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『飛行機の中の渦』

 飛行機が低空飛行している。

 砂浜の皺がみえる。
 
 もうすぐ、地上に着陸するらしい。
 
 傍らの母親は、座席に張り付いたまま、目をつむっている。
 
 まだ、空港には届いていないのに、やけに、地上に近いところを飛んでいる。
 
 砂ぼこりまで、飛行機の風圧に煽られて立ち上がっているようだ。

 もう、だめかもしれない。

 母親は、口走った。

 もう、だめかもしれない。

 もう一度、目を閉じながら言った。

 何が、もうだめなのか。

 何となく分ってはいた。

 飛行機の中の空気で、何となく分っていたのだ。

 もう、だめかもしれない。と。

 飛行機の外には、エイのような浮遊物が見えた。

 海の中を泳いでいるみたいに、エイのような飛行機が伴走している。

 こっちにおいでよと遊んでいるみたいだった。

 母親の横の席には、劇場で踊っていると母親に楽しそうに話していたエンターテナーの元締が座っていた。

 彼は、男性であり女性であったらしいが、そんなことはどうでもいいと、当の昔に飛び越えてしまったような、踊る時に見せるであろう真剣な眼差しで、すぐそこにある飛行機を、ずっと、いつまでも忘れなうように見ているようだった。

 その向こうには、どこかの重役風のおじさんが座っていた。

 今、空軍がやってきただろう。どうなっているのか聞いているんだ。管制塔には連絡はついたのか。

 と、乗務員の人に、しきりに訴えているが、皆、どうすることも出来ないのだった。

 飛行機は山の方に、向っている。

 息苦しくなってきた。空気が飛行機と一緒に錐揉みしているようだった。

 空気はねじれはじめ、飛行機の振動にあわせて、身体をねじり動かしていた。

 母親は、相変わらず、目を閉じている。

 もう、目を開けていられない程、ましてや、上を向くことさえできない程、気持ちが悪くなった。

 黒いエイのような飛行物体は、もう見えない。

 どこかに飛んでいってしまったのだろう。

 いつか見た鳴門の渦に巻き込まれていった白い帽子を思い出していた。

 船に乗って、渦の近くまで行って見たのだが、風が吹いてきて、買ったばかりの真新しい帽子が渦の方に引込まれていった。

 そのまま、求心力のなすがままに、帽子は渦巻きながら、いつの間にか、海の中へ潜り込んでいってしまったのだった。

 

  

 

 
 
by akikonoda | 2006-11-01 19:24 | 小説
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