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『どろん虚』

弍 核戦争とタマゴーグ

 核戦争の噂が跡を立たない。道造とおばあの住むタマゴーグにも、デマゴーグのように、毎日、そのような噂が届いた。

 核を保有する、イスラエル対イラン、シリア、レバノンといった中東の国々がお互い使うか使わないか、せめぎ合っているのは言うまでもないが、インド対パキスタン、北米対南米、日本と近隣諸国の軋轢もピークにさしかかろうとしていた。統一されたばかりの、北朝鮮と韓国が、間を取って名付けた『大韓朝国』が、北朝鮮時代に開発された核技術と、韓国が米国の実質上の支配から独立して、独自で発展し続けた陸海空の軍事力が合わさって力をつけたことに、危機感を持った日本は、米国の確約を取って、ついに核を持つに到った。
 それに反発した中国は、大韓朝国との繋がりを強化していったので、日本海に面した大陸全域が、日本を取り囲むように牽制し始め、ますます孤立するばかりの日本なのであった。
 中近東のように隣接しておらず、海が国を隔てているので、辛うじて戦争に発展することは免れていると言う観であった。
 安倍川現首相は、消費税率引き上げを含む税制改革を掲げ、国民から吸い取ったお金で、更に軍備を強化する方針を打ち出し、教育改革にも乗りだしていた。お婆から吸い取られる米と同じように、小さな政府を目指した政権はどこまでも貪欲なのだった。サイバー大学を更に充実させ、サイバーテロ集団を密かに大陸に差し向けようとしているとのデマゴーグも飛び交っていたが、紳士的な語り口が老若男女にそれなりに支持されているらしい。大衆迎合主義とも言われていたが、大衆吸収主義とも言えた。また、安倍川首相は両手を万歳して、演説することから、万歳首相と言われていたが、お手上げ首相と揶揄するものも少なからずいた。
 さらに、米国からはホールドアッププライムミニスターと言われていた。世界の保安官からの脅しに弱いからだ。昔からあった狂牛病はもちろんのこと、遺伝子組み換え牛や羊、その他の動物を食肉として米国から受け入れているのは、日本だけなのだ。そのうち電気牛だって買えと言えば買うに違いないと侮られていたのだった。
 どんどんものを買うべきだが、そのものを買う行為はそれぞれ買うものの自己責任である。そして、ものを買う為に、御国の為に働いて、美しい日本の魂を取り戻すのだ。が、万歳首相のスローガンだった。
 さて、美しい日本の魂はどこにいったのだろう。田んぼの泥を見ながら道造は考えた。どろんこの田んぼは街中から排除されて、土地は車や人が行き交う硬い物質に覆われている。
 街はこんなに美しいではないか。と思う道造であった。美しい人や車が通り、美しい音楽があり、美しいビルが聳えている。そこにあるかないかわからない魂を美しくといわれても困る。と思った。街には、お婆のように、しわがれた人はほとんどいないし。どことなく、空々しい硬質的な美しさでもあるが悪くない。萌え学的には、アンドロイド派を連想させる。美しく強いそれは、戦闘タイプと介護タイプにさらに分類されるのだが、そのタイプは、道造の目指すものではなかった。どちらかというと女神派か哲学派を追及して行きたい道造には、少し、東京の街の素材は硬質すぎた。ヨーロッパ辺りなら、道造の研究は花開く気がした。それも、南ヨーロッパが程よくいい。やはり、野菜や草花に限らず、萌え出ずるものを感じさせるものには、新鮮な素材のそろう穏やかな環境が必要なのである。
 ここでは、泥の中の蓮を探すことなら出来るかもしれないが、それは、道造にとっては、絶望的なこと、夢の中でしか起りえないことなのであった。泥にまみれたレンコンならあるがな。と道造は思った。もちろん、あばただらけで、穴あきで、すかすかの骨粗しょう症気味のお婆のことであるが、自分も、お世辞にも蓮の花とは言え無かったので、泥の中でじっと大きくなるのを待っている、いってみれば育ち盛りの大穴を狙うレンコンなのだった。

 皮膚のアポトーシス(自死)を促進させることによって、逆に活性化を促し、皮膚をある程度若がえさせられる方法を見つけ出した人類は、その技術の恩恵を受けた人々に限って、見掛け上は、5,60才位で、なんとか老化を押さえることが出来るようになったのだった。内部組織については、まだ開発が続けられているが、ゆくゆくは、内臓にも、ある程度の成果は見られるようになるのではないかと言うのが、一般的な見解である。
 道造のお婆は、それこそ、タマゴーグに打ち込んでいたから、そちらにかける余裕がなかったらしいので、皺は増え、枯れていくばかりであったが、もともと、それほど、美しさに対して、無頓着なのだったから、仮に余裕があったとしても、その恩恵を受けようともしなかったのではないかと思う道造であった。
 お婆の若い頃はどんなだったのだろうか。想像するだけで、寒けがした。しかし、道造は、彼女無くしては、存在しなかったのだから、それは、考えないことにしていた。道造の父親の母親であるお婆は、父親とは似ても似つかない顔だったと話してくれた以外、その面影を想像する術すら無い。写真や映像らしきものを残そうとしなかったお婆の過去は、誰かの記憶の中にしか、残らない代物なのだった。父親には、お婆との付き合いが長いこともあって、そこそこ記憶も残っていたであろうが、今はその父親もいない。
 卵の殻を剥いた、のっぺらぼうみたいなものだな。と道造は思った。過去を無くしたのっぺらぼうだ。何もないのではなく、しわくちゃになって、そののっぺらぼうな部分さえ見えなくなってしまっているが。

 今日も変わらず田んぼに出ている道造は、自分が、なんだか街のなかの巨大な水たまりにはまり込み踠く一匹の蚊か蝿に思えた。とすると、街を行く人達は、蝶かトンボか。
 とりあえず、しぶといので、泥にまみれても、底から這い上がってしまう、かえるぐらいにはなりたいものだと思った。蓮の花に見とれて、蓮の葉に憩うかえるになりたい。と、道造は、白昼夢を果てしなく膨らませていった。
 そんな道造かえるは、田んぼで餌を見つける為でなく、稲を見守る為でなく、田んぼの中にある、微生物を摂取する為に這いつくばっていたのだった。サンプリングして、研究に生かすのだ。今まで独自に研究していた自己増殖を繰り返す菌類や、このとろとろの泥に含まれた微生物のメカニズムを応用して、どこでも、栽培できる植物をつくるのがその主な目的であるが、どんな過酷な場所にでも耐えられる環境を見越しての研究であった。なぜか、自分には時間がない気がした。
 デマゴーグが飛び交うから、気になると言うことももちろんあるのだが、何か虫の知らせと言うようなものが、疼いているようなのだ。早くやれ、早くやれと、腹の中の虫が騒いでいるような気がしているのだ。自分とは違う次元で、何かが蠢いているらしい。
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by akikonoda | 2006-08-28 12:40

『どろん虚』

           弌  田んぼと卵の家

 道造は田植えをしていた。
 思えば、随分長い間、色々なものに飢えてきたのだが、やっと自分の田んぼを手に入れたのだった。
 もう昔のように動けなくなったお婆に頼み込んで、道造が大股であるいて何十歩くらいの荒れ果てた土地を手に入れたのだが、お婆は、米の出来の十のうち八をよこせという条件を出してきた。何もないよりはましなので、その条件を道造は呑んだ。それもお婆がくたばるまでの辛抱だ。と思ったからだ。お婆には、道造しかよりどころがない。道造から、年貢をとる、小さなお上が出来たと思えばいいのだ。小さいが取り分はやたらとでかいのが、玉に瑕だが、しょうがない。
 田んぼの周りは道が整備されている。犬の散歩をしながら、ウォーキングをしている人がいる。すぐ横には空港もある。昨日の夜は、近くに拉致工作員が出て、航空自衛軍が出動して、小型船を撃ちまくり、海の藻くずにしてしまったと、もっぱらの噂だが、本当のところはどうなのだろうか。だいたい、なんで拉致なんかするのだろう。自分たちに都合がいいように改造するのが目的だとしても、何か腑に落ちない。道造だったら、その目的を達成する為にロボットを作る。と思った。万が一、道造が拉致されたとしたら、ロボットを作ってやるのになとも思った。こんな自分で良かったら、どうぞと言う感じがした。連れ去られた場所にお金が潤沢なら願ったり叶ったりだ。ロボット開発の手間が省けると言うものだ。
 しかし、道造がいなくなっても、誰も気づかない気がした。お婆は、今でも自分のことしかしないし、道造と会話をするわけでも無いので、お互い一人暮らしのようなものだ。

 それにしても、この田んぼだけ、時間が止まってしまったようだ。
 何万年も前から。
 なにしろ、弥生時代から続いてきたのだからな。
と、しわしわの口元を歪ませながら歯のほとんどないお婆が、にっと笑っていったのは随分前のことだったか。一年か、十年だったか?それ程、笑うことのない人だった。
 それを見て、道造は、やせこけた大地でもとれる、小さく、柔らかく、歯のない老人や子供が食べなくても栄養を確保できるような究極の植物を学生時代に研究開発していたのだが、その中のトウモロコシ型新種を思い出していた。
 小さいトウモロコシの皮を剥くと、ぼそぼそした白や薄い黄色の実が所々抜けている端っこの方などが、お婆のぼこぼこの顔面に見えてくるのはなぜだろう。それもしばらくほったらかしにされ干からびかけたやつだと質感が妙にリアルで、思わず、地面にたたきつけたくなる自分を押さえなければならない程だった。
 ちょっと火であぶったらそのまま弾けてポップコーンになりそうだった。それならまだ食えるというものだが、道造のお婆は食えないやつ、筋金入りの食えないお婆なのであった。
 それはさておき、道造は、ひょろひょろのトウモロコシの毛も人間の髪の毛の代替物の繊維として、今も開発中であるが、人間が食べると言う行為をする前に、究極的な構想として、人間の肌に触るだけで、その部分と融合できるようなもの、しかもアレルギーを起こすことなく、免疫系に優しいといえる作物を研究しているのだが、まだ研究の初期段階で、実用化までは、はるか遠いのであった。
 死んでしまった細胞である髪の毛くらいは少なくとも自分が生きてる間には実用化できるのではないかと専ら力を入れているところである。髪でお悩みの老若男女に朗報をもたらせることを、本気で考え続けている道造であった。

 それにしても、荒れた田んぼをよくここまで、とろとろの泥にしたてたものだ。道造は思った。
 道造は、あるサイバー大学の卒業生なのだが、そこで習ったことが、ここにきて役に立とうとは思いも寄らなかった。道造は、農科学、脳科学、経済学、生物学、ロボット工学、心理学、考古学、それに萌学をそこで学んだ。
 市民大学のように、学部など取っ払った、なんでも学びたいものを学べるシステムが気に入っていたし、何より、知りたい時にコンピューターでいつでも知れるタイムラグの無さが道造の性分にあっていたし、よっぽどのことが無い限り卒業できるのもよかった。
 学生時代に両親が亡くなって、一人っ子の道造は、お婆にやっかいになっていたが、お婆は、息子夫婦が残した道造にお構いなしで、今までの自分一人の生活のリズムを守り続けていたので、道造はうるさく言われることなく、怪しげなサイバー大学に熱中出来たわけだ。学生時代は両親が残してくれた少ない保険金でほそぼそと暮らせたのも、せめてもの救いであったが、本当の一番の救いは萌学であった。
 学位を取っても、皆から変態と思われるだけだったが、本当に好きなことは、誰に理解されなくても成り立つものだと自負しているので、それは、いまでも道造の喜びの一つだった。何しろ、お婆と対極にいる可愛いキャラには本当に心救われる。地獄蒸しの卵の家に天使とはこのことだ。卵のようにつるつるした肌にきゅるるんとした目と可愛くふくらんだ柔らかい砂糖菓子のような身体が手に入るのだったら、もうどこかの誰かに卵ごと蒸されてしまっても構わないとさえ思った。その子にかつて珍重されたと言うメイド服を着せるだけで死んでしまいそうだ。
 いや、それか、今巷で見られるイスラム系の隠れた衣装もいいだろう。あの可愛いつぶらな瞳が、薄いベールの向こうから道造を見ていると思うだけで、蒸発してしまいそうだ。もしイスラム系なら、絶対手に触れては行けないのが、萌え学の美学だ。何かを手渡す場合は、必ずスプーンでやり、男性が女性に口をきく時は舌を見せてはいけない。セクシャルなイメージを醸し出すから手で口を覆って語り合うのが掟なのだ。 
 いずれにせよ、自分が食べて行けるだけの研究ができるようになってから、そちらの研究に、全身全霊没頭したいと切に願う道造であった。

 道造に、この田んぼを辛うじて任しているが、他にお婆の持ち物といったら、田んぼの横にある小さな卵形の超合金と超プラスチックの融合した家だけだ。この変わった形の家は、「egg raft(卵船〜らんしゅう)」と言う名で船出したが、巷では、「タマゴーグ」と呼ばれることの方が多かった。
 どんな衝撃にも堪えられ、原子爆弾や水素爆弾が落ちても、その殻は強く壊れないと言われているが、不必要な衝撃を受ける前に反応して、地中深く潜り込むというその性能に目をつけた若い頃のお婆は、全財産をつぎ込んで、その神のお告げで見つかった岩のような、太古の恐竜の卵のような、タイムカプセルに乗り込んだのだ。卵形の暗闇の中、ひっそりとなにかに祈るつもりがあるかどうかは、想像に任せるとして、シナゴーグでなく、このタマゴーグは、さしずめ、現代のノアの箱船と言える。水に浮かぶのではなく、地中深くに潜り込み、お婆と、その遺伝子を受け継ぐ孫息子も辛うじて乗れるか乗れないかの小さな箱船だ。
 まだ幸いなことに、神のお告げも、原子爆弾も水素爆弾も、世界戦争も起ってないので、そのまま、田んぼの横に静かに横たわっている。
 しかし、もしもの時は、生き残りたいものだと道造は思った。とりあえず、道造くらいだったら、飢えないくらいの米を蓄えておけば、ついでに乗っけてくれるかも知れない。そして、地上世界のほとぼりが冷めたら、原子時代をくぐり抜けたアダムとイヴの物語を作り始めればいい。 
 今、世界中で少なくとも100戸は卵型の家は売れていると言うから、なんとか、その中から自分のイヴを探せる可能性もないとは言えない。そう言う時だからこそ、深く深く泥の中に入った卵の家のように、どっぷりと愛につかれるに違いない。道造とまだ見ぬその人の他には何もなく、誰も見当たらないのだとすれば。
 そこで萌え学を昇華させられれば、もし、そこが泥地獄の底だとしても、道造にとっては天国になる気がした。もちろん、お婆はその地獄に耐えられず、御陀仏というのが自然の流れなのは言うまでもない。

 確かに、見れば見るほど、卵という形は、このずぶずぶの泥だらけの田んぼにもぐりやすそうだった。
 田んぼの周りは最近開発された熱い時は涼しくなり、寒い時には温かくなり、暗いと明かりを灯す硬い物質で覆われて固められているので、車や人にとっては便利になったというのに、お婆の田んぼだけ、どうも、周りの環境にそぐわない。わずかに生き残っている蝶やトンボはやってくるのはまだいいが、蝿や蚊も繁殖し、都市計画開発部から、都市衛生上良くないとして、ブラックリストに載せられているのだが、それもお構いなしなのだった。
 お婆が、何万年前からあった田んぼを残している理由は、その卵形の家の唯一の逃げ場を確保する為であった。決して昔を懐かしんでいるわけではない。蝶々を愛でているわけでもない。近所でも風狂なお婆としか思われていない道造のお婆だが、未来を見越して、微妙な生き方をしているのだ。
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by akikonoda | 2006-08-21 19:06 | 小説