「氷の涯」(夢野久作全集3 三一書房版)。
ハルビン日本軍司令部の当番歩兵一等卒の上村が、軍の資金である十五円をねこばばした司令部付ロシア語通訳の十梨通訳の裏で糸を操っていた銀月の女主人を館ごと燃やして、その十五円横取りの嫌疑までかけられた末に、19歳だが小柄で、そばかすだらけの子どものような姿形であるにもかかわらず赤軍のスパイであったニーナと、ひょんなことから、漂流生活のようなものをし、逃亡することとなる。
酒場で踊りながら生活費のようなものを稼いでいたニーナが、日本軍の追っ手から逃れられないと追いつめられていく。
死とも生ともつかない、どこまで続くかさえ誰も知らない氷の涯を目指して、二人は馬付きの橇を走らせうようとしていた。
この「氷の涯」を目指す前に、上村が友人へ手紙を書いた。
ニーナは、傍らで編み物を続けて、ハンドバックのようなものを作っている。
そのバックにウイスキーを何本か入れて、飲みながら、どこまでも沖へ出る予定なのであった。
この物語は、上村の手紙、そのものなのである。