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100グラム168円のクロワッサンを



メタボリックが怖いのでどうぞ。

と、生命保険の外交員の人に、とあるエステの、お友だち割引付きの優待券をもらったといって、近所に住むひろみちゃんがやってきたのが、昨夜の事であった。

次の朝、そういった事に無関心のはずだった二人は、バスに乗っていそいそと博多駅近くに出かけていった。

ひろみちゃんは、腹の脂肪を拡散させることにしたと言う。

それならば、私は、無駄毛の処理をしてもらう事にした。


エステシャンが、やってきて、ひとしきり説明を受けた。

一瞬ぴかっと光って無駄毛が絶滅したかと思うと、またいつの間にかうじゃうじゃとはえだしてくることもあるというレーザー無駄毛処理に始まって、今の技術では最先端と言われる電気で毛根を焼き殺し永久に生えてこない無駄毛処理を説明しているビデオをながながと見せられた。

それから、しばらく待ち時間となったので、傍らの「富士山の水」と書かれたサーバーの飲み放題の冷めた水を飲む。

富士山の水が、いまここに運ばれてこなければならないという訳など、どうでもよかったが、富士山というだけで、水が山のように動いてくるような、不思議な感覚を味わう。

ここは、やたらとこぎれいで明るい樹海だ。

などと、ほざくのは、まったく無駄な事だ。


どうぞ、こちらへ。
バスタオルを巻いて、横になって、しばらく、お待ちください。

エステをする、樹海というよりも、たこ部屋のような個室に案内され、仰向けに寝てみたら、覗き穴のような穴を天井に見つける。

しばらくしても、誰もやってこないので、たまたま持ち歩いていた、文庫本の純粋理性批判を開く。

時間について。
この流れている、流されていく時間について。

向こうから、人のやりとりの声がする。

脂肪はこうやって予め機械で暖めてから、手でマッサージして、脂肪を分解して、廃棄物として流すという感じなのです。


無駄毛処理に、きれいな人がやってきた。


それでは、始めさせていただきます。


片方だけ手を上げながら、光を当てられる。


とぎれとぎれに、無駄毛が焼かれた後になる音がしてくる。

きゅういんとうなりながら、焼き切られたのは、無駄毛の毛根だろうか、それとも、無駄に痛みをひきつらせる時間だろうか。

等と思いながら。

無駄毛は、三ヶ月周期で、きれいに生えそろっていくのですよ。知っていましたか。

きれいな人が、手作業を辞める事なく、にこやかに話しかけてくる。


ええ、髪の毛と同じようなものなのでしょうね。
そういった周期がないと、みんな、斑(まだら)はげになってしまいそうですね。


夏が過ぎたので、これからの冬場にはえそろえてみてください、わりと処理がしやすくなります。
私も、そうしてみたら、さらさらとなってきたので、意外でした。


と、きれいな人が、真顔で、やさしく話しかけてくる。


さらさらな無駄毛というのは、何だかやたらと無駄な気がしないでもなかった。


そうした事を通じて、無駄をぶちこわされた今までの無駄な構造を改革することと、きれいにするということは、無駄ないたみをともなうことらしい事に気づく。

周期を頭に入れて処理の方法を考えないといけないと言う、無駄な痛みが倍増する、倍速のいたみを、つっかえす法が先かとも思う。

それにしても、生命保険は、賭けっぱなしなので、ここいらで、死刑に限りなく近い無期懲役から、逃れる為には、ひろみちゃんの解約をとりつけようと、無駄に思い立つ。



たこ部屋のようなエステからでると、外は無駄に明るい日本晴れだった。


ファーストフードのように早くゆであがるパスタの店で、昼ご飯を食べながら、今度の地域運動会のかけっこと大縄跳びの話をする。

輪は大きくまわす事に意義があるのか、あるいは、飛ぶ事にあるのかを、漠然と頭の角で考えながら、ちゅるっと食べきる。

メタボはこわいという人が、食べ続けることをやめないことのほうが、どちらかというと、こわい。



セルフサービスで、食べ終わった皿を片付けて、店を出た。

家に帰る為に、バス停へ、ゆっくり歩き出す。

信号待ちをしていると、ハンバーガーを一年間毎日、朝昼晩、とめどもなく食べ続けたような外国の人を見かける。


サングラスをしたその人が、振り向いて、


スポーツ用品店はどこですか。


と英語で話しかけられる。知らなかったので、


知りません。


とだけ答えた。


もしかして、天神になら、あるかもしれません。


と言おうとしたが、すでに、外国の人は向こうに行ってしまっていた。

故意にこいすぎるような、故意に故障する日本製の翻訳機がほしいなどと、つとに思う。


信号が変わって交差点を渡るとバス停があった。


バス停の椅子に座る、一人の痩せた老人がいた。

ところどころ裂けてきている白く古ぼけた野球帽に、夏の暑さにくたびれたような背広を着て、膝に新聞を広げて、それを読んでいるのか、見ているだけなのか解らない目線を落としているのであった。

身体も態度も肝っ玉の、ひろみちゃんは、先ほど並んで買ったばかりの量り売り100グラム168円でだいたい四個になる小さなクロワッサンを700円分買っていたが、それを徐に取り出し、私の目の前で、立ったまま、ぱくぱくぱくと、うまそうに食べ出した。

私は、その唐突な行為と、とりわけ、その食欲に戸惑いながら、さっきから歩き回っていたので、搾り取られた脂肪を又取り戻そうとしているかのように、むさぼりついていたので、やたらとおかしかったのだが、それでいて、とても満足そうなので、そのまま、丸飲みする蛇の消化の速度を慮るように、場違いなほど笑いたい気持ちで、見ていた。


さっき、昼ご飯食べたばっかりなのに、食べるかなあ。
しかも、バス停だし。


と、たえきれず笑い出しながら、そのまま、思ったままを言った。

ひろみちゃんは、にっこり笑い、うまそうに飲み下しながら、急に、其処に座っている、老人の方に近づいていった。


ねえ、たべり。これ。


三個は続けざまに飲み込んでいったであろうひろみちゃんは、其の老人に、小さなクロワッサンの一つをビニール袋のまま、差し出していた。

老人は、新聞から、表面があまたるそうに、てらてらした小さな一口クロワッサンへ目を向けながら、


これを、なんで、僕に。


と、何かの間違い、場違いのように言った。

膝に乗ったままの新聞は、スワップを企んでいるようにぺらぺらと薄笑いを浮かべながら買いを誘う、むっつりすけべな保険証か、証券のように、限りなく紙くずか、幻に見えてきた。


いいけん、たべて。


私は、一瞬、其の老人が、ひろみちゃんの知り合いかと思って、其の偶然に驚いていた。

一瞬から、しばらく間が空いて、どうも、そうではないということを、その老人の動きのとまった、しろっぽく濁った目の瞳孔の開き具合から見てとった。

ひろみちゃんは、その見開かれた、それでいてどこか緊張しているふうに見える老人の様子を気にもせずに、試食売り場の婦人のように、やたらと、にこやかに目で笑っていた。


ああ、それじゃあ。
どうも。


老人は、何かを飲み込むような、意に決したような面持ちで、かしゃかしゃと袋の口を締めて、脇に置いていた、黒っぽいてらてらと薄い鞄にその一口クロワッサンを、それでもどこかに残っている、ある種の、とまどいとともにしまっているふうであった。


ひろみちゃんは、いましがた、しまわれたクロワッサンをすっかり飲み込んだか、売り切れたように、満足げに笑っている。

私は、その場にいながら、そのやり取りを、カメラひとつ向こうにいるような気がして見ていた。

そうして、その場のやり取りに、直接関わりを見つけられないまま、ただ、ひろみちゃんのその満面の笑顔の先に座る老人の表情を追っていた。


老人が、ひろみちゃんを見開いた目で見続けていた。


あなたは、昔の人みたいです。
昔の日本人は、知らない人にも、こうやって、ものをあげたり、話しかけたりしたものです。


だって、さっき、目があって、たべたそうやったから。


ひろみちゃんは、たまたま真昼の公園か、夕方の祭りに来ていた子どもが、知り合いの子どもに言うみたいに、言った。


実は、十日前に、妻が亡くなったんです。
どことなく、妻はあなたに似ています。
その感じ、その体格。


老人は、ひろみちゃんの顏を、新聞を見るような、見ていないような感じで、やわらかく、くちゃくちゃと笑いながら言った。
by akikonoda | 2008-09-26 20:36
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