2007年 05月 31日 ( 3 )

『はしのした はしる』


 多田は、今しがた、注射された鈍い痛みが、白い四角いテープの下で、うずいていた。

 熱に浮かされていたのである。

 多分、流行病のはしかではないかと思っていたが、案の定、そうであると、近くの町医者に告げられたばかりであった。

 その熱に浮かされた肢体の奥で、何か、熱とは違う、ふつふつと浮かび上がる赤い斑点のような違和感を持ち始めていたのである。

 もっと違う、何かが、有るような気がしたのである。

 その「何か」は、昨夜遅く、このはしの近くを通っている時に見たものから派生しているようで、その名残りが、はしのしたにあるかもしれないと、漠然とではあるが、どこかで感じていたのである。

 あの白鷺のように、突っ立ていた、昨夜の見知らぬ黒い上下を着た男を見た時から、それは、続いていた「何か」の気配であった。

 黒い上下を着て、目深に帽子をかぶった男が、透明なビニール袋を持って、はしのしたに立っていたのである。

 その男は、風邪でも引いたのであろうか、口をマスクで覆っていたので、顔がよく確認できなかったが、背が異様に低いのだけは見て取れた。

「あの男から、はしかをもらったのかもしれない」

 多田は、漠然と、そう思った。

 その後の男の動作を、また、熱に浮かされた頭で、思い出しながら。

 その男は、おもむろに、ビニールの口を開いていた。

 まるで、何かを、逃がしているかのように。

「シット」

 という、低く吐き捨てる声が聞こえた。

 どこかしたたらずなその言葉が聞こえたと思ったら、ぱちんと何かを両手の中で仕留めたような仕草をした。

 それが合図のように、そのまま、よおいどんでスタートダッシュをする陸上の短距離走者のように、多田の居る方とは逆の向こう側に、その男は、走り去っていった。

 今までのことはなかったの様に、辺りは静まり返った。

 その男が落としたビニール袋が、ゆっくりと水に流され、草薮のところで引っかかってしまったのを、多田は見ていた。

「あんなところに、ビニールを放り出していくとは」

 多田は、普段はそれほどこだわらないのだが、妙なところで、几帳面なところがあり、あのビニールは、無性に気になった。

 どこかの餓鬼が、ラリって、大げさに、外人のふりをしたようにも、急にトリップして向こうの世界にいってしまった様にも見えなくもなかったが、どこか、その仕草や身なりに、妙な気配を感じたのである。

 その黒ずくめの男は、多田が見ているのには、気づいていなかったようであった。

 もっとも、多田に気づいたから、突然、走り出したのかもしれなかったが。

 あの後、どこからか、季節外れの一匹の薮蚊がやってきたのだった。

 耳元でうるさく羽ばたいていたが、暗くてよく見えなかった。

 確かに、蚊のなくような音であった。

 しばらくして、音が止んだと思ったら、いつの間にか、首筋をさされていたのも、このはしの近くであった。

 そうして、それから、すぐに、異常な程、赤く膨らみだしたのである。

 今年初めて、蚊にさされた多田は、その夜、急に高熱を発したのだった。

 それにしても、予防接種なんていつ受けたかも覚えていないし、受けたとしても、検査薬なんて、慌てて使ってみたところで役に立つ訳でもない。

 既になってしまっては,検査しようが、どちらにせよ、治る訳ではないのだから同じことである。

 余っている薬を売りたくてうずうずしている、どこかの国の製薬会社とその手先の製薬会社の思うがままである。


「まったく、しっと。だぜ」



 なまりながら、男の放った言葉を繰り返した。

 すでに、頭に、はしかの熱が回っている多田であった。


 今ここには、影踏みをしている子供のように、振り向きもせず、走り去ってしまった、黒ずくめの男はいない。

 ただ、白鷺が、「何か」をつついているだけである。

 
 
 
 

 
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by akikonoda | 2007-05-31 18:34

ジャパンハンドラーズ(日本文芸社 副島隆彦監修 中田安彦著)を読んで

 なぜか、読もうと思うと手元に有るので、ずいぶん助かる連れ合いの読書癖であるが、今回も、読もうと思ったら、既にあったので、早速読んでみたのが「ジャパンハンドラーズ」である。

 そうだろうな。と思うことの数々が、具体的に書かれているので、とても参考になる。

 ひとつひとつ具体的に確かめることが、情報として必要であるなと。

 それにしても、教育や思想あるいは宗教によって、刷り込まれることの大きさを思うと、恐ろしいような気もするが、そこから具体的なものが動き出し、影響を受け続ける現実がある一方で、縛られた思考停止状態から、脱却する術にもなるといえるので、いたずらに、ひとつの信条に追従するのではなく、思考の柔らかさも、時には必要であると、改めて思った次第である。
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by akikonoda | 2007-05-31 13:42

シーハンさんの言葉から

イラク戦没者の母シーハンさん、反戦活動から引退宣言
2007年05月30日 21:48 発信地:ワシントン/米国


【5月30日 AFP】イラク戦争で息子を亡くして以来、反戦活動家として行動してきた米国のシンディ・シーハン(Cindy Sheehan)さんが29日、活動からの引退を宣言した。

 シーハンさんは2005年、テキサス(Texas)州クロフォード(Crawford)にあるジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)大統領の私有農場前にキャンプを張り、休暇中の大統領に対して面会を訴えて座り込み、一躍反戦のシンボル的存在となった。

 しかし、シーハンさんは米国のメモリアルデー(戦没者追悼記念日)である29日、米国の世論や政治に幻滅を感じ、また活動により金銭面や家族との関係に支障をきたしたとし、ネット上の自身のブログ(日記)で反戦活動から身を引くと発表した。「これは反戦運動の”顔”としての立場からの辞表」、「家に戻り、失ったものを取り戻したい。残された子どもたちの母親として過ごしたい」などと記した。

 活動停止を決意するまでには1年かかったという。「今朝になって達した最も辛い私の結論は、ケーシーはむだ死にしたということです」。シーハンさんの息子、ケーシー(Casey Sheehan)さんは2004年4月にイラクで戦死した。

「息子が死んでから毎日、彼の犠牲を有意義なものにしようとしてきた。しかし、ケーシーがその命を犠牲にした米国とは、今後数か月に何人がイラクで殺されるかよりも、次の”アメリカン・アイドル”に誰がなるのかを気にかける国。民主党と共和党が、政治的駆け引きの上で人の命をもてあそんでいる」、「反戦運動によって変化をもたらせるという信念を失った」と述べた。

 特に、民主党が昨年、上下両院で多数派となったにもかかわらず、イラクからの撤退期限を予算案に盛り込むことをあきらめたことなどで、政治に期待するものはなくなったと指摘。「ブッシュ大統領が弾劾されることは決してないだろう。民主党が深く追及していけば、自分の墓穴にある骨も掘り起こすことになるだろうから。システムとは、システム自身の存続の中で生きながらえるものだ」と与野党双方への不信を示した。

 また「自分がこんなシステムを長年信じていたのだ、ということを知ったことが、私は非常に心痛い。ケーシーはその忠誠の代償を払うことになったのだ。息子を見捨てたのは自分。それが最も辛い」と吐露した。

 シーハンさんは最後に、「私は持っているものすべてをつぎ込んで、この国に平和と正義をもたらしたいと思った。しかし、そのどちらをもこの国はほしいと望んではいなかった」、「さようなら、アメリカ・・・あなたは私の愛する国ではなかった。いくら私が自分を犠牲にしても、あなた自身が望まない限り、私が変えることはできないとようやく気づいたのです」と述べた。(c)AFP

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 身にしみる言葉であるが、なんともいえない亜米利加の現実を見せつけられ、突きつけられた気がする。

 そこに、イラクの人々の姿を想像する視線がないようなのは、妙にひっかかったが。

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どすのメッキーさんのブログ参照
http://hope.way-nifty.com/a_little_hope/2007/06/post_5da9.html

お知らせいただき、ありがとうございました。

あわせて、シーハンさんの原文もあったようなので。以下ご紹介まで。
http://www.afterdowningstreet.org/?q=node/23018

その他の活動を、まだ、しっかりと自分は把握できていないとは思いますが、上記において、イラクの人への視線があったので、そこは納得できました。

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被害者でしかない戦争はない。 と思う時が有る。

 兵士同士の場合は、特にそう感じる時があるが、その視点が見えないと、結局は、相手を非難するだけで、終わりがなくなる気がする。

 自分の国の行動も、自分の行動も、考えないといけないのは、確かなことであろう。

 日本も政治の駆け引きなどで、くだらない戦争などに手を貸したり参加しないに超したことはないのは間違いないことだと思うが。
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by akikonoda | 2007-05-31 10:16