紫マンダラ(河合隼雄)を読んで

 紫マンダラ〜源氏物語の構図(小学館)を読んだ。

 丁寧に、ひとりひとりの女人をあぶりだし、紫式部の分身ともいえるその多様多彩な女人達をマンダラの中に配置していく。

 そこで、光源氏の存在を、空洞なものとして捉えるところが、河合氏の真骨頂であろう。

 かなり場当たり的である、その源氏の遍歴には、紫式部のアニムス的な要素を受け持たされたふしがあり、其の、空洞な存在としての、光源氏は、紫式部の体験してきたであろう、母、妻、娼、娘という役割をある意味で支えている、バレエダンサーの男性的役を担っているとも言えよう。

 徐々に、物語の中で、光源氏は、其の空な存在から、生身の痛みを感じるような存在になってはいくが、物語中での独特な役割を持った連れ合いともいえる紫の上=紫式部の主格的存在の出家と死、さらには、年若い妻の女三宮の柏木との密通等によって、己のしてきた業のようなものを突きつけられ一回りしたところで、光の物語を終える=死を迎える。

 この紫の構図は、女性の担う役割を通して、女性の内面を、あぶり出す事に成功していると言えるが、

 人には物語が必要である。

 と言っていた、河合氏が、カウンセラーはうつろなものであるという発言を繰り返しされていたところから察するに、源氏物語は、この紫マンダラの役割の中の、内面的には光源氏的役割(外面的には好々爺であったが)を引き受け続けてきたであろう、我が身を照らし、投影した物語であったと言えるであろう。

 合掌。
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by akikonoda | 2007-08-24 08:26
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