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『どろん虚』

9 水と土と空気の金

 ルシファー達の金は、これからいく宇宙で使いやすいように空気間を行き来するものとして、いわゆる電子マネーになろうとしていた。言霊のように手では掴めない、声に出さないとわからない、目には見えない、空間を行き来する電子のお金である為、名前は空気(air)といった。

 地球上の各地で、浸透しだしていはいるが、依然として、水の金か、土の金を使う国がいた。道造の暮らしていた日本では、両方で資本立てしているが、どちらかというと土の金の価値の方が勝っていたものの、空気の金に切り替える時期を見計らっているところであった。

 中近東や水の少ない砂漠の地域のものは、土の金よりも水の金に価値を見いだしたので、流通通貨としては、水の金の方が、勝っていた。

 一方の、米国やヨーロッパの西洋諸国と言われる国々は、どちらかというと、日本と同じように土の金が流通しているのが現状だった。世界は大まかに、二つの通貨が流通しているのだが、宇宙的視点に立とうとする、ルシファーにとっては、もう、地上から浮き足立っている段階であったから、空気の金が一番しっくりいくと言うわけであった。

 とりあえず、宇宙に行けば行くで、空気は依然として価値のあるものであろうから、それは、理にかなってはいる通貨概念ではあった。

 そもそも、通貨概念のそこには、ポトラッチ的な物々交換の原理があって、通貨(=金)は力であり、エネルギーそのものであるといえる。

 その通貨概念は、宇宙的空間においても揺るぎのないものであった。

 経済活動は、必然的なものであるが、宇宙空間においては、地球上と同じような生産性が上がるとは、誰しも考えてはいなかった。

 重みがなくなった分、生産性が下がって行くのは、エネルギー法則に沿った原理であると考えられた。地に足が着いてなく、霞を食って生きるものは、仙人かルシファーかとも言われたが、ルシファーは、一向に聞く耳を持たなかった。

 ルシファーの神は、そこに不安を感じているらしかった。

 道造。私は、たぶん、地球に残ることになるだろうが、君はルシファーの群れの諸々の面倒を見るまでにも行ってない。そこのところが、私は引っ掛かるのだよ。ルシファーの行動を見ていると、ただの宇宙に漂う根無し草のような存在になりはしないだろうか。と。

 そうですね。それは十分に考えられますね。ぼくも似たようなものですが。

 依然として、地上の生命である人類は、七割の水を内包している存在だが、実際、宇宙に出て見るとそこまでいらなくなる可能性がある。

 はあ、確かに。

 また、ほんの身近な宇宙の一部の実体が見えてくるにつれ、水という液体の分子の形で存在することが希有であるということは紛れもない事実である。
 宇宙空間においては、水は、粘化するか固体化するか気化した状態で存在せざるをえないと考えられる。
 と、ルシファーの神は語った。

 いずれにせよ宇宙では、水と言う存在は、もっと違う形態を持つ可能性はあると考えられるが、初期においては、水として存在する為に、何かの物体に包まれていないと行けない。
 そうでないと、地球上での水銀のように、永遠に透明な球体として分離し続けたり、くっついたりするだけであろう。
 と、ルシファーの神は言った。

 それにしても、水と土が混ざったような存在と言うのが生物には欠かせない存在条件になるのではないかと、道造は一人で考えていた。

 まさに、道造が研究対象として、長い間、関わってきたどろんこ状態と言える。完全に水と土に別れるのでなく、融合した視点を持つことが必要なのだ。と道造は考えた。

 少なくとも地球上に住んでいた経験を取り込んだ生命には、空気だけでは生きて行けない性質が当初は残っているだろうと予想できる。まさにどろんこ状態は、生命の坩堝状態と言える。

 また、どろんこは、水や土だけでなく、そのルシファーの最も好む軽やかな掴み所のない、空気さえ取り込んでいるのだから、これほど、うってつけの存在はないと思うのだ。

ということで、道造なら、当然、通貨の名前を、「どろんこ」にするが、ルシファー達は、必死で抵抗するに違いない。

 その通貨概念に、美しさがとんと見当たらないからだ。確かに、軽やかさはないな。宇宙に飛びだすくらいだから、まあ、空気の方が、妥当かも知れない。しかし、本質的には、どろんこが好ましい。等と、一人で勝手に考えていた道造であった。

 そもそも、宇宙では光が少なくなると予想されるので、また、地球上よりも、色彩感覚が緩やかになるとも予想されるので、透明な空気であろうが、泥であろうが判断しづらくなる可能性があるから、ルシファー達が宇宙に慣れた頃には、どろんこと言う通貨になっているかも知れない。

 美しさの概念も当然変わっているかもしれないし。見え辛い中で、何が重要になるかと言えば、その存在の音(声)と匂いと漂う雰囲気が大きく作用する可能性がある。

 しかし、薔薇のかぐわしい匂いを好むルシファーからしたら、やはり泥臭いのは泥臭いままだろうから、即座に、嗅ぎつけられるに違いない。

 たかがどろんこだ。と。

 されど、どろんこ。な道造なのだが。

 また、比重の関係で、物質は様々な浮かび方をするとも思われるが、ルシファーの世界では、飛び方の美醜が問われるようになるだろう。

 あの人は、なんて優雅に飛ぶのだろう。と。 

 道造も、飛び方を知らなさすぎては、ルシファーの宇宙では、生きづらくなるに違いない。

 少しは、飛び方を考えなくては行けないな。社交界で踊るワルツのように、うまく左回り出来ないと認められない宇宙だとしたら。

 今のような形で研究を続けるとしたら、宇宙でも、やはり、どこかに縛りつけになって、這いつくばることになるのかな。と、漠然と道造は思った。

 まあ、いいか。たまに研究を離れて、自由になったところで、激烈な回転技でも披露すればいい。

 どろんこ回転。

 なんだか、歯切れが悪く、ゆるそうな技だが、やってみる価値はある。

 道造の夢想は、いつまでたっても果てしないのであった。
by akikonoda | 2006-09-21 12:27
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