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『宣教師さびある』6


 さびあるが、おじさんと市場に出かけようと支度をしていると、二人の凸凹の男女が、店の暖簾をくぐってやって来た。


 背の高いやせた男の方が、さびあるとおじさんに徐に語りかけた。

 
 地球の食の安全と質を守るアシュランから派遣されてきたものですが。

 
 おじさんが虚をつかれたように、立ちすくんでいた。
 おじさんが少しだけ震えているように、さびあるには見えた。


 続けて、背の低いふくよかな女の方が言い放った。


 あなたがたの店に、☆か○か△か×をつけにやってきました。


 さびあるは、おじさんからアシュランの抜き打ち検査のことを、以前聞いた事があったので知ってはいたが、


 よりによってやっと市場に連れて行ってもらえそうな今日来ることもないだろう。
 しかも、細かいような、ずぼらなような評価のような気もするが。


 等と内心思ったが、口には出さず、おじさんがどのように答えるのか、固唾をのんで見守っていた。

 
 うちには、あなた方の舌をうならせるようなものはありませんよ。
 帰ってください。


 おじさんは、どこか震えながらも、きっぱりとした口調で言った。
 

 私どもは、そういった事を求めて来たのではないのです。
 食が安全か、質が保たれているかどうかが問題なのですよ。


 アシュランの男が言った。

  
 ええ、そうですとも。
 私達は世界の食と安全を保障する機構、機関なのです。


 アシュランの女が言った。


 さびあるのおじさんが答えた。


 今日は、残念ながらお休みなので申し訳ありませんが、お引き取りください。


 それでは、日を改めまして、また。


 二人のアシュランは、何事も無かったように、あっさりと帰っていった。



 おじさん、あの人達は、一体、何をしにきたのですか。


 さびあるは、おじさんに聞いてみた。

 おじさんは、店の暖簾を下げながらすこし低い声で言った。


 そうだな。
 あの人達は、食の安全を守ると言いながら、格付けをしにくるだけなのだよ。
 自分たちの都合のいいようにな。
 たとえばだ。
 何でも無い、同じくらいの味で、同じくらいの葡萄酒があるとするだろう。
 それに、自分たちに食と金を払ったものだけに高い格付けをするのだよ。
 食と金額の差によって、格が当然変わってくるのは、市場知らずな、お前にだって解るだろう。
 

 1999年の世紀末のワインは、実に耽美的で血塗られた戦争と白と赤と黒の薔薇の味がする。
 ☆3つ。


 と言うのは別に構わないがね。

 ☆3つ。

 と格付けされることによって、同じような質と量のものであっても、値段に雲泥の差がつくだけの事なのだ。

 たとえ、そこいらで吸い取ったぎらぎら虹色に光る黒い水であってもね。
 
 雲泥の差はつくのだよ。

 値段を決めるものが、雲泥の差を決めるだけでね。

 そうして、その雲泥の差は市場の中心を大手を振って主流となっていくだけなのだよ。 

 うちはまだ、市場に傾れ込むような、大きな店になる必要は無いと思っている。

 また、そうなっても、俺は実際困るのだ。

 食は金なりと言うのも、理にかなうとは思うのだが、何より、食の神様との静かな対話のようなものが出来なくなるのも事実でね。

 俺がいなくなって、お前にその力が備わったとしたら、また、どこからともなくやってくることになるだろうから、その時は、お前が選べば良いだけの事だ。

 嘘でも本当でも、格付けの中に、飛び込んでいけば良い。

 飲むか飲まれるかは、お前の自由なのだ。


 さびあるは、おじさんの話に耳を傾けながら、ひとつだけ聞いてみた。


 おじさん。
 この店の評価は一体なんだったのでしょう。


 おじさんは、暖簾を巻きながら、振り向いて言った。


 そうだな。
 なんでもない。
 と言ったところだろう。
by akikonoda | 2008-05-27 14:01
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