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『宣教師さびある』9



おじさんが、徐に包丁を白い布巾に包み込むのを見て、さびあるは思わず言った。


おじさん、其の磨きあげた包丁をどうするのですか。


おじさんは、答えた。


納めるだけさ。


何にですか。


ここにさ。


と、言って、おじさんは、自分の懐に、包丁を納めた。


おじさん。
何を考えているのですが。
僕には何がなんだか理解できません。


そうだろう。
お前には、解らないことが多すぎるのだ。
実は、俺にも、他の誰にも解っていない事かもしれないがな。


おじさんは、窓枠ににじんでいた赤い夕日を解放するように、小さな丸窓を開けた。

今しがた切り裂かれた喉頸から、赤い血が飛び散るように、目に染みてきた。


なあ、さびあるよ。

お前の父親が死んだ時も、ちょうどこのような赤々とした夕日が沈んでいたのだよ。

お前の父親はな、「市場」の連中に引きづり込まれ母親がつるされているのを、今のお前みたいに、まぶしそうに、そして、いぶかしそうに見ていた。

吊るされた牛が、肉になる過程を見るように。

それを見ている、俺も、また其処にいた。

お前の母親は、そんな俺たちを、乱れた髪の間から、紐にくくられたローストビーフみたいに、じいっと、見開かれたまなざしで、ただじいっと見ていた。

吊るされたものには、明らかに、何かが宿っていた。

お前だったか、何だかわからないもの。

それは、今でも、俺にも解らないものなのだが。



そもそも、なぜ、母は「市場」で吊されるような事になったのですか。
父がそこで死んだというのも、何が何だか解りません。



お前の母親が「市場」の掟を食べてしまったからだ。


おじさんは、徐に言った。



その「市場」の掟とは、一体何なのですか。



お前やおれを形つくるもの。
少なくとも、お前が何で出来ているかが解れば、すこしは見えてくるだろうが。
たとえば、さびあるよ。
俺たちは、食の神様の為に生きているようなものだと考えたらどうだろうか。
食の神様は、何だってほしがるのは知っているだろう。
お店、お金、時間、人、とりわけ、食べられるもの、食べられるためならなんでもいいというような、平等性を備えておられるといった信条をお持ちだ。


ええ、確かに。
食の神様は貪欲としか言いようがありません。


そうやって食の神様は、世界中に貪欲なまでに広まっていこうとしているのだ。
「市場」を拠点にしながら。
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by akikonoda | 2008-09-22 12:18 | 小説

『宣教師さびある』8


おじさんは、突然、我に返ったように、さびあるに言い放った。


ああ、こうしてはいられない。
おまえとこうして一緒にいられるのも、もしかして、そんなにながくはないかもしれない。
支度をしなければいけない。
それだけ、「市場」は出入りしにくいところというのを、おまえにも理解しておいてほしいものだ。


はあ。
私の母親がそこからなかなか帰ってこないのも、そういったことが関係しているのは私なりに解っているつもりですが。

別の意味で、私のようなものは、なかなか、入りづらいということなのでしょうか。

それに、一体、どういった支度をすれば良いのですか。

もっと、具体的に、教えてください。


さびあるは言った。



まあ、今更、支度を焦っても、どうしようもないのは確かだがね。
とりあえず、お前は、いつも、突拍子の無い事をして、わかっているようなことをにおわせはするが、その実、まだ何も解っていないのだから、其処のところをわきまえるように。
ということだ。


おじさんは、笑っているとも、泣いているともしれない、何ともいえない顏をして言った。



さびあるのおじさんとさびあるは、店を徐に片付け始めた。


いつ帰ってくるか解らないのでね。
しっかり、片付けておかなくてはならない。


おじさんは、先の細く光るさしみ包丁を砥石からすこし話し刃物を細めた目でみながら、さびあるに言った。


さびあるよ。
市場に行く前に、お前に聞いておきたい事があるのだが。
お前の父親、つまり俺の兄について、お前の母親から何か聞いていなかったか。


包丁をまた砥石に押し当ててさびあるの声を待っているようであった。



はい。
父親もまた市場に出入りしていたと言う事しか、これといって聞いておりませんが。

さびあるも、よごれたところがないか、手ぬぐいを、まめに動かしながら言った。


そうか、それなら、いい。


おじさんは、今度は、包丁を店の隙間からこぼれて来た夕日を薄切りにするように、まな板の上に手早く置いた。
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by akikonoda | 2008-08-23 17:50

『宣教師さびある』7



さびあるよ。

おまえもアシュランを知ったついでに、このことも知っておいたほうがいいだろう。

この前、何百年と続いている老舗の和食屋がつぶれたろう。

産地を偽装したとか、残飯を再利用したなどと騒がれていたやつだ。


ああ、はい。
おぼえています。
うちにも調べがこないかと内心ひやひやしてました。
つかいまわしは、おてのものですから。


まあ、そういうことはさておきだ。
あれはな。
アシュランやその向こうに控えている白々しい人たちが、あの店の跡地がほしかっただけだということを、さびある派の長老はおっしゃっていた。

なんといっても一等地で、利便性に優れている良い場所だし、和食の権威だからね。
世間にはあまりよいとされない噂を流すだろう。
それからとことん地におとしめ、困っているところを乗っ取っていく。
彼ら、彼女らにお金や食を提供しない、わるい奴らだと言ってね。
自分たちは、そうやって土地を安く買いたたいて、都会の一等地に店を出していくのだよ。


うちも、比較的、良い場所にはありますからね。
彼ら、彼女らに狙われていたと言う事なのでしょうか。


まあ、その可能性はある。
つぶされた次に店を構えるものをよおく見ておけよ。
彼ら彼女らが、その奥で動いて絡んでいる可能性は、格段に高いのだということを知っておいてもわるい事ではないしな。
彼ら彼女らは、次なる目標を定めて、この店やこの周辺の下調べをしに来たと見えない事も無い。
彼ら彼女らは、リサーチが好きなのさ。
調べて調べて、穴を探しているのさ。


うちの店なんて、穴だらけですからね。
追い返すなんて、おじさんは、さすが先見の明がある。


まあ、そういうことだ。
穴を隠すのに、力を割いている余裕など、うちには無いのだ。


しかし、ああいった店は、単価がかなり安いので、あまり、もうけには繋がらないのではないですか。


更に上を行く安さで、先物取り引きと言うものでただで、いやただというより異常に市場でもうけるように操作した後に、買い占めているから、大丈夫と言う訳なのさ。
色々、便宜を図ってくれる、上のものや、裏のものがいてね。
税金等は、払わなくていいように、ちゃんと手はずは整えているし、交通費も自分たちの息のかかった交通網をはりめぐらして、その費用や労働力を払うのは、関わっていない一般の人たちというわけだ。


それを食べる人の健康の安全性というよりももうけの安全性をとるのが彼ら、彼女らのやり方なのだ。
たとえばだ。
機械化された大農場でつくられた農薬まみれのジャガイモのことは世間でも良く言われる事だがね。
更に輪をかけて、放射能をあてて芽がでないようにした究極の保存食のばけものになってしまったジャガイモなども、つくられているというから、長老達に聞いたときは驚いたものだよ。
おれたちよりも、食の神様に、近いとさえ言えるかもしれない。
時間を先延ばしにしたりできるなんて、ある意味、神様みたいなものじゃないか。

短い時間しかかけずに、カラッと揚げて、

おまたせしました。

と、にこやかに笑って手渡されたものは、一般の普通のものよりも腐りにくく、存在時間を先延ばしにされた代物なのだ。

そうして、腐りにくい、同じ店がどんどん増殖されて、もうけの安全性は更に増していくと言う訳なのさ。

おれとしてはね。

産地の偽装の事件よりも、放射能を浴びて成長を抑制された美しいまま保存が利く干涸びないミイラとなった代物を、にこやかに人形のようなまなざしで、コマーシャルに出てくるような、美しい娘に差し出されている事態の方が、受け取りがたいものなのだ。

にこやかに、

死んでください。

と言われているような気もしないかね。

お前に言わせれば、おれだって同じようなものだろうがね。

店のがりに手を付けようともしない客もおおいのでね、しょっちゅう、使い回しているが、あれは、きっちり、酢や砂糖でしめたものだから、放射能なんていらないがね。


いいかげんにしてくださいよ。
おじさん。
つかいまわしもほどほどにしてくださいよ。
それも、本当かどうか、ぼくは確かめにいきたいのです。
市場を司るという長老達は、一体、どこまで、そういった実態を知っていると言うのですか。


俺も実際よくわからないのだ。
それにしても、もったいない話は、まだまだ、つきない。
人の金を使い回して、経費で落としているものたちに食べさせるなんて、もったいない。もったいない。ああ、もったいない。
レシートさえあれば、何でも、経費で落としてしまうことができる世界に生きているものには、ぴんとこないことだろう。
ああ、もったいない。
罰当たりものたちだ。

レシートを切るだけで、ぼくには、ちっとものこらないので、もっと、ピンと来てない気もしますがね。
もったいないのも、よくわかりますがね。
おじさん。落ち着いてください。
なんだか、いつもより、ちょっと変な感じですよ。
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by akikonoda | 2008-06-03 08:18

『宣教師さびある』6


 さびあるが、おじさんと市場に出かけようと支度をしていると、二人の凸凹の男女が、店の暖簾をくぐってやって来た。


 背の高いやせた男の方が、さびあるとおじさんに徐に語りかけた。

 
 地球の食の安全と質を守るアシュランから派遣されてきたものですが。

 
 おじさんが虚をつかれたように、立ちすくんでいた。
 おじさんが少しだけ震えているように、さびあるには見えた。


 続けて、背の低いふくよかな女の方が言い放った。


 あなたがたの店に、☆か○か△か×をつけにやってきました。


 さびあるは、おじさんからアシュランの抜き打ち検査のことを、以前聞いた事があったので知ってはいたが、


 よりによってやっと市場に連れて行ってもらえそうな今日来ることもないだろう。
 しかも、細かいような、ずぼらなような評価のような気もするが。


 等と内心思ったが、口には出さず、おじさんがどのように答えるのか、固唾をのんで見守っていた。

 
 うちには、あなた方の舌をうならせるようなものはありませんよ。
 帰ってください。


 おじさんは、どこか震えながらも、きっぱりとした口調で言った。
 

 私どもは、そういった事を求めて来たのではないのです。
 食が安全か、質が保たれているかどうかが問題なのですよ。


 アシュランの男が言った。

  
 ええ、そうですとも。
 私達は世界の食と安全を保障する機構、機関なのです。


 アシュランの女が言った。


 さびあるのおじさんが答えた。


 今日は、残念ながらお休みなので申し訳ありませんが、お引き取りください。


 それでは、日を改めまして、また。


 二人のアシュランは、何事も無かったように、あっさりと帰っていった。



 おじさん、あの人達は、一体、何をしにきたのですか。


 さびあるは、おじさんに聞いてみた。

 おじさんは、店の暖簾を下げながらすこし低い声で言った。


 そうだな。
 あの人達は、食の安全を守ると言いながら、格付けをしにくるだけなのだよ。
 自分たちの都合のいいようにな。
 たとえばだ。
 何でも無い、同じくらいの味で、同じくらいの葡萄酒があるとするだろう。
 それに、自分たちに食と金を払ったものだけに高い格付けをするのだよ。
 食と金額の差によって、格が当然変わってくるのは、市場知らずな、お前にだって解るだろう。
 

 1999年の世紀末のワインは、実に耽美的で血塗られた戦争と白と赤と黒の薔薇の味がする。
 ☆3つ。


 と言うのは別に構わないがね。

 ☆3つ。

 と格付けされることによって、同じような質と量のものであっても、値段に雲泥の差がつくだけの事なのだ。

 たとえ、そこいらで吸い取ったぎらぎら虹色に光る黒い水であってもね。
 
 雲泥の差はつくのだよ。

 値段を決めるものが、雲泥の差を決めるだけでね。

 そうして、その雲泥の差は市場の中心を大手を振って主流となっていくだけなのだよ。 

 うちはまだ、市場に傾れ込むような、大きな店になる必要は無いと思っている。

 また、そうなっても、俺は実際困るのだ。

 食は金なりと言うのも、理にかなうとは思うのだが、何より、食の神様との静かな対話のようなものが出来なくなるのも事実でね。

 俺がいなくなって、お前にその力が備わったとしたら、また、どこからともなくやってくることになるだろうから、その時は、お前が選べば良いだけの事だ。

 嘘でも本当でも、格付けの中に、飛び込んでいけば良い。

 飲むか飲まれるかは、お前の自由なのだ。


 さびあるは、おじさんの話に耳を傾けながら、ひとつだけ聞いてみた。


 おじさん。
 この店の評価は一体なんだったのでしょう。


 おじさんは、暖簾を巻きながら、振り向いて言った。


 そうだな。
 なんでもない。
 と言ったところだろう。
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by akikonoda | 2008-05-27 14:01

『宣教師さびある』5



 さびあるは、おじさんに言った。


 おじさん。
 僕は、その市場というものに行ってみたいのです。
 行ってみないと分からないと言うならば、尚更なのです。


 おじさんが言った。


 さびあるよ。
 お前が、市場に行きたいと言うなら、私が連れて行ってあげよう。
 お前も、市場の事を、知っている方がいい時期であろう。



 さびあるは、寿司を握っているとき以外は、あまり、外へ出ることもなかった。


 食は金なり。


 と言う、さびある派の言葉に沿った、毎日を送っていたからだ。
 食べる事と仕事と時々の休息が、さびあるの中で、交代にやってくる毎日なのであった。

 市場に行く前に、外の事をほとんど知らないのであった。

 
 今日は、ちょうど市が立つ日だ。
 お店は、休みにして、お前も市場へ連れて行こうと思う。
 どうだね、来るかね。
 さびあるよ。


 ええ。
 おじさん。
 もちろん、もちろん、行きますとも。


 さびあるよ。
 それでは、市場に行く時に、知っていなければならない幾つかの事がある。
 それを頭に入れておいてくれ。


 おじさん。
 僕のおじさん。
 いったいそれは、なんなのですか。

 
 お前の身体に染み込んでいる言葉のはずだ。
 

 もしかして、「食は金なり」ですか。 

 
 まあ、その通りなのだが、その続きがある。
 「食は金なり、金は食なり」
 つまり、言葉と言うものは、物事と言うものは、逆もまた真であるということだ。


 はあ。
 まあ、そうとも言えますが。
 では、その他にも何か?


 ラッピングの作法を知らないといけない。


 ラッピングの作法。ですか。


 そうだ。
 俺たちのように食を直接、客に提供し、さびある派の教えを実践するものもいれば、お持ち帰りの食に携わり、教えを実践しているものがいる。
 お前も、一通り、彼らの作法を学ばなければならないのだ。


 そういえば、今朝、僕は妙な夢を見たのですよ。
 自分の排泄物を砂を噛むように口から苦い思いをしながら出すと言う、奇妙な夢を。
 僕はいつも、何かに追いつめられている時に、こういう何とも言えない夢を見るような気がするのですが。

 
 ほう。
 それは、また、変な夢だね。


 そうなのです。
 僕が、大きな屋敷に引っ越すのですが、その中に、大きな庭があるのです。
 そこで以前どこかであった事のあるような気がする女がいて、一緒に「四月の魚」を運んでくれるのです。
 それから、瓢箪の形をした池に、その魚を放つのですが、そこはいつの間にか、魚の見世物小屋か、養殖場になっているのです。

 
 なるほど。
 それから、その魚や君たちはどんな感じだったかね。


 魚は、斑模様のようでしたが、色はそれほどついていないものでした。
 それは、いつのまにかいなくなって、別のところに移されていました。
 見世物小屋のようなところでした。
 たぶん、あれは、水族館なのかもしれません。
 それから、僕は、どこからともなく哀しみがやってきたように、一人だけ入れる、トロッコのように動く、「はばかり」に行こうと思い立つのです。
 そこで、「キンカクシ」のある昔ながらの、しかも木で作ってある清潔なものにしゃがみこむのです。

 
 ほほう。
 それで。


 はい。
 それから、どうしてもしっくりこなくて、排泄できず、「トロッコ」は斜面をスーとなぞるように降りはじめました。
 僕は、横を向いたまま、動き始めたその中で、前後左右を見やるのですが、後ろには、そのトロッコに乗り込むのを待つ運転手のようなものが、終着駅のような山の上り口、いわゆる登山口で待っているようなのです。
 そこで、僕は、耐えきれずに、真っ黒な排泄物を口から絞り出していたのです。
 どこか、やりきれない、砂を噛むような気がしながら。
 いや、未消化のレバーのパテを戻したような、とても奇妙な、後味のわるさを感じていたのです。

 
 確かに、奇妙な夢だな。


 そうして、僕の手の中には、透明なビニールがいつの間にか用意されていて、「それ」を、ベルトコンベアーの流れ作業のように、ラッピングするのを待ち構えているようだったのです。


 そうか、それはある意味で、ラッピングの作法を学ぼうとしているお前の先を読みうる、巷て言うところの、正夢と言えるかもしれないな。
 あるいは、ありていに言うと、自分の吐き出したくなるような、えぐいもの、ここでは「えご」のようなものを梱包する。
 と言ったところかな。
 そのえごを透明な袋にラッピングして持っていく先に、もしかして、市場があるのかもしれないがな。
 


 はい。
 そうかもしれません。
 それから、しばらくして、僕はなんとなく、それが黒々としたゴムの固まりのような気がしてきました。
 噛みきれない、どこか加工物臭いものを感じながら。
 この臭いに耐えきれず、早くラッピングしないといけないと思いながら、なかなか、その口が締まらないのです。
 逆流するしかないような「排泄物」が、あまりに多すぎるのだ。
 と、その時、僕はなんとなく思いました。
 そうして、僕は、うえっとなりながら、夢を吐き出すように、目が覚めました。


 おじさんは、それを聴き終えて、笑いながら、それでいて、神妙に答えた。


 俺達のように、どうしても食に携わって生きているもの達には、往々にして、排泄物が過多な事があるものだ。
 お前は、どうやら、正統派さびあるとしての「夢」を見てしまったようだ。
 
 
 

 





 
 

 
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by akikonoda | 2008-04-13 07:18

『宣教師さびある』5



 さびあるの店には、何台かのパソコンがあった。

 それは、店のメニューを管理するという表立った明確な目的があったのだが、実は、その顧客の身体特徴をつぶさに判断処理し、秘密裏に管理しされている個人の細部にわたった過去データに照合され、更にその場で新たな情報として蓄積されていくようにプログラミングされていたのである。

 。。。。。。。。。


 ナンバー0120003の客

 過去に金銭面でブラックリストに載っている。
 なんでも踊り食いする癖がある。
 

 。。。。。。。。。


 と言ったような生のデータの最重要と思われるものから表示されてくるのである。
 エビや白魚や昆虫や蛇や小鳥を踊り食い(生のまま飲み込む行為)をしているその当人の今まさに飲み込もうとしている画像とともに、寿司を握っているさびあるの手元のコンピーターに表示されるのである。


 食の神様の為にそのデータを集める為とも言われているが、一体どれくらいさびある派は店を出しているのだろうか。


 さびあるは、シャリの仕込みをしていた、おじさんに聞いてみた。


 さびある派には、食に関するデータが必要なのは確かなことでしょう。
 しかし、よくよく考えてみると、その他の生育歴や職業、異性あるいは同性遍歴や事故関連、生きとし生けるものすべてに渡る資料を集め尽くして、一体何に使おうとしているのでしょうか。


 おじさんは、シャリを切るようにしゃもじで混ぜ、もう片方の手で神の手のように優雅に風を送りながら、言った。


 お前は、まだまだわかっていないようだな。
 このコンピュータはだな。
 実はまだまだ、色々使い勝手があるのさ。
 個人のコンピュータには、さびある派の息のかかったものが組み込まれているので、マザーコンピュータにその毎日の膨大なデータは知らぬ間に送られていると言うことなのだ。
 何も、店だけのことじゃない。
 自分だけの為に手に入れたと思っている個人宅にあるコンピュータ、携帯電話、通信機器そのものに、予め組み込まれているものなのさ。
 盗聴、盗撮なんてそんなこそこそしたものじゃない。
 堂々と、データとして蓄積されている。  
 いつでも、コンピュータに監視・管理・監督されているようなものなのさ。
 わかるかい。
 いつでも、どこに行っても、四六時中、見られて聞かれているのさ、金儲けだろうが、裸だろうが、密談だろうが、喧嘩だろうが、セックスだろうが。


 さびあるは、言った。 


 そんなこと、見て何になるのですか。
 おじさん。
 見ている人は、自分のことをしないで、ずっと監視・監督していると言うことですか。
 何も動かないでただ見ているだけと言うことは、さびある派にとって、食の神様にとって危険行為、自殺行為で、完全なる無駄ですらあるのはないのですか。


 最初は俺もそう思ったのだ。
 しかしだ。
 さびあるよ。
 食する時もあれば、排泄する時もある。
 ただ眠る時もあれば、夢を見る時もある。
 ただ見ている時もあれば、行動に移す時がある。
 と言うことを食の神様はよしとされている。
 一見、無駄なようで無駄ではないようなことなのだ。
 たとえ、無駄なことに見えたとしても、くだらないとみえたとしても、これは、言ってみれば無駄をなくす為の前段階なのだ。
 今、我々がやっていることは。

 

 人が踊り食いしているところや、セックスをしているのを監視・監督と言う名目で覗くのが、無駄ではないというのですか。
 おじさん。
 僕には分かりません。
 

 
 無駄なことかもしれない。
 無駄でないかもしれない。
 「その時」が来たら、わかることかもしれない。
 ただ言えることは、それを知っているものと、知らないものとは確実に情報量が違ってきてだな、決定的な違いを生みつつあるということだ。
 そうそう、そういえば、お前がこの前、店の小銭を盗んだのも知っているのは、俺だけじゃない。
 さびある派の上層部に存在するマザーコンピュータ管理部のものには、筒抜けと言う訳さ。

 
 小銭って、いつのことですか。
 僕だってここで働いているのですから、少しの報酬と言うものですよ。
 おじさん。


 それもそうだが、報告はしないといけないだろう。
 まあ、それはおいといて、ある情報を知っているものは、それをいざと言う時に、使える状況にあると言うことは確かなことだ。
 ある情報において、都合がいいことだけを垂れ流したり、操ったりすることだって、知らないものよりはやりやすいのは、若いお前にだって分かるだろう。


 おじさんは、桶に目をやり、風を静かに送りながらシャリを立たせていた。
  
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by akikonoda | 2008-03-24 15:15 | 小説

『宣教師さびある』4


 さびあるのおじさんは、また、続けてこう言った。


 さびあるよ。

 市場とはね、お前が思っているほど、単純ではない。
 あれもいやこれもいやといった事を言ってはいけない大きな人、大人と言われている人たちの場であるのは確かなことだ。

 無論、無理難題を吹っかけられて、はいはい、その通り。
 と何でも見境もなくやることが、大人らしいということ、金の為ならなんでもやるし、大人しくなることが大人と言うことでもないだろうがね。

 
 「ふんべつ」の臭いを嗅ぎ分けられるものが、「大人」と言うものでしょう。
 おじさん。

 さびあるは、分かったようなことを言った。


 まあ、そうだな。
 市場はだな。
 言ってみれば、提供人と売人、摂取人、それから多少の痴人的側面を誰もが少なからず持っている場なのだ。
 市場とは、現実から浮遊しているか、沈没しているか、そのどちらかであり、「瞬間の決定」あるいは「決定の瞬間」の危うい大きな人の遊び場、あるいは、リズムの讀みにくいつかみにくい歌なのだ。


 そういえば、市場の歌でしたかね。
 提供者の歌、つまり、ドナーに捧げる歌がありましたよね。
 確か、
 
 どなどなどなどなー。

 というさびがありましたよね。

 さびあるは、ひとつの歌を薄暗い思考錯誤のような、こころもとなさで思い出していた。


 ああ、そうだな。
 あれは、確かに、市場の歌だ。
 ものがものとして行き交う「市場」は、重みのある「位置場」というよりも、ものの存在を外からなめるように見たり、欲したり、あまりに高速に取り決められて行く中で、時間を先送りしたり、時間を止めたりしてしまうものだと。
 そこに、人間はいるけれど、いないような、時間と重みを金に引き換えられたような幻想深き世界なのさ。

 位置場いや市場を知ったものは、目が変わってしまうのは、そのせいかもしれないね。
 ただの幻想を見てしまったものの目なのさ。
 どんなに狂っていようが、痴的であろうが、ものが行き交うところに、熱がもたらされているうちは、その場で行われるあらゆることは許されてしまうような錯覚を起こしてしまう類いのものなのさ。
 そのまま、恐れ戦きながら、現実に引き戻されても、目は瞬間的に焼き付けられた目玉焼きのように固まったまま腐っていくタンパク質として、もう臭いすら忘れて、生くさいものも忘れて、市場と言う幻想臭い夢を見ようとしているのさ。


 おじさんがそう言うと、固まったタンパク質のようになっている白目を向いたまま、さびあるを見ているようで、その幻想に囚われたような、すでに、死んでしまったもののようなまなざしをして、どこか恍惚としているように、さびあるには思えた。


 おじさん、ぼくのおじさん。
 では、ぼくのお母さんは、その市場で一体何をしているのですか。


 おじさんは、白目から黒目を少し戻して、目の前にいるさびあるの方を、見つめた。

 
 何度も言うように、市場に行けば分かることだろう。
 

 おじさんはまた白目を剥いて、恍惚とした表情のまま、何かに激しく囚われているように、動かなくなった。

 さびあるの身体の中を、自身では見ることができない、おそらく湿って真っ暗な倉庫のような、市場のようなものが、だんだんと広がって行くような気がして来た。

 それは、いつまでもさびあるの腹や頭の中を、ぐるぐるとめぐっては、時間を忘れて過るものとなった。

 これも又、ほんのひとつぶの幻想でしかないのだろうか。

 等と、考えながら、どうしようもなく重なっていく幻想たちを束ねていくことで、現実と思われる重層性を持っていると思われる自分の身体の重みの収まる場へと跳ね返ってこようとしていた。

 
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by akikonoda | 2008-03-13 10:10

『宣教師さびある』4



 さびあるという名前は、さびあるの母親がつけたものであったが、正確に言うと、さびあるの父親も、さびあるであり、祖父もまた、さびあると言った。

 つまり、さびある家の男たちは、皆、さびあると言う名前を、生まれた時から、宿命づけられているのである。

 我々は正統さびある派だからね。

 さびあるの母親は、五分毎に、何かにつけて、お祈りをしているような人であったから、正統派と言えば、正統派であろうが、幼い頃のさびあるにとっては、奇異にしか映らなかった。

 きっと、空から、雨が降ろうが、爆弾が降ろうが、祈る事は同じであろう。

 店(てん)と値(ち)と食の神に、らあめん。

 と言っては、さびあるにも、らあめんをすする仕草を促すような、端から見るとずいぶんと頭のおかしな母親であったかもしれないが、さびあるにとっては、それが、当たり前の事であったから、音が鳴るようにすする仕草をも、自ら進んで、やっていたのであった。

 さびある。それでこそ、正統派を受け継ぐものだよ。

 と、母親は、どこか、すっ飛んだ目をして話してくれたが、さびあるが店を出すと言う時になって、こつ然といなくなった。

 さびあるのおじさんが言うには、市場に行ったと言う事だったので、もしかして、何かと忙しい、さびあるの為に、買い出しにでも出かけてくれたのかと思ったが、一向に帰ってこないままなのだった。

 さびあるは、考えた。

 まさか、母親自らが老体にむち打って、市場にでまわっているということはあるまいか。

 知らず知らずのうちに、市場で、母が売り買いされているのを思うと、何とも言えない思いがしたが、さびあるのおじさんに聞いても一向にらちがあかないので、おじさんが今度、さびある派が密かに「市場」と名付けている集会に出かける時に、何かしらの手がかりが掴めるかもしれないので、何があろうとついて行こうと思っていたのであった。
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by akikonoda | 2008-02-14 21:35

『宣教師さびある』3

 
 さびあるは、以前、おじさんに聞いてみた事がある。


 おじさん。
 今度、僕をおじさん達が時々集まっているという集会所に、連れて行ってもらえませんか。

 さびあるよ。
 それは、俺にはまだできない。
 もっとも、君の我々における働きの成果が示された時には、実現するかもしれないが。
 まだ、さびある派のさのじもあじわっていないのだからね。
 お前には、まだまだ早いと言うものだよ。

 さびある派には、
 肉は金なり。
 という言葉がありますからね。
 あと、
 くさっても屍肉。
 くさっても資金。
 もありますが。
 それは、僕も、命を賭けて突き詰めて行こうと思っていますよ。
 ところで、おじさん、時々、僕は思うのです。
 さびある派の食の神様とは、本当は、どういったものなのか。と。


 そうか。
 俺は、毎日考えて、感じてもいるがね。
 食べる前だけでなく、食事を作るときも、鳥の首を絞める時にも、毛を抜く時もね。
 鳥達を庭に放して、雑穀をやるときでさえもね。
 いつも、いつだって、食の神様を思っているよ。
 お前は、だから、まだ、俺たちの集まりには連れて行けないのだよ。
 少なくとも、食の神様を感じるようになってもらわないとね。


 ぼくには、まだ生臭さしか感じられません。


 俺には判るのさ。
 お前には、死んで行くものが、いったい、どうなっていくのかを、考える事をしないってことがね。

 
 死んだら、ただ、肉になり、あとは腐って行くだけでしょう。


 さあね。
 食の神様の教えの肝心のところが抜け落ちているのだよ。
 お前には。
 食べると言う事がどういうことか。
 あるいは、食べる事によって、ひとつになっていくと言う事が、一体、どういうことなのか。
 さらに、あと少しで死ぬとするなら、お前なら食べるという行為をどうしていくのか。
 色々なことが、抜け落ちたものがあるのだよ。
 お前にも、もちろん、俺にも。
 
 
 
 
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by akikonoda | 2008-02-03 17:16

『宣教師さびある』2


 しかも、遺伝子組み換え種の増殖を加速させる為に、クローン技術でもって、生殖行為そのものを、その猥雑さを切り取ってしまうことが、何より必要であったのだ。

 つまり、セックスのない世界が生まれる、いわゆる、さびある派の求めている「貪欲を排除した世界」、貪欲の果てたところにあるという、まだ見ぬ食の神様から授かった種を受胎する、処女童貞受胎告知的世界が現実のものとなって行くことが、目的なのであった。

 さびあるは、骨抜きにされた赤黒いマグロしか知らなかった。

 貪欲の先にあるという女体を知らなかったのだ。

 正統さびある派の中で育ったさびあるたちには、口に出す事さえも憚られたのである。

 貪欲の行き交う世界では、女体が売られているらしいが、後ろ手に紐に吊るされて、精肉工場で処理されて行くのだろうか。

 生後幾ばくもないものから、数十年たったものまで、すべからく、市場に出回り、生肉として、売り買いされていくのだろう。

 等と、さびあるは思ったが、

 冷凍保存されたカジキマグロのような女体も、あるのだろうか。

 と、少し、生臭いものから解放された気分ではあったが、気をつけをして凍ったままの女体が、市場の隅から隅まで、橇レースさながらにしゅるしゅると滑らされている図を、思い描いたりして、一人、ぞっとしていた。

 一度、市場に出回ったものは、二度と生きものとしてではなく、肉として処理されるのが、この世界の習わしであったから、そういった事も、多かれ少なかれ、行われているに違いない。
 
 さびあるは、闇市場に詳しいさびある派のおじさんに聞いたことを思い出していた。

 そういう市場に出入りするのは、許されざる行為であると言われているので、まだ若いさびあるには、許可が下りていないが、おじさんはさびある派になる前から、その闇市場に、精通していたので、いまでも、その世界を行ったり来たりしているらしい。

 時々、生臭い臭いをしているからだ。
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by akikonoda | 2008-01-23 11:22