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『開聞岳にて』



 「いまいのがりぼり」

いまいはな。

ひょろりとした身体に、青白い顔をしとったげな。

学校を休んだりすることが多かったって言われとる。

それでくさ。

戦争中ということもあってね、食べるものが無くてくさ。

みんな、ばさりこ、お腹が空いとったけ、ひょろりとして、目だけぎょろぎょろしとったんよね。

でも、いまいは、みんなとちょっとちがうって思われとったのは、学校を休むっちゅうことだけじゃなかったと。

在る時ね。

学校のせんせいが、あんまり、いまいが学校に来んけん、気になってくさ。

いまいの家に行ったげな。

それでくさ。

いまいがたい、家で、ひとりで寝とったげな。

いまい、どうしたとね、なんか具合がよくないとね。

って、先生が聞くとね。

いまいが、

いや、なんでもありません。

って、手を口にやって言うげな。

その手を見たらたい。

なんか、薄汚れとったし、良く見たら、口のまわりもなんだか汚れとったって。

家の人も、よう分らんらしくてね。

先生は、何かあるって思ったけん、学校が終わってから、また、いまいの家に行ったげな。

今度は、ちょっと、遠くで、様子を見ながらやけどね。

そうしたらくさ。

夕方になって、夜になって、いよいよ暗くなってきたし、お腹が空いてしょうがなかったけん、先生も帰ろうかなって思った時たい。

いまいがひょろひょろ家から出てきたげな。

先生は、声をかけようかどうか迷ったんやけど、そのまま、声がかけられず、夜の暗闇に紛れて、いまいの歩いていく後を、なんとなく、着いて行ったげな。

するとね。

いまいは、村の外れのほうまで、ふうらふうらと歩いていったげな。

随分歩いたげな。

もう、夜も更けてきたときたい、いまいは、急に、力がこもったみたいにずんずん歩き出したと。

先生も、それを、必死で追いかけたと。

付かず離れず。

こっそりと。

それでたい、いまいが、ぴたあっと、たちどまったげな。

そこはね。

どこだったと思う。

墓場やったんよ。

それでね。

柳の枝が垂れさがっとったげな。

ひとつのお墓に。

そこにあるお墓に向って、いまいは、また、ずんずん歩いていったげな。

そうしてね。

いまいは、柳の手みたいになって、墓に突き刺さった何かが書いて在る木の札みたいなものを引っこ抜いたかと思うと、その小さな穴に手を突っ込んで、荒々しく土をひっかき出したげな。

先生は、それはそれは、恐ろしくなってね。

あのひょろひょろしたいまいが、あんなに荒々しくぎょろぎょろした目をもっとぎょろぎょろさせているのを見たことが無かったし、それよりも、こんなところで、何を掘り起こしているのかというと、死んだ人の眠っとる墓場なんやから、恐ろしいやら、驚くやらで、先生も、言葉がでらんかったって。

身体も動かんくなって、ただただ、いまいが何をしたいのかを見てるだけやったげな。

するとたい。

いまいが、また、ぴったっと動かんくなったげな。

何かを見つけたんよ。

いまいの探していたものを、やっと見つけたんよ。

いまいは、また、ゆっくり動き出してからね。

しっかと、何かを掴んだと。

なんだと思う。

骨。

しいろい人の脛かどこかの骨に見えたげな。

先生は、骨をどうするっちゃろうって、見とったげな。

するとね。

いまいは、その骨に、ほおずりしたげな。

そしてね、その骨を、口に持っていって、がりぼり、がりぼりって食べだしたと。

先生はね。

やっといまいが何をしていたのかがわかったと。

いまいはね。

骨を食べて、骨みたいになってたとよ。

先生は、何か言わなくてはと思ったけどね。

やっぱり、声にならんかったげな。

あんまり、怖い思いをすると、人は、そげなことになるっちゃろうね。

するとたい。

いまいが、がりぼり、がりぼり、食べている、骨のぎざぎざが口に引っ掛かって、ちょこっと、痛そうにしとうのが、分ったげな。

先生は、思わず、足下にあった小さな石ころを鳴らしてしまった。

そしたらたい。


見たなあ。


って、いまいが振り向いて、骨から顔をあげて、先生の方を、ぎょろ目で見たげな。

先生は、怖くなって、逃げ出したんよ。


先生はしばらく熱に浮かされて、学校に行けんかったんやけど、いまいも、それから一回も学校に来んくなっとった。

先生に、見られたからだと、先生は心の中で思っとったけど、誰にもあの時のことは言わんかった。

言えなかったというのが本当のことやろうけどね。

やっと先生の熱がひいてから、学校に出てきた時にたい。

いまいのおかあさんが、学校に来たと。

それで、先生に会うとね。

あの子は死にました。

って言ったげな。

いまいはね。

病気やったげな。

骨が曲がってしまう、病やったって。

それで、どこかから、死んだ人の骨を食ったら、その病は治るって聞いたとげな。

治りたかったけん、いまいは、夜な夜な骨を掘って、喰らっておったんやろうって。

いまいは、骨を食っても、もっと、いきたかったちゃろうね。

って、先生は、その時、思うたって。
by akikonoda | 2007-03-09 10:53
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