上げられたものの影を見たようで、笑うに笑えない。
 それが苦い事実、あるいは真実であるならば、作られた神話のほとんどがそういう要素を含んでいる可能性を持っていると思わずにはおれない。

 日本神話も、色々な影があるのだろう。大陸からの流れを感じずにはおれないし。
 最近の靖国問題にしても、別に何からパクったというわけではないが、実はそうだったのか。と思えるふしがあって、なんともいえない。
 八月十五日に参拝することで、何が、誰が納得し、満足するかと言えば、参拝した本人と、参拝される人とその遺族と、参拝を当然とする団体の人達であると思われる。
  国内では特に、その団体の人の圧力が途方もなく大きく、その大きさに背中を押されながら短い参拝をして、とりあえず思い残すことなく、政界の表舞台から姿を消すと言うことなのだろう。
 にしても、その影で、腹切り覚悟の人が世の中にまだいて、見えない影がいつもちらついていて、言いたいことも言えないというのでは、足下が危ういのではないかと思わずにはおれない。

  神話は、作り込まれて、語り継がれていくことで、未来に果てしなく続いて行く様に見えるが、 この国の神話はいつまで続くのだろう。
[PR]
# by akikonoda | 2006-08-17 11:36

プールサイドの蟻

プールサイド
日光を避け
生ぬるい風
にあおられて本を読んでいた

どこかに届く言葉を探していた

幾度となく
流れ着いてくる
浮き島の三人は
母を呼ぶ

どこかのだれかに届く言葉を探していた

地球が丸くなる前の
世界の果てに座り込む
プールサイドの宇宙の果てで
浮き島に手を振りながら

どこかのだれかにいつか届く言葉を探していた

昼ご飯で零れた米粒に
蟻が群がっている
ちいさな宇宙の果ての砂浜まで
蟻が点々と繋がっていた

白黒反転の渦状星雲 見つけた
[PR]
# by akikonoda | 2006-08-16 11:04

アフマデネジャド大統領の日記と女性と性の問題

 アフマデネジャド大統領の日記みたいなブログが開設されたと言う。
 かなり開かれたことをする。

 去年の夏にイランに仕事の関係で行った時、通訳の方に、女性はバイクに乗っては行けないことになっていると聞いて、中型免許を学生時代の若げの到りで手に入れ、一応バイクに乗ろうと言う気持ちがあるが、体力が無くなってきつつあるので、バイクに触っていない自分ではあったが、イスラム世界のそういった女性を特別視する姿勢に、憮然としたのは確かだった。
 しかし、その後、女性も乗れるようになったと聞き、状況が変わりつつあるのかなと思い直した。

 今年の4月に再度、仕事でイランに赴いた時も、女性の服装の乱れを正すような、校則のお達しのような議会決議が出たとニュースで流しているのを聞いて、緩んだと思ったら縮む轡(たずな)に、翻弄されるイランの女性が、不自由そうで、息苦しさをと憤りを感じていた。
 しかし、やはり、その後、あらゆる方面からの反発が強かったのか、その規制もまた緩くなったと聞いたので、今、イランは過渡期なのだと思わずにはおれなかった。

 さらに、残念でならないなことであるがイランで少女が不純異性行為で処刑されたと言う記事を見つけた。
 それに対して、夏の盛り、不純異性行為にふける老若男女の群れを抱えた日本やエロス万歳の自由主義国は平和なのだろうが、処刑されつつあるのは、魂のありかのようなものなのかもしれない。
 そう言った時代を生きていて、自ら首をくくっているのは生真面目な人達でしかない。
 いっそ、寺山修司のように開き直れたらいいのかもしれない。
 誰とでもやりたいときにやってなんでいけないの。と。
 実際の寺山は他のやりたいことに忙しくして、そのような体力と暇は無かったかも知れないが。とはいえ、色々考えて、色々無茶もやった彼の言葉に、微妙なモラルを持った人は、魂のようなものだけでも開放されるような気がする。もし、あればの話ではある。

  ちなみに、日本の性教育は今、自由度を益し、性は楽しいものという文面もちらついていると、さる団体のチラシで見たが、そのチラシの中で、中学一年生の兄が小学生の妹を妊娠させたと言うのもあった。
 これは性問題というよりも、むしろ近親相姦の問題である。
 微妙なモラルなど吹き飛ばされる。
 文化人類学的側面から見ても、原初の人間が家族を形成して行く、子孫を増やして行くなかで行われたであろう近親相姦的、神話的過程が、今も秘密裏で行われている事実に愕然とする。
 特に、家庭内の暴力、ここでは特に性暴力に関して、NOを言える環境の整備と、それを予防する教育は避けて通れないところに来ていると思われる。
まさかそんなは通用しないのである。
 性行為は楽しいだけじゃなく、責任があり、特に、近親相姦などは責任以前の問題で、遺伝的にも危険であることを、少なくとも伝える必要はある。
 二人の息子がいる自分としても、性問題は避けては通れない問題である。
 
 そういう思いを巡らせている中、ふと立ち寄った古本屋で、『動物の性行動』なるものを見つけて、これは手に入れろと言う無意識のなせる技かと思い、思わず手に取ったのだが、それを見た連れ合いに、思いきり引かれてしまったので、本棚に戻してしまった。
 今度いった時にまだその本があれば、ためらわず手に入れ、性行動の意味にどっぷり浸かってみようかと思う。

 そのやりとりの合間に、クーラーの風で暖簾が捲れたのか、向こうのアダルト部屋のおじさんと目がちらっと合ってしまい、同類哀れみの令を受けたような、なんとも、居心地の悪い思いもしたのだが、知りたいものは知りたい。という欲求は人間の本質なのだと、思わずにはおれない。微妙なモラルは残しておきつつ。 

 さて、話は舞い戻って、イランの顔、果てはイスラムの顔になりつつある様に見える大統領は、イランやイスラムの存在感を指し示す道標として、驀進中といったところであろうが、
 『禅語録』の中の言葉、
「此の教は本より諍うこと無し、諍うこと無きは是れ道意なり(対立無いところこそ道のポイントだ)」
のようにいかないものか。とも思う。
  宗教者でも、政治家でも、何々主義者でも特にエロス至上主義者でもない自分が、言うのもなんだが。

 言えることは、開かれたのは、一方的な自分の訴えたい言葉の窓口なのではなく、インターラクティブなものであることを望む。ということか。
 どこの国でも(微妙な)モラルは残しておきつつ。
 
[PR]
# by akikonoda | 2006-08-14 18:11

全身小説家〜散歩者の夢想(ランティエ叢書)〜より

 『全身小説家』という映画に、埴谷雄高が出ていた。

最初は気づかなかったが、どこかで見たことのある老人だ。と思ったら、酒を飲んで呂律が回らない、頭を揺らしながら、目はどこか虚空を見ているように、とうとうと話をする場面を見て、埴谷雄高だと分った。

以前、なにかのドキュメンタリーで、薄暗い自宅で、赤い血の入ったようなワイングラスを揺らしながら、自身も揺れながら、インタビューに答えている埴谷を見て、いつまでも死なない吸血鬼のように見えたのを思い出した。
 彼は確かまた、そのドキュメンタリーの中で、生命の謎が分るまでは、子供を作らないといっていたが、結局、分らないままだったようだ。

「なんにもない」と、死んだ今でも、どこかでひっそりと、吐き捨るようにつぶやいている気がするのはなぜだろう。
 どうしても、彼の未完の『死霊』に出てくる「のっぺらぼう」でなく、顔を持った、血のような葡萄酒を含み、暗闇にじっと目を凝らす吸血鬼じみた埴谷老が、死んだ今でも、言葉の中に、自身の夢想の中に、じっと身を潜めて、どこかで待っているような気がするのだ。
 そうだとしたら、何を待っているのだろうか。自分と波長の合うものとの対話。それとも、単に自分の血を受け継ぐものを待っているのだろうか。ただその夢想に引き吊り込み、同じ死霊になって、風のように何かを叫びながら、一緒に彷徨う同胞を探しているだけなのだろうか。

 そういえば、埴谷雄高の本名は、般若豊だそうだが、穿った見方をすれば、般若的さとりの境地を持つ自身と、能面に見られるような般若の顏をもった怒りの化身のような実行動を担う自身を、埴輪のような無表情なのっぺらぼうな面持ちの、中身は空ろなままの人型に見立てて、動じない思想を形作ろうとしたのかもしれない。
 長い年月地に埋まっていても、いつかだれかに掘り起こされることを夢想しながら。

 埴谷自身もカフカやポオ、ドフトエフスキーを受け継ぎたいと自負しているようにも受け取れる言動を見るにつけ、彼も又、全身全霊小説化していて、苦悩し続け、書き続け、夢想し続けたに違いないような言葉、彼の核心を突くような言葉を見つけた。

「文学は、この生と存在のなかに裸かで立っているものが茫洋たる答えを暗黒へ向かって発する一つの手段にほかならない。そして、このような態度をもって、一つの核が渦状星雲へ膨らみあがる長い途上の中間に立てば、さながらパスカルの前に現れた課題のように、その文学はもはや何時の時代でも古くも、また、新しくもないであろう」

ルソーのように「孤独な散歩者の夢想」を続けている埴谷が、一つの核となって、そこここを漂っていることを、夢想している自分がいた。
[PR]
# by akikonoda | 2006-08-14 16:38

グラスの告白〜内面の死〜

 ギュンター・グラスが以前、ナチスの親衛隊だったことを自伝で告白していると言う。
 まだ読んでないのでなんとも言えないが、『蟹の横歩き』などでも、ネオナチの立場と、実体験をしたナチの立場、更に、左的な見方とただの傍観者としての見方、と、あらゆる立場、視点を錯綜させて、一つの船が沈んで行ったという闇に葬られた事実を浮き彫りにし、掘り起こし、からめて描いていたが、それは、グラス自身のあらゆる視点を体験した言葉から紡ぎ出されたものだったからだと、また作品中の暴力、暴言が生々しさをもって立ち上がっていたのは自身から吐き出されたものだったからだと、妙に納得してしまった。
 『ブリキの太鼓』も、自分の中では、かなり大きな衝撃を与えた作品だった。
 大きくなることをやめてしまった(事故でそうなったということになっているが)オスカル少年の目線で描かれて行き、戦争時の人の虚実を具現化させて、どこかさらりと突き放した見方で描いている作品で、戦争のひとつの実体がここにあると思い、いつかは自分もこういうふうに書きたいとすら思ったものだ。
 オスカル少年の父親はナチスの親衛隊で、どちらかというと体制的で、実生活では料理を作ったりと普通の男でもある。戦争でナチスが負けて、がさ入れをされている時、もとナチスの親衛隊であった徴のバッヂが見つかりそうになり、口に含むが、それがのどにつきささったのか口の中で棘のようにささったのか、耐え切れずに苦しみ悶え出したのを見て、抵抗しているものと思われ、銃で撃たれて死んでしまう。
 一方、母親のいとこで愛人の男は優男であるが、最後にはレジスタンス的な活動中に死んでしまう。
 どちらも、悲劇的な死ではあるが、どこか滑稽で哀切感漂う。
 戦争の時代を死なずに生き永らえた、ギュンター・グラスの中の主人的人格、あるいは表だった人格の、ナチのバッヂを口に含んだままの死と、愛人的人格、密やかな別人格の、ナチに対するレジスタンスを試みた死。といった、小説の中の二人の男の死は、アンビバレンツな自身の内面の死なのだと思わずにはおれない。
 その死に様をじっと瞬きせず見ているオスカル少年の目、第三の目ともいえそうな、あらゆる事象を超越したまなざしを持とうとしたグラスだからこそ、生き永らえたのかもしれない。
 歪(いびつ)であるまま、苦笑いしながら、生き永らえてきたのかもしれない。
 
 創作とは、ある意味、死に切れない思いの死に方を提示するものなのかもしれない。
[PR]
# by akikonoda | 2006-08-13 14:07

和風なうたかたの声

和風なうたかたの声を聞いた
季節に敏感で
便りのようなつぶやき
上京したばかりの若い語りかた
野宿したこと
水たまりに自分を映し出したこと
藍染めの空を見たこと

 去年 
 自動車で夜通し走った
 南から東へ
 京都の山寺
 抹茶で一服
 日の出とともに東京へ着き
 新宿のど真ん中
 車の中で寝袋にもぐり寝た
 イランのはげ山へ続く道の夢を見た

 それから
 ドキュメンタリーを見た
 美しい祭屋台をつくる
 職人の時を追った記録
 千年単位の仕事
 人の手の仕事
 傍らの子は気が遠くなりねてしまった
 千年の眠り
 
目覚めたら
道と時間と空間の上を点となってかけた
その点は空を越えて
核の声 こだまする
イランへたどりつく
秘密警察よりも
夜の公園の女が怖い
チャドールの向こうからのぞく
目が朧な三日月だった

うたかたのあと
わすれてしまったこと
みずたまりはかわいていたこと
わすれていないこと
空襲警報の音
生ぬるい夜風にぬれて
爆音の赤い花火が
目の前をちらちらしたこと

朝になって
昼になって
はげ山に向かって走った
夢の向こうの道の上を点になって
イラン製のペイカンにのって走った
家族の声がした
事切れそうな声
どうして ここに
ここにいるのかな

事切れる前
最後に駆けつけたのだ
ここにいる
ここにいた
時間と空間と道がつながった
点になった
最後の点滴が
事切れる前に
駆けつけたのだ

最初で最後の声
うたかたの声が聞きたかったのだ
[PR]
# by akikonoda | 2006-08-12 11:43

イスラームの世界観とテロ・戦争の行き着くところ

 同時多発テロが起るかも知れなかったという情報が流れている。
 911以降、警戒は強まっていたが、今回の情報に対応して、警戒レベルが最高になった。
 イスラームの世界観の本質に触れるには、その道標と言えるクラーン(コーラン)に目を通す必要性を感じ、読み進めてみた。
 ユダヤ教、キリスト教的一神教が基礎になり、その背中合わせな、表裏一体的な思想が派生したことは漠然と知っていたが、イスラームがそれらから、楽園と地獄(ゲへナ)、天使と悪魔などの概念を取り入れたということは、意外であった。
 そもそも、天使や悪魔の概念は、神の使いとして精霊あるいは風というものから一歩踏み込んで、善悪を分かつもの、いわゆる二元論的な展開をしたわけだ。
 そのまま二元論的か、多元論的か、または一元的なものに帰っていく可能性もあるのだが、クラーンや旧約・新約聖書を何千年もの間詠み続ける人々がいて、それを信仰し、実践している人々がいる限り、その啓示された預言書を敷衍した現実、最終的に神の裁きがあり、天国と地獄に分けられる未来は、予想できうる。繰り返し暗示にかかった催眠療法中の人のように、着々と、その言葉を実践に変えて行くような、思い込みあるいは思い入れは深められて行き、いわゆる終末思想的世界観に辿り着くのである。

「人々の顔が白くなったり黒くなったりする日、顔が黒くなったものにたいしては、『おまえたちはいったん信仰にはいったのに、又信仰を捨てたのか。それなら、自分のとった背信の懲罰をしっかと味わえ』しかし、顔が白くなった者は、神のみ恵みに浴し、そこに永遠にとどまる。」
〜クラーン イムラーン家の章 106節〜

 この言葉を読んで、ことのほか、ぞっとした。白黒つけると言う意味では理解できるのだが、人種的な観点から見ているとすると、違和感とともに、なにか選民思想のようなものを感じずにはおれなくなった。自分が以前、夢で見た、白い顔の人が地球を捨てて、遠い宇宙に浮かぶ星に飛んで行ってしまうという内容のものを、なんとなく思い出した。最初は「白い人」としていたのだが、なんとなくしっくりいかない気がして、色白の人にしたが、最終的に白い顔の人に収まったのだった。
 現実に、子育てをしている時に聞いた白い顔の女性が発した言葉も引用している。


    
       後片づけ


プールの中で 
ごみになったビニール袋のような
女こどもが泳いでいる
世の中から 
捨て置かれたビニール袋のよう

地球を捨てて火星へ出発しようとする
選ばれた白い顔の人達は
やりっぱなし
ちらかしっぱなし
駄々っ子のよう

女こどもが うかれてる間に
着々とことは運ばれている
体脂肪が少ない女が
汚れた海で子らと魚を探そうが 
おかまいなし

 塩素プールでますます金髪になったマリー
 浅い海のそこのような目のマリー
 親子英会話スクールのマリー が笑って言った
 ”私の家は広島の原爆の後みたいです”
 笑えないやりっぱなしの話

 内と外の戦いで 焼かれ 漂い うち捨てられた
 女こどもは 狂ったように笑う 
 おこる時は 怒ればいい
 おしつけられた白い顔の人の世界 を
 笑えないやりっぱなしの話 を

金ぴかのロケット 乗かって
白い飛行機雲 残し
遠い空の向こうへ 飛んでいく
白い顔の人の世界を広げるために 
飛んでいくのを 見送るだけなのか

おもちゃに厭きた子供のように 
後片づけもせず 
飛んで行くのを
故郷から旅立つ人を
ただ
見送るだけなのか

 世の中は、終末思想を敷衍したような動きをしているような気がしてならない。
 テロやイラク戦争、レバノン情勢などがいつ最終戦争になるかも知れないと言う、不気味な世界の蠢きに目をむけ、今、自分たちに出来ることをする、といった土壇場にきていることを思わずにいられない。
[PR]
# by akikonoda | 2006-08-11 11:25

詩と小説と

詩と小説とを書き綴ってはや人生の半分を費やしてきたが、最近になってようやく、自分の書く意味、書き続ける意味が少しづつだが分ってきたような気がする。

分らないことを分らないままに書き綴ることの不可思議さに漂いながら、そこでふと目に留まる波に何か途方もないものがやってくるのだ。ということに少しだけ気づいただけかもしれない。

自分は愛のある小説や詩が書けないとずっと思ってきた。
ここにきて、少しだけ書けるような気がしてきた。

ずっと見るのも嫌だったものが、本当はそこの見えないほど愛しているかもしれないと気がついただけかもしれない。

家族について。他人について。見たことがある、見たこともない、聞いたことのある、聞いたことのないことやものについて、思いを馳せる時、自分は確かにそこにいるのだと。

自分は子供の頃、父親の仕事の関係で、中近東のイランに住んでいたことがある。
その当時、イスラム革命後の混乱期で、イランとイラクが戦争を始めた時期でもあった。

その時の記憶は今も自分の中にあるが、声に出してみても、その記憶は、いつも伝えたい人やものに、届かない気がしていた。自分の記憶を、共有できる人は限られているのだと。

たまたま、そこにいただけかもしれない。だからこそ、記憶は鮮明にその風景を焼き付けるのかもしれない。写真を焼き増しするように。何度でも立ち現れてくるのだ。永遠に。



       並んだ時間



並んだ時間が残像となって線を描く
おしっぱなしのカメラのボタンで作られた
写真のように

地を丸めた球は 自分で回っている
串焼きにされ 火にあぶられた肉のように
身を焦がし 油をたらし続けている

彼の地では 
時間は 水とこねあわされて
ナンのように焼かれ

この地では 
時間は 水をさされて
ごはんのように炊きだされる

毎日
同じような時間は流れてくるが
時間はあいかわらず並んだまま交わらない

彼の地では
鉄の球が飛び交い
相手が いやになるまで戦うつもりらしいが

この地では
言葉が飛び交い
相手が 分からないまま 垂れ流される

それらの地には
血は流れているのだろうか
脂ぎった虹色の水のように

それらの地には
時間は流れているだろうか
砂ぼこりの道のように



月夜

弌 月夜の公園

夏の噴水 闇を刺す 
月夜の公園 夜の闇 家族は歩く

黒い太陽 みつからない 
緑の絨毯 チャイを囲んて 家族が集う 

子供らは 月夜と遊ぶ
禁じられた 月夜の遊び

ほら ぶらんこ 
おとうさん 月のぶらんこ ゆれたよ 

ぼくらを もっと ゆらしてよ
おとうさん 月のぶらんこ ゆれてるよ

おとうさん 写真 おいて ぶらんこ ゆらして
おかあさん 写真 とって ぶらんこ とって 

それを見ていた 影法師  
月夜の影は とったらいけないよ 

それより なにか おくれよ と
チャドールの女 影法師  

おかあさん こわかった
影法師の目 三日月だったから

おかあさん にげだした
写真 おとして にげだした

チャドールの女 影法師 
おこって 写真 もってった

影法師  
闇夜で みつからない

おかあさん 写真さがして 夜の闇
影法師 月をさがして 夜の闇


弍 月夜の夢


おかあさん
月夜の晩に 夢をみた 

三つの死 
という文字 をみた

死 死 死
という文字が

白い頁に
書かれて消えた

死 死 死
という文字が

浮かんで
消えた

 月夜に死んだの おかあさん 

 月夜に死んだの 影法師

 月夜に死んだの 黒い太陽

月夜の影法師 
三回 死んだ    




うつつ と リアル


弌 白いぺいかん と 赤い験の羊 

白いぺいかん と やってきた
ぺりかん ではない

空は飛べない
道を這いずり回る イランのタクシー 

ぺいかんタクシー と やってきた
えさは 外国人

どこいくの?
乗っていけよ

メーターはないけど
ほんの気持ち くれたらいいさ

昔住んでいたところに行くの?
道は いくらでもあるさ

山の見える道を目指すのだ
途中に家はみつかるよ
 
一番最初の曲がり角
小さな道を みつけたよ

 この道 羊が歩いてた
 背中が赤の羊の子 一番最後を歩いてた赤い験の子羊だ

 小学校から みていたよ
 赤い験 引き裂いて 首から血飛沫 あげてたよ

 一番最後の子羊が 赤い験の小羊が
 一番最初に死んじゃった

 曲がったナイフの男の子
 血を抜き 皮を剥いでたよ
 
 赤い験をなぞっては
 もも色の肉 みつけてた

 皮 肉 血飛沫 ひとつじゃない
 キャバブ屋までも 歩けない

 血は 土くれに 染みこんで
 子羊 静かに横たわる
 
 草は 血を吸い 土を吸い
 羊達 静かに草を弄った 

この辺でいいかい? 
最後の道を右に曲がればいいんだな
青い5ホメイニくれ 5万リアルくれ
そうそう それだ お札のこと
戦いあって ガソリンも上がっているからしかたがない
これくらいなら いいだろう?

白いぺいかん 捨てセリフ 
吐き捨てられた 外国人


弍 アガーの緑の庭

アガーの庭に 女がひとり
淡い太陽 溶けた薔薇 トゲを無くして匂い立つ

 青く色づく 水のそこ 桜桃 ひとつくださいな  
 真夏の空に溶けだした 淡い太陽 くださいな 

 桜桃もいで 口にした 
 太陽のひび 口にした
 
 アガーはケチャール〜はげ頭〜 光らせた
 薔薇の木陰で 光らせた

 桜桃 うばわれ 領土 あらされ
 2階にやってきた 
 
 アガーは 茶色い眼 光らせた 
 ほんとは 茶色い水が目当て 

 揺り椅子座って うたた寝してた
 ロシアを夢見て うたた寝してた

 白髪のハヌーン  闇の中
 アガーの庭見て  闇の中

 薔薇の木陰は アルメニア
 家の暗闇 ロシア領

 赤鼻アガー 茶色い水飲み 踊りだす
 手を広げ 空と水 行ったり来たり 低空飛行 
 
 にごったグラス うたかたのひび 
 わし鼻広げ 飲み干し いった  

 緑の庭で  
 わしの桜桃 食べてはいけないよ  

アガーの踊った部屋は今 
白い大理石に覆われて  

柔らかソファでお昼寝だ 
新しい住人 お昼寝だ
 
ベランダからみた 緑の庭
淡水溶けた太陽 うたかたのひび

アガーの庭の うたかたのひび
淡い太陽溶けだした 薔薇と飛沫 はじけとぶ

青い空から切り取って  
淡い太陽溶けだした 薔薇の花 ひとつ くれた

空っぽプールの隅っこ
さっかあのぼおる みつけた
 

参 土漠巡り  
 
昔 歩いた 坂道行く
 下ってるのか 登っているのか 
 
昔の写真が道しるべ うすらとぼけた道を行く 
5万のリアルに うつむいて とっとと 夢道歩き出す  
  
写真とうつつ ひとつになった その刹那
そこ ここ あそこ を 行ったり来たり 
  
みどりになった門 と もも色だった門 を  行ったり来たり
そこ ここ あそこ を 行ったり来たり 
  
女は ひとりとふたりを 行ったり来たり
うつつ と リアル を 行ったり来たり
 
ブザーを押した 
あなたはだあれ? と 老女の声 

昔の自分
知りませんか? 

 千年少女が
 門のあちらで地獄耳
 
 窓いっぱいの銀紙で 真っ暗やみの家の中 
 ひとりぼっちでひとっぷろ 地獄の釜でひとっぷろ 
  
後でおいで 
と 老女の声
  
きびす返して 土漠巡り
盛り土の下には 何がある?

地下へ続く 穴穿ち 
弾丸列車が走ってた 

盛り土の向こうに おもちゃの要塞 みつけたよ
おもちゃの兵隊 みつけたよ

 赤い弾丸ばらまいた  
 おもちゃの兵隊 今 ここに

 闇を犯した おもちゃの飛行機
 今 そこに 

 兵隊さん 赤いてんてん 発射して 
 だふっだふっ と うめいて いっちゃった 
 
 天にばらまかれた赤い種
 闇に紛れて いっちゃった

 てんてんで はじまり だふっだふっで おわり
 たたかいがあって やみがあって また たたかいがあって

 空の闇
 少女の赤い血飛沫 飛び散った
 
 灯火管制 闇の中
 てんてんとだふっだふっが消えないうちに 数えたよ

 てんてんてん・・・ いま いくつ? 
 だふっだふっ だけじゃあ わからない

 てんてんてんまで 
 だふだふだふに と おいかけっこ
    
おもちゃの要塞 飛び出して 
カラシニコフの兵隊さん ここを とっちゃ駄目だと兵隊さん 

帰るなら そこの女  
棘のない薔薇 忘れないで
 
魚眼レンズのカメラは
きびすを返して 丘を去る

黄色い花が 乱れ散る
地獄の釜まで あと少し
 
山の向こうも 曇りがち
天使の梯も 降りてきた
 
うっかり 天使が落ちてきた 
てんてんてんから落ちてきた

梯の上まで 這い上がる? 
雲の切れ間を よじ登る?

 そこ ここ あそこで 
 だふだふだふに と おいかけっこ

地下の穴から
仕事につかれた天使や悪魔や人間が あふれだす

天使の梯に気付かない
足下の花びらに気付かない

山の向こうも 曇りがち
天使も悪魔も人間も お疲れさま

 そこ ここ あそこで 
 だふだふだふに と おいかけっこ

歩道橋の上 歩いたら 
リアルをくれ って  

チャドールの母親が
しわがれた手を差し出す

子供は 反りくりかえり
チャドールの母親は 下を向いたまま 

歩道橋の下では 募金ポストがお出迎え 
四角い口 開いてお出迎え 

見えない行く先に 
リアルをくれ って

わずかのリアルを
下を向いたままの しわがれた手に渡すのだ って
 
昔は よかった などと口が裂けても言えない
リアルは王様のポケットに向いたまま

今はよかった などと口が裂けても言えない
リアルは見えない行く先を 戦争の核心に向けたまま
 
歩道橋の下 
リアルとペイカンが去って行く


四 ひょうたんのそこ

老女の家に舞い戻り
もう一度 ブザーを鳴らす

老男が出てきた
入っておいで

女よ
少女が待っているはずだ

そこは水の化身 竜の住む館
家族のたったひとつの箱庭の神殿

女は 神話になった
かつての戦さ火を あぶり出す

 赤いてんてんが 墨絵の空を駆け巡り
 火花になって 散ってった

 そういえば 
 兄は 竜が空を翔んでた と言ってたな 

女の話に 竜も天使も悪魔も いない
うつつの人の繰り言と かみひとえ

台所に 母はいない
バンダルアッバスの海老の殻を剥く 母はいない

部屋の窓に 銀紙はない 少女もいない 
老女のはいていた ぱんてぃーすとっきんぐ が瀕死で横たわり 

形状記憶 の ふともも 
老女の下半身の抜け殻 が干からびている

灯火管制の闇 もない 
闇の中のロウソク もない

爆撃の後 ベランダで聞いた
アローホアクバル〜神は偉大なり〜 もない

ベランダには雪もない
父と雪かきした 雪掻き棒もない

ティ厶サル〜将軍〜黒いむく毛犬〜 もいない
庭のひょうたん型の水たまり が干からびている

三毛のペルシャ猫 もいない
目の回りをもも色にはらせて 歩いていったっけ

女は ベランダのうつつから ひょうたんの水たまりをみて 
魚眼カメラは ひょうたんから うつつをみて

うっかり ひょうたんの水たまり 抜きとった
兄は ひょうたんの中に飛び込んだまま 浮かんでこないまま

うつつに竜がみえると いっちゃった 
リアルな 箱庭の病院に いっちゃった

いっちゃった いっちゃった
みんな みんな いっちゃった 

なくなった なくなった
みんな みいんな なくなった

ひょうたんのそこに 
竜と一緒に いっちゃった  

 うつつ と リアル 
 そこにある? 











爪痕


ニューヨーカーが噂する
善と悪が一つに核融合される時がきたと
イランの核と人格を否定し
歴史に新しい核の爪痕を残すのだと

世紀末にくるはずの大魔王がへたり牛をほおふりながら
少し遅れてやってきた
白い神殿で戦いの錬金術を使い
この世界もへたらせようとしている

大魔王を狙うテロリストを血眼で探し回り
腹いせにバクダットを引っかき回す
白い宮殿の回りに嘆きの壁を張り巡らし
神の名において 悪を善にかえると宣言した

嘆きの壁は世界の至る所に立ちはだかる
もとは一つのパレスチナとイスラエルの神はどこに行ったのだろう
三十八度の境界線で引き裂かれた北朝鮮と韓国は
どこに行きたいというのだろう

東と西を壁に引き裂かれていたベルリンでは
金づちを手に手に
まともに吸い込んだら死に至る病にもがきながら
人々は アスベストだらけの壁に風穴をあけた

戦いに明け暮れた日本では
炭坑に穴を掘ってもがいていた
爆発事故で生きながら扉を閉められ死んで行った
人々の生爪は 今も扉に食い込んでいる

扉の向こうに届くように 
今でも生爪は食い込んでいる
強制労働していた人達は
今でも扉が開くのを待っている

広島と長崎では
原子爆弾の一瞬の光に照され
閉じたい扉を吹き飛ばされた人々は
暑いきのこ雲の傘の下で 黒い雨に濡れた

皮膚は日焼けでずる剥けだ
髪は逆立ち びっくり目玉は飛び出した
それを見ていた大魔王は
腹を抱えて 悪を善にかえたと宣言した

原爆で焼け残った壁に
焼き付けられた人は無言で語る
壁の向こうに届くように
爪を立て 今も暑さにもがきながら

原爆で焼け残った壁に
焼き付けられた人は無言で語る
壁の向こうに届くように
爪を立て 今も暑さにもがきながら
[PR]
# by akikonoda | 2006-08-10 21:32 |